退職金は後払い賃金なのか 毎月の給料を抑えて最後にまとめて受け取ると考えられる理由編

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退職金というと、長年会社に勤めた社員に対して、会社が最後に支払うご褒美のようなイメージがあります。

しかし、退職金にはもう一つ重要な考え方があります。

それが「後払い賃金」です。

簡単にいえば、本来なら現役時代に給与として受け取ることのできた報酬の一部を会社に残しておき、退職するときにまとめて受け取るという考え方です。

この考え方を理解すると、なぜ長く勤めるほど退職金が増えるのか、なぜ退職金制度の突然の廃止に社員が強く反発するのかが見えてきます。

後払い賃金とは何か

後払い賃金とは、働いたことに対する報酬の一部をすぐに受け取るのではなく、将来まとめて受け取るという考え方です。

たとえば、本来なら会社が社員に年間600万円の報酬を支払えるとします。

そのすべてを給与として支払うのではなく、

現在の給与として550万円

将来の退職金の原資として50万円

という形で配分していると考えることができます。

この状態が30年間続けば、単純計算では1500万円になります。

実際の退職金は、このように毎年一定額を社員名義で積み立てているとは限りません。

退職金規程に基づいて、勤続年数や役職、退職理由などから金額を計算する企業もあります。

したがって、退職金のすべてが法律上の意味で給与の積立金というわけではありません。

それでも経済的には、現役時代の報酬の一部を退職時まで繰り延べているという見方ができます。

年功賃金との関係

退職金の後払い賃金という性格を理解するには、日本企業の年功的な賃金制度を見る必要があります。

従来の日本企業では、社員の給与が毎年の仕事の成果だけで決まるとは限りませんでした。

若い時期には、まだ仕事に慣れていなくても一定の給与を受け取ります。

経験を積んだ30代や40代になると、生産性や会社への貢献が大きくなります。

ところが給与が、その貢献度と完全に連動して上昇するとは限りません。

一方、50代などになると、年齢や勤続年数によって比較的高い給与を受け取る仕組みが一般的でした。

つまり、

その年の仕事の価値とその年の給与を完全に一致させる

のではなく、

会社員人生全体で給与を調整する

という仕組みだったのです。

ミドル期には会社へ賃金を貸しているという考え方

この仕組みを会社と社員の貸し借りとして考えると分かりやすくなります。

若い社員は、まだ会社への貢献が小さいにもかかわらず一定の給与を受け取ります。

この時期は、

社員が会社から借りている

と考えることができます。

仕事に慣れ、会社への貢献が大きくなるミドル期になると状況が逆転します。

会社への貢献に比べて給与が低ければ、

社員が会社へ貸している

状態になります。

さらにシニア期には、再び会社への現在の貢献以上の給与を受け取ることがあります。

そして最後に残った貸し借りを精算する役割の一つが退職金だと考えるわけです。

もちろん、実際に会社と社員の間で金銭消費貸借契約を結んでいるわけではありません。

あくまで賃金制度を経済的に説明するための考え方です。

現役時代の賃金との関係

退職金を後払い賃金と考えると、毎月の給与と退職金を別々に考えるのではなく、生涯全体で受け取る報酬として見る必要があります。

たとえば、退職金が2000万円ある会社と、退職金がない会社があったとします。

これだけを見ると、退職金がある会社の方が有利に見えます。

しかし、退職金がない会社の給与が毎年50万円高かったらどうでしょうか。

40年間働けば、

50万円掛ける40年で2000万円

になります。

単純な額面だけなら同じです。

実際には税金や社会保険料、資産運用による収益、退職金の計算方法などがあるため単純比較はできません。

それでも重要なのは、

給与と退職金は別々のものではなく、生涯報酬の配分方法の違い

として考える視点です。

なぜ長く勤めるほど退職金が増えるのか

従来型の退職金制度では、勤続年数が長くなるほど退職金が大きくなる設計が一般的です。

単純に、

勤続年数が2倍なら退職金も2倍

となるとは限りません。

勤続年数が長くなるにつれて、退職金が大きく増える制度もあります。

これは長期勤続を促す仕組みとして機能します。

40歳で転職するより60歳まで働いた方が退職金で有利になるのであれば、社員には会社に残る経済的な理由が生まれます。

企業側から見ると、退職金は優秀な人材の流出を防ぐ仕組みになります。

終身雇用と退職金制度の相性がよかった理由です。

転職すると後払い部分を失うことがある

後払い賃金という考え方から見ると、転職には一つの問題があります。

長期勤続を前提として設計された退職金制度では、途中で会社を辞めると将来受け取る予定だった退職金が少なくなる場合があります。

特に従来は、自己都合退職と定年退職で退職金の支給率が異なる会社もありました。

会社員からすると、

これまで会社に残してきた報酬の一部を十分受け取れないまま辞める

という感覚につながります。

これが退職金制度が人材流動化を妨げる要因の一つと考えられる理由です。

転職が一般的な社会では、特定の会社に長く勤めるほど有利になる制度よりも、働いた期間に応じて報酬を受け取れる仕組みの方が相性がよくなります。

退職金を突然減らすと不満が大きくなる理由

退職金制度を企業が見直すと、社員から強い反発が起こることがあります。

特に影響が大きいのが、退職を目前にしたミドルやシニア社員です。

たとえば55歳の社員が、

60歳で2000万円程度の退職金を受け取れる

と考えて人生設計をしていたとします。

住宅ローンの完済に500万円。

老後の生活資金に1000万円。

残りを予備資金として保有する。

このような計画を立てているかもしれません。

ところが会社から突然、

退職金制度を廃止します

と言われれば、人生設計そのものが変わります。

若い社員なら、その後の給与から老後資金を作る時間があります。

しかし55歳の社員には残された期間が短いため、同じ制度変更でも影響が大きくなります。

会社からのご褒美なら廃止してもよいのか

退職金を単なる会社からのご褒美と考えると、

会社の経営環境が変わったのだから廃止しても仕方がない

という考え方もできます。

しかし、後払い賃金という側面から考えると見方が変わります。

社員は長年、

現在の給与だけではなく、将来受け取る退職金まで含めて

その会社で働いてきたとも考えられるからです。

特に就業規則や退職金規程などによって支給条件が定められている場合、退職金は単なる会社の好意による支払いとはいえません。

そのため企業が制度を見直す場合には、社員への説明や経過措置が重要になります。

新入社員から制度を変える企業がある理由

退職金制度を見直す企業では、現在働いている社員まで一律に新制度へ変更するとは限りません。

たとえば、

2026年4月以降に入社した社員から新制度を適用する

という方法があります。

既存社員については従来の退職金制度を維持し、新入社員については退職一時金をなくして毎月の給与や確定拠出年金へ振り替えます。

こうすれば既存社員の期待を大きく損なわずに、将来的には新しい報酬制度へ移行できます。

制度変更に時間がかかるのは、退職金が何十年という長期間を前提に設計されているからです。

後払い賃金から現在払いへ変わり始めている

人材の流動化が進むと、報酬制度の考え方も変わります。

従来は、

若いうちから長期間会社で働く

会社が社員を育成する

勤続年数とともに給与が上がる

定年時に退職金を受け取る

という仕組みでした。

これに対して転職が一般的な社会では、

現在持っている能力に応じて給与を決める

現在の仕事への貢献に応じて報酬を支払う

転職しても老後資産を持ち運べるようにする

という仕組みの方が合理的になります。

退職金原資を毎月の給与や確定拠出年金へ移す企業が出てきている背景には、この変化があります。

退職金を見ると企業の人材戦略が分かる

退職金制度は単なる福利厚生ではありません。

企業が社員とどのような関係を築こうとしているのかを表しています。

退職金を手厚くする会社は、

できるだけ長く働いてほしい

というメッセージを社員へ送っていると考えることができます。

一方、退職金を縮小して給与を増やす会社は、

勤続年数より現在の能力や貢献に報いたい

という考え方かもしれません。

どちらが正しいという問題ではありません。

重要なのは、企業の人材戦略と報酬制度が一致しているかどうかです。

結論

退職金には、長年会社で働いた社員への功労報奨や老後保障だけでなく、後払い賃金という側面があります。

現役時代に受け取る報酬の一部を将来へ繰り延べ、退職するときにまとめて受け取るという考え方です。

この仕組みは、終身雇用や年功賃金と非常に相性がよく、社員に長く会社で働いてもらう役割を果たしてきました。

しかし転職が一般的になると、長期勤続者ほど有利になる退職金制度は人材流動化と合わなくなる場合があります。

そのため、退職金原資を毎月の給与や確定拠出年金へ移す企業も出てきています。

一方で、退職金を突然減らせば、これまで退職金を含めて人生設計をしてきた社員には大きな影響があります。

退職金制度の見直しが難しいのは、単なる福利厚生を変更する問題ではなく、何十年にもわたる会社と社員の報酬の約束を変更する側面があるからです。

退職金がなくなるかどうかを見るだけでは、その会社の待遇は判断できません。

これからは毎月の給与、賞与、退職金、企業年金などを合わせた生涯報酬全体を見ることが重要になります。

参考

日本経済新聞 2026年8月31日夕刊 退職金、なくなるの? 人材流動化で見直しも

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