社会保険というと、株式会社などの法人で働く会社員が加入する制度というイメージを持つ人もいるでしょう。
しかし、法人でなければ社会保険に加入しなくてよいわけではありません。
個人事業主が経営する事業所でも、従業員数や業種など一定の条件を満たせば、厚生年金や健康保険の適用事業所になります。
さらに2029年10月には個人事業所に対する社会保険の適用範囲が広がる予定です。
これまで業種によって適用対象外だった個人事業所にも対象が広がっていきます。
106万円の壁撤廃や企業規模要件の段階的撤廃と同様、社会保険を勤務先の形態に左右されにくい制度へ変えていく改革の一つです。
今回は、個人事業所の社会保険について整理します。
法人と個人事業所は何が違うのか
まず法人と個人事業所の違いを確認します。
株式会社や合同会社などは、法律上、経営者個人とは別の法人格を持っています。
これに対して個人事業は、個人が自分の名義で事業を行う形態です。
飲食店や小売店、理美容店、専門サービスなど、さまざまな事業が個人事業として運営されています。
税金や会計では法人と個人事業にさまざまな違いがあります。
社会保険についても違いがあります。
法人の場合、事業主だけの会社を含め、原則として厚生年金や健康保険の強制適用事業所となります。
一方、個人事業所では従業員数や業種によって強制適用になるかどうかが変わってきました。
個人事業所では5人が重要な基準
個人事業所の社会保険を理解するうえで重要なのが「常時5人以上」という基準です。
現在、一定の法定業種に該当する個人事業所で常時5人以上の従業員を使用している場合には、原則として社会保険の強制適用事業所になります。
つまり、
法人ではない
という理由だけで社会保険への加入義務がなくなるわけではありません。
個人事業であっても一定規模以上になれば、従業員を被用者として社会保険で保障する必要があるという考え方です。
従業員を雇用する以上、事業形態だけで社会保障に大きな差をつけないための仕組みといえます。
5人以上なら全員が同じ条件になるわけではない
ここで注意したいのは、
事業所に5人以上いる
ことと、
その5人全員が必ず同じ条件で社会保険へ加入する
ことは別の問題だということです。
まず事業所が社会保険の適用事業所に該当するかを判断します。
そのうえで、それぞれの従業員について社会保険の加入要件を確認します。
正社員なのか。
通常の労働者と比べてどの程度働いているのか。
短時間労働者の加入要件を満たすのか。
こうした点を個別に判断します。
事業所側の条件と、働く人側の条件を分けて考えることが重要です。
これまでは業種による違いがあった
個人事業所の社会保険には、もう一つ重要な特徴があります。
業種による違いです。
法人であれば業種にかかわらず原則として強制適用事業所になります。
一方、個人事業所については、常時5人以上を使用していても業種によって強制適用の対象になるかどうかに違いがありました。
このため、
従業員数は同じ
働き方も似ている
にもかかわらず、勤務先の業種によって社会保険の扱いが異なるケースが生じます。
企業規模だけでなく業種によっても社会保険の保障に差が生じてきたわけです。
2029年10月に適用業種が広がる
この業種による違いも見直されます。
2029年10月から、常時5人以上の従業員を使用する個人事業所について、社会保険の適用対象となる業種が広がる予定です。
これまで強制適用の対象外だった業種にも適用を広げていく方向です。
これによって、
法人か個人事業か
どの業種で働いているか
によって社会保険の保障が異なる状況が縮小していきます。
社会保険を事業形態や業種ではなく、そこで働いているという事実をより重視する制度へ変えていく改革と考えることができます。
既存の事業所には経過措置がある
ただし、2029年10月になった瞬間に、すべての既存個人事業所へ同じ形で新しいルールが適用されるわけではありません。
制度変更による急激な影響を避けるため、施行時点ですでに存在している一定の個人事業所については経過措置が設けられます。
これは企業規模要件を2035年まで段階的に撤廃する考え方と共通しています。
社会保険の適用を広げる方向性は明確にする。
一方で、これまで対象外だった小規模事業者へ突然大きな負担を求めない。
そのために時間をかけて制度を移行させるわけです。
個人事業主本人と従業員は分けて考える
個人事業所の社会保険では、事業主本人と従業員を混同しないことも重要です。
個人事業主は、自分自身が雇用されているわけではありません。
そのため従業員が厚生年金や健康保険の対象になる事業所であっても、個人事業主本人が同じ立場で厚生年金へ加入するとは限りません。
一方、そこで雇用されている従業員は、加入要件を満たせば被用者として社会保険の対象になります。
「店全体が社会保険に入る」というより、
事業所が適用対象になる
そのうえで対象となる従業員が被保険者になる
と理解すると分かりやすくなります。
法人化すると社会保険の扱いが変わる
個人事業を法人化すると、社会保険の扱いも変わります。
たとえば個人で事業を行っていた人が株式会社や合同会社を設立すると、原則として法人事業所として社会保険の適用を考えることになります。
従業員が少ないから社会保険は関係ないとは限りません。
法人では原則として社会保険への加入義務が生じるためです。
したがって個人事業主が法人化を検討する際には、
法人税と所得税の違い
信用力
資金調達
事業承継
だけでなく、
社会保険料の事業主負担
も考える必要があります。
社会保険は法人化による経営コストを考える重要な項目の一つです。
小規模事業者には大きな負担になる
個人事業所への適用拡大で最大の課題になるのが、事業主負担です。
新たに従業員が社会保険へ加入すれば、事業主は厚生年金保険料や健康保険料などを負担します。
たとえば複数の従業員が同時に加入すれば、年間の負担額は大きくなります。
小規模な飲食店やサービス業などでは、人件費率が高く利益率が低い場合もあります。
そこへ社会保険料負担が加われば、
価格を上げる
営業時間を見直す
従業員数を調整する
業務を効率化する
といった対応が必要になる可能性があります。
社会保険の適用拡大は、小規模事業者の経営にも直接影響する問題です。
働く人にとっては保障が勤務先に左右されにくくなる
一方、従業員側から見ると適用拡大には大きな意味があります。
これまで同じように働いていても、
株式会社で働いている
個人経営の店で働いている
という違いによって社会保険の扱いが異なることがありました。
さらに個人事業所では業種による違いもありました。
適用範囲が広がれば、こうした勤務先の形態による差が小さくなります。
小さな個人経営の事業所で働いていても、一定の条件を満たせば厚生年金や健康保険による保障を受けられる方向へ進みます。
これは社会保険の公平性という点で重要な変化です。
結論
個人事業所であっても、従業員を雇っていれば社会保険と無関係ではありません。
現在でも一定の法定業種に該当し、常時5人以上の従業員を使用する個人事業所は、原則として社会保険の強制適用事業所になります。
そして2029年10月からは、個人事業所について社会保険の適用対象となる業種がさらに広がる予定です。
これは2026年10月の106万円の壁撤廃や、2035年まで続く企業規模要件の段階的撤廃と同じ方向を向いた改革です。
いくら稼いでいるか。
どれほど大きな会社か。
法人か個人事業か。
どの業種で働いているか。
こうした違いによって社会保険の保障が大きく変わる制度から、一定程度働く人を勤務先の社会保険で保障する制度へ近づけていくわけです。
一方で、小規模な個人事業所には新たな社会保険料負担や事務負担が発生します。
働く人の保障を広げながら、小規模事業者の経営をどのように支えるのか。
個人事業所への社会保険適用拡大は、その二つを同時に考える必要がある改革だと考えます。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日 朝刊 「106万円の壁」撤廃、企業の負担重く