短時間労働者への社会保険適用では、これまで勤務先の企業規模が重要な条件の一つになってきました。
現在は、厚生年金保険の被保険者数が51人以上となる企業などが、短時間労働者への適用拡大の主な対象です。
しかし、この企業規模要件は今後段階的に縮小され、最終的には撤廃されます。
2026年10月には「106万円の壁」と呼ばれてきた賃金要件が撤廃されますが、それだけで改革が終わるわけではありません。
2027年以降は企業規模の壁も徐々に低くなり、2035年10月には企業規模要件そのものがなくなる予定です。
なぜ一度に撤廃せず、約10年という長い時間をかけるのでしょうか。
今回は、企業規模要件がどのようなスケジュールでなくなっていくのかを整理します。
現在は51人以上が一つの基準
現在の短時間労働者への社会保険適用では、企業規模について51人以上という基準があります。
ここでいう人数は、会社に在籍しているパートやアルバイトを含めた全従業員を単純に数えるものではありません。
厚生年金保険の被保険者数を基礎として企業規模を判断します。
一定の企業規模に該当し、短時間労働者本人も週の所定労働時間20時間以上などの要件を満たせば、厚生年金と健康保険への加入対象になります。
つまり現在は、
本人の働き方
勤務先の企業規模
という二つの側面から社会保険への加入を判断する仕組みになっています。
2027年10月から36人以上へ広がる
企業規模要件の次の大きな変更は2027年10月です。
現在の51人以上という基準から、36人以上へ対象が広がります。
これまで50人以下だったため短時間労働者への適用拡大の対象外だった企業でも、36人以上であれば新たに対象となる可能性があります。
たとえば厚生年金保険の被保険者数が40人程度の企業です。
これまでは企業規模要件によって対象外だったとしても、2027年10月以降は短時間労働者の勤務時間などの条件を確認する必要があります。
2026年10月の賃金要件撤廃からわずか1年後です。
企業にとっては連続した制度変更になります。
2029年10月から21人以上へ広がる
次の段階が2029年10月です。
企業規模要件は21人以上まで引き下げられます。
ここまでくると、かなり小規模な企業にも社会保険の適用拡大が及ぶようになります。
従業員数20人台や30人台の会社は、日本では決して珍しくありません。
こうした企業でも、週20時間以上働く短時間労働者などについて社会保険加入を検討する必要が出てきます。
2029年10月には個人事業所に対する社会保険適用の範囲も広がる予定です。
したがって2029年は、小規模事業者にとって社会保険制度の大きな転換点になると考えられます。
2032年10月から11人以上へ広がる
さらに2032年10月には、企業規模要件が11人以上まで引き下げられます。
10人台の小さな企業も本格的に対象となります。
この規模の会社では、人事部や社会保険専門の担当者がいないことも珍しくありません。
経営者自身や経理担当者が、
給与計算
社会保険手続き
採用
労務管理
などを兼務しているケースもあります。
そのため社会保険料という金銭的負担だけでなく、事務負担への対応も重要になります。
制度を段階的に広げる背景には、こうした小規模企業が準備する時間を確保する意味もあります。
2035年10月に企業規模要件がなくなる
そして2035年10月には企業規模要件が撤廃されます。
これによって企業規模が10人以下であっても、適用事業所で働き、本人が短時間労働者としての加入要件を満たせば、社会保険の対象となる方向です。
つまり、
大企業だから加入する
小企業だから加入しない
という違いが原則としてなくなっていきます。
同じ働き方をしている人については、勤務先企業の大きさではなく本人の働き方を中心に社会保険を適用する制度へ変わるわけです。
なぜ10年もかけるのか
企業規模要件をなくすのであれば、すぐに撤廃した方が制度は分かりやすくなります。
それでも約10年かける大きな理由は、小規模企業への影響です。
短時間労働者が新たに社会保険へ加入すれば、企業には厚生年金保険料や健康保険料などの事業主負担が発生します。
たとえば複数のパート従業員が同時に加入すれば、年間で数十万円、数百万円単位の人件費増加になる可能性があります。
大企業なら吸収できる金額でも、小規模企業では利益や資金繰りに大きな影響を与えることがあります。
一度にすべての企業へ適用すれば、経営への急激なショックになる恐れがあります。
そこで企業規模を段階的に引き下げることで、準備期間を設けています。
企業は何を準備する必要があるのか
対象になる企業が準備するのは保険料だけではありません。
まず、自社で働く短時間労働者の勤務状況を確認する必要があります。
週の所定労働時間は何時間なのか。
雇用契約はどのようになっているのか。
社会保険加入によって本人の手取りはいくら変わるのか。
企業負担はいくら増えるのか。
こうした点を確認します。
さらに社会保険への加入手続きや給与計算システムの変更、従業員への説明なども必要です。
特に初めて多数の短時間労働者を社会保険へ加入させる小規模企業では、早い段階から準備することが重要になります。
10年間は企業の経営転換期間でもある
約10年という期間は、単なる事務手続きの準備期間だけではありません。
企業が雇用のあり方そのものを変えるための期間とも考えられます。
これまで、
短時間のパートを多数雇う
社会保険料負担を抑える
人件費を低く維持する
という経営をしてきた企業もあります。
しかし企業規模要件がなくなれば、その前提が変わります。
社会保険料を含めた人件費を前提として、
価格を見直す
生産性を高める
勤務時間を長くする
人材を定着させる
デジタル化を進める
といった対応が必要になります。
2035年までの期間は、企業が新しい雇用環境へ移行するための時間でもあるのです。
働く人にとって勤務先による差が小さくなる
企業規模要件の撤廃は、働く人にとっても大きな意味があります。
これまでは同じ週20時間働いていても、大企業で働く人と小企業で働く人で社会保険への加入状況が違う場合がありました。
将来的にはこの差が小さくなります。
勤務先企業の大きさではなく、
どの程度働いているのか
という本人の働き方を基準として社会保険に加入する方向へ進みます。
転職しただけで社会保険の扱いが大きく変わるという問題も減っていくことが期待されます。
106万円の壁撤廃と一体の改革
企業規模要件の撤廃は、106万円の壁撤廃とは別々の改革のように見えます。
しかし方向性は同じです。
2026年10月には賃金要件を撤廃する。
2027年10月から企業規模要件を段階的に縮小する。
2035年10月には企業規模要件をなくす。
つまり、
いくら稼いでいるか
どれだけ大きな会社で働いているか
という条件を徐々に取り除いていきます。
そのうえで週20時間以上など、働き方そのものを中心に被用者保険を適用する制度へ近づけていくわけです。
結論
短時間労働者への社会保険適用では、現在は51人以上という企業規模が一つの基準になっています。
しかし企業規模要件は今後段階的に縮小されます。
2027年10月には36人以上。
2029年10月には21人以上。
2032年10月には11人以上。
そして2035年10月には企業規模要件そのものが撤廃される予定です。
約10年かけるのは、小規模企業に社会保険料や事務負担への準備期間を与えるためです。
しかし、この10年間にはもう一つの意味があります。
低い社会保険料負担を前提とした短時間雇用中心の経営から、社会保険を含めた人件費を前提として人材を確保し、生産性を高める経営へ移行するための期間です。
働く人にとっては、勤務先企業の大きさによって社会保険の保障が左右される状況が徐々に解消されます。
2026年の106万円の壁撤廃から2035年の企業規模要件撤廃までを一つの流れとして見ると、今回の改革の方向性が見えてきます。
社会保険を一部の長時間労働者だけの制度ではなく、一定程度働く人が勤務先の規模にかかわらず加入する制度へ変えていく。
約10年にわたる企業規模要件の撤廃は、そのための大きな制度転換だと考えます。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日 朝刊 「106万円の壁」撤廃、企業の負担重く