同じ時給で、同じ週20時間働いているパート従業員でも、勤務する会社によって社会保険への加入状況が違うことがあります。
その理由の一つが「企業規模要件」です。
短時間労働者への厚生年金と健康保険の適用は、一度にすべての企業へ広げられたわけではありません。
まず大企業から始まり、その後、対象となる企業規模が段階的に引き下げられてきました。
現在は従業員数50人を超える一定の企業で働く短時間労働者が主な対象ですが、この企業規模要件も今後段階的に撤廃されます。
2026年10月に106万円の壁の賃金要件が撤廃されるだけでなく、その後は勤務先の規模による壁もなくなっていくのです。
今回は、社会保険の企業規模要件とはどのような仕組みなのかを整理します。
企業規模要件とは何か
企業規模要件とは、短時間労働者への社会保険適用を判断する際に、勤務先が一定以上の規模であることを求める仕組みです。
現在は、厚生年金保険の被保険者数が51人以上となる企業などが短時間労働者への適用拡大の主な対象です。
そのため、
週20時間以上働いている
所定内賃金などの要件を満たしている
学生ではない
といった条件を満たしていても、勤務先の企業規模によって取り扱いが異なるケースがありました。
働く人から見ると、
自分がどれだけ働いているか
だけでなく、
どの会社で働いているか
によって社会保険への加入が変わる仕組みだったわけです。
なぜ大企業から始めたのか
短時間労働者への社会保険適用を一度にすべての企業へ広げれば、小規模企業に大きな負担が生じます。
社会保険料は原則として労使で負担します。
新たに10人のパート従業員が加入すれば、その10人分の事業主負担が発生します。
大企業に比べ、小規模企業では利益や資金繰りに与える影響が大きくなる可能性があります。
また社会保険加入に伴う事務手続きへの対応も必要です。
そこで短時間労働者への適用拡大は、企業側が対応する時間を確保しながら段階的に進められてきました。
企業規模要件には、制度変更による企業への急激な影響を緩和する意味があったのです。
対象企業は段階的に広がってきた
短時間労働者への社会保険適用は、当初はより規模の大きな企業を対象としていました。
その後、企業規模の基準は段階的に引き下げられてきました。
その結果、現在では従業員数50人を超える企業まで対象が広がっています。
つまり企業規模要件は固定された制度ではありません。
社会保険の対象となる短時間労働者を徐々に増やすための経過的な仕組みとして縮小されてきました。
そして今後は、この企業規模による違いそのものをなくしていく方向になっています。
従業員数は単純な在籍人数ではない
ここで注意したいのが、企業規模要件でいう従業員数の考え方です。
「うちの会社にはアルバイトを含めて60人いるから51人以上だ」
と単純に判断するとは限りません。
企業規模を判定する際には、厚生年金保険の被保険者となっている人数を基礎として考えます。
したがって、会社に在籍しているすべての従業員を単純に数えるという意味ではありません。
短時間労働者自身を新たに適用するための企業規模判定と、会社に所属する総人数とは必ずしも一致しないのです。
法人では会社全体で考える
複数の店舗や事業所を持つ企業では、さらに注意が必要です。
たとえば全国に多数の店舗を展開する会社があり、一つの店舗には従業員が10人しかいないとします。
「この店は10人だから小規模企業だ」
と考えるのは適切ではありません。
法人の場合、企業規模は同一法人の適用事業所の被保険者数を合計して判断することになります。
そのため自分が働く店舗の人数が少なくても、会社全体では基準を超えていることがあります。
チェーン店などで働く場合には、店舗単位ではなく法人全体を見る必要があるわけです。
同じ働き方でも加入が違ってきた
企業規模要件があることで、次のようなケースが生じます。
AさんとBさんが、ともに週20時間働いているとします。
時給もほぼ同じです。
仕事内容も似ています。
しかしAさんは規模要件を満たす企業で働き、Bさんは小規模企業で働いているとします。
これまでの制度では、短時間労働者に対する適用拡大の対象になるかどうかが勤務先の企業規模によって違う場合がありました。
働く時間も収入も似ているのに、社会保険の扱いが違う。
これは制度を分かりにくくする原因の一つでもありました。
小規模企業で働けば壁を避けられるという問題
企業規模要件が存在すると、働く人の勤務先選びにも影響する可能性があります。
たとえば社会保険料負担を避けたい人が、
大きな会社では社会保険に入ることになる
小さな会社なら扶養の範囲で働きやすい
と考えることがあります。
すると同じ仕事内容でも、社会保険制度の違いが勤務先選択に影響します。
本来、社会保険は働く人の保障のための制度です。
勤務先企業の大きさによって保障が大きく変わる状態を長期間続けることが適切なのかという問題があります。
企業規模要件の撤廃には、こうした不公平を小さくする意味もあります。
企業規模要件は段階的に撤廃される
今後、企業規模要件はさらに縮小され、最終的には撤廃される予定です。
一度にすべての小規模企業へ適用するのではなく、10年程度かけて段階的に対象を広げていきます。
つまり将来的には、
大企業だから社会保険に加入する
小企業だから短時間労働者は加入しない
という企業規模による違いをなくしていく方向です。
これは106万円の壁撤廃と同じ流れにあります。
賃金による壁をなくす。
企業規模による壁もなくす。
そして一定程度働く人については、勤務先の規模にかかわらず被用者として社会保険へ加入する制度へ近づけていくわけです。
小規模企業ほど準備が重要になる
企業規模要件の撤廃によって特に影響を受けるのは、これまで適用拡大の対象外だった小規模企業です。
新たにパート従業員が社会保険へ加入すれば、企業には保険料負担が発生します。
さらに、
対象従業員の把握
資格取得手続き
給与計算
社会保険料の納付
従業員への説明
などの事務も必要になります。
大企業には人事や給与計算の専門部署があることが多いですが、小規模企業では経営者や少人数の事務担当者が対応しているケースもあります。
そのため制度施行の直前になって対応するのではなく、早い段階から準備することが重要です。
社会保険料を含めた経営が必要になる
これまで社会保険の適用対象外となる短時間労働者を多く雇ってきた企業では、企業規模要件の撤廃によって人件費構造そのものが変わる可能性があります。
給与だけでなく企業負担の社会保険料まで含めて人件費を考える必要があるからです。
一方、社会保険に加入できることは採用面で企業の魅力になる可能性もあります。
人手不足が深刻になるなか、
社会保険に加入して安定して働ける
将来の厚生年金を増やせる
という条件を重視する求職者もいます。
企業規模要件の撤廃を単なるコスト増として見るのか、人材確保のための制度として活用するのかによって企業の対応は変わってきます。
結論
企業規模要件とは、短時間労働者への社会保険適用を判断する際、勤務先企業が一定以上の規模であることを求める仕組みです。
これまで社会保険の適用拡大は大企業から段階的に進められてきました。
そのため同じ週20時間働き、同じ程度の給与を受け取っていても、勤務先企業の規模によって社会保険加入の扱いが異なるケースがありました。
しかし、この企業規模要件も今後段階的に撤廃されます。
2026年10月には106万円の壁となってきた賃金要件がなくなり、その後は企業規模による壁も徐々になくなっていきます。
つまり社会保険制度は、
いくら稼いでいるか
どれくらい大きな会社で働いているか
という条件から、
一定程度継続して働いているか
をより重視する仕組みへ変わっていきます。
一方、小規模企業にとっては社会保険料や事務負担が新たに発生します。
企業規模要件の撤廃は、働く人の保障を勤務先の大きさに左右されにくくする改革であると同時に、小規模企業にも社会保険を前提とした雇用経営への転換を求める改革だと考えます。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日 朝刊 「106万円の壁」撤廃、企業の負担重く