企業年金の運用というと、どの資産に投資すれば高い利回りを得られるのかという話に目が向きがちです。
国内債券を増やすのか、株式を増やすのか、外国資産やオルタナティブ資産へ投資するのか。
もちろん、こうした資産運用は重要です。
しかし確定給付企業年金では、資産だけを見て運用方針を決めることはできません。
将来、加入者や受給者へ支払わなければならない年金があるからです。
そこで重要になるのがALMです。
ALMは資産と負債を一体として管理する考え方です。
企業年金では、いくら儲かるかだけではなく、将来いつ、いくら支払わなければならないのかまで考えて運用する必要があるのです。
ALMとは何か
ALMはAsset Liability Managementの略です。
Assetは資産、Liabilityは負債、Managementは管理を意味します。
日本語では資産負債管理などと呼ばれます。
企業年金に当てはめると、資産とは積み立てて運用している年金資産です。
例えば、
国内債券
国内株式
外国債券
外国株式
オルタナティブ資産
などがあります。
一方、負債側には将来加入者や受給者へ支払う年金があります。
企業年金では、この資産と負債を別々に考えるのではなく、一体として管理することが重要になります。
なぜ将来の年金が負債になるのか
確定給付企業年金では、将来の給付内容が一定のルールによって決められています。
例えば現在働いている従業員が退職し、その後一定期間にわたって年金を受け取るとします。
企業年金側から見ると、これは将来支払わなければならないお金です。
まだ実際に支払っていなくても、将来の給付義務があります。
そこで将来の年金支払いを一定の方法で現在価値に換算し、年金財政を考えます。
企業年金の運用では、
現在いくら資産を持っているのか
だけでなく、
将来いくら支払う必要があるのか
を見る必要があるのです。
資産100億円でも十分とは限らない
例えば企業年金が100億円の資産を持っているとします。
100億円という数字だけを見ると、十分な資産があるように思えるかもしれません。
しかし将来支払う年金の現在価値が120億円ならどうでしょうか。
資産100億円に対して負債120億円です。
単純化すれば20億円不足しています。
反対に将来の年金給付に必要な金額が80億円なら、100億円の資産があれば余裕があります。
つまり企業年金の健全性は、資産額だけでは判断できません。
資産と負債を比較して初めて分かります。
これがALMの基本的な発想です。
高い運用利回りだけを目指すと問題が起きる
仮に企業年金が資産側だけを見て運用するとします。
高い収益を得るため、株式を大幅に増やしたとします。
株価が上昇すれば年金資産は増えます。
しかし金融危機などで株価が急落すれば、年金資産も大きく減少する可能性があります。
その時期に多額の年金給付が必要になれば、値下がりした資産を売却して給付資金を確保しなければならないかもしれません。
企業年金の目的は、資産額を最大化することではありません。
必要な時期に必要な年金を支払うことです。
そのため将来の給付予定を無視して、収益だけを追求することはできません。
将来の支払時期を考える
ALMでは、将来いつ年金を支払うのかが重要になります。
例えば若い従業員が多い企業年金なら、本格的な年金給付はかなり先になるかもしれません。
運用期間を長く取れるため、一定の価格変動リスクを受け入れながら株式などへ投資する余地があります。
一方、受給者が多い成熟した企業年金では、毎年多額の年金を支払わなければなりません。
この場合は、すぐに現金化できる資産や安定した利息を得られる債券を多く持つ必要性が高くなります。
同じ予定利率の企業年金でも、加入者や受給者の構成によって適切な資産配分が異なる理由です。
債券と年金給付は相性がよい
ALMの観点から見ると、債券には企業年金にとって大きなメリットがあります。
債券には満期があります。
例えば10年後に満期となる国債を購入すれば、国が債務を履行することを前提として、10年後に額面金額の償還を受けることができます。
企業年金が10年後に多額の給付を予定しているなら、その時期に満期となる債券を保有するという方法があります。
20年後の給付には、より長期の債券を対応させることもできます。
つまり、
年金を支払う時期
債券から資金が戻る時期
を近づけることができます。
これは企業年金が国内債券を利用する大きな理由の一つです。
資産と負債はどちらも金利の影響を受ける
ALMでは金利変動も重要です。
金利が上昇すると、既に保有している債券の市場価格は下落します。
資産側だけを見るとマイナスです。
しかし企業年金の負債側も金利の影響を受けます。
将来支払う年金を現在価値に換算するときには、一定の割引率を使います。
一般的には割引率が高くなるほど、遠い将来に支払うお金の現在価値は小さくなります。
つまり金利上昇局面では、
債券価格が下落して資産価値が減少する
一方で、
将来の年金給付の現在価値も小さくなる
ということが起こり得ます。
資産だけを見ると損失に見えても、負債まで含めれば企業年金全体への影響が違って見える場合があります。
デュレーションを合わせる考え方
前回説明したデュレーションもALMでは重要です。
デュレーションは、金利変動に対して債券価格がどの程度動くのかを考える指標です。
企業年金では資産側だけでなく、将来の年金給付にも金利感応度があります。
そこで、
年金資産のデュレーション
年金負債のデュレーション
を近づけるという考え方があります。
例えば金利が上昇したとき、資産価値が10%下落しても負債の現在価値も同程度低下するのであれば、資産と負債の差への影響を抑えられる可能性があります。
反対に資産と負債の金利感応度が大きく違えば、金利変動によって積立状況が大きく変化する可能性があります。
国内債券回帰とALMはつながっている
今回、企業年金が国内債券への配分を増やそうとしている背景には、単に国債利回りが高くなったという理由だけではありません。
国内債券を利用することで、将来の年金負債に合わせた運用を行いやすくなるという意味もあります。
超低金利時代には、国内債券だけでは必要な利回りを確保できませんでした。
そのため株式や外国資産、オルタナティブ資産などへ投資対象を広げる必要がありました。
しかしこれらの資産は、将来の年金給付と直接対応させることが難しい場合があります。
国内債券の利回りが予定利率に近い水準まで上昇すれば、
必要な利回りを確保する
将来の給付時期に資金を合わせる
という二つを同時に実現しやすくなります。
企業年金は運用競争をしているわけではない
企業年金の運用成績を比較すると、どの年金が高い収益を上げたのかに目が向きます。
しかしALMの考え方では、単純な運用利回りだけで企業年金の良し悪しを判断することはできません。
例えば株式市場が大きく上昇した年に、株式を多く持つ企業年金が10%の収益を上げたとします。
一方、債券中心の企業年金は4%だったとします。
運用成績だけなら10%の方が優秀に見えます。
しかしその企業年金が必要としている利回りが2.5%で、将来の年金給付も安定して確保できているのであれば、4%でも十分かもしれません。
必要以上のリスクを取って高い収益を狙う必要はないのです。
ALMから政策アセットミックスを考える
企業年金が政策アセットミックスを決める際にもALMは重要になります。
単純に、
株式は期待収益率が高いから30%
債券は安全だから30%
と決めるわけではありません。
将来の年金給付を分析し、その負債に対してどの程度の資産が必要なのかを考えます。
さらに、
必要な運用利回り
許容できるリスク
加入者や受給者の年齢構成
将来の給付額
金利変動への感応度
などを考慮して資産配分を設計します。
つまり政策アセットミックスは、資産側だけの投資戦略ではなく、将来の年金負債まで考えて設計することが重要なのです。
結論
ALMとは、資産と負債を別々に管理するのではなく、一体として考える資産負債管理の仕組みです。
企業年金では、国内債券や株式などの年金資産が資産側にあります。
一方、将来加入者や受給者へ支払う年金が負債側にあります。
企業年金の目的は、年金資産をできるだけ大きく増やすことではありません。
将来約束した年金を必要な時期に安定して支払うことです。
そのため、
いくら儲かる資産なのか
だけではなく、
いつ年金を支払うのか
その支払いに必要な資金をどう準備するのか
まで考える必要があります。
国内金利が上昇し、国内債券から予定利率に近い利回りを得られるようになると、企業年金は将来の給付と債券の満期を対応させながら必要な収益を確保しやすくなります。
企業年金の国内債券回帰は、単なる投資先の変更ではありません。
資産だけを見て収益を追う運用から、将来の年金という負債まで含めて管理する本来の年金運用を行いやすい環境へ変わってきたということなのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月2日朝刊 企業年金、国内債に回帰 配分増加意向、過去最大 利回り回復で投資妙味