転職すると給料が下がる。年齢を重ねるほど転職は難しくなる。日本では長い間、このようなイメージがありました。
ところが転職市場では大きな変化が起きています。
インディードリクルートパートナーズの調査によると、2026年4月から6月に同社のサービスを通じて転職した人のうち、転職後に賃金が1割以上増えた人の割合は45.6%となりました。
前年同期より6.3ポイント上昇し、2002年以降で過去最高です。
特にIT系エンジニアでは57.5%に達しています。
背景にあるのは単純な人手不足だけではありません。生成AIの普及によって企業が必要とする人材が変わり、年齢や勤続年数ではなく、専門性や経験に値段を付ける労働市場へ日本が少しずつ移行していることが重要です。
転職すると給料が上がる人が増えている
今回の調査で注目したいのは、単に転職者の給料が少し上昇したという話ではありません。
賃金が1割以上増えた人が45.6%に達したことです。
例えば年収600万円だった人なら、1割増えると660万円です。
年収800万円なら880万円になります。
もちろん、すべての転職者の年収が上昇しているわけではありません。それでも転職者のかなりの割合が10%以上の賃金上昇を実現していることは、日本の労働市場の変化を象徴しています。
かつての日本企業では、新卒で会社に入り、社内で経験を積みながら昇給していくことが一般的でした。
転職すると勤続年数がリセットされるため、必ずしも給与面で有利になるとは限りませんでした。
ところが人手不足が深刻になるにつれて、企業側が必要な人材を獲得するために高い給与を提示するようになっています。
IT系エンジニアでは57.5%が1割以上増えている
職種によって賃金上昇には大きな違いがあります。
最も高かったのがIT系エンジニアで57.5%です。
つまり、この調査ではIT系エンジニアの転職者の半数以上が、転職によって賃金を1割以上増やしたことになります。
事務系専門職は52.0%でした。
ここには経営企画、人事、法務など専門的な知識や経験が求められる仕事が含まれます。
営業職も46.0%となっています。
一方、機械、電気、化学エンジニアは42.1%でした。
どの職種でも比較的高い水準ですが、とりわけ専門性の高い職種で企業の人材獲得競争が激しくなっていることが分かります。
AIが普及してもIT人材の求人がなくなるとは限らない
生成AIが普及するとITエンジニアの仕事が減るのではないかという見方があります。
実際、生成AIは簡単なプログラムを書くことができます。
これまで人間が行っていた一部のコーディング作業がAIに置き換わる可能性は高いでしょう。
しかし、仕事の一部がAIに置き換わることと、IT人材そのものが不要になることは同じではありません。
企業はAIを導入するために、システムを設計したり、既存システムと連携させたり、データを整備したりする必要があります。
さらに重要なのは、AIを使って会社の仕事そのものを変えることです。
単純なコードを書く能力だけではなく、
AIをどの業務に使うのか
業務プロセスをどう変えるのか
AIによってどのような新規事業を作るのか
といった能力の価値が高まります。
AIによってIT人材が不要になるというより、IT人材に求められる能力が変化していると考えた方が分かりやすいでしょう。
年収600万円以上では即戦力争奪戦が起きている
転職市場全体が一様に売り手市場になっているわけではありません。
重要なのが年収帯による違いです。
特に企業の需要が強いのが年収600万円以上のハイクラス人材です。
企業が求めているのは、採用してから長い時間をかけて育成する人材だけではありません。
入社後すぐに成果を出せる即戦力です。
AIを使って業務を効率化できる人。
新規事業を立ち上げられる人。
専門的な技術を持つ人。
経営企画や法務など高度な専門知識を持つ人。
こうした人材は企業間で奪い合いになります。
当然、企業は採用するために高い年収を提示する必要があります。
転職によって賃金が大幅に上昇する人が増えている背景には、この即戦力人材の獲得競争があります。
年収400万円から600万円では状況が少し違う
一方、年収400万円以上600万円未満の市場では違った動きも出ています。
この年収帯には未経験者や第二新卒なども多く含まれます。
企業側は人手不足だからといって無条件に採用人数を増やしているわけではありません。
AIやデジタル技術を利用して業務を効率化し、必要な人員そのものを見直す企業も増えています。
そのため求人件数と転職希望者数の需給は均衡しつつあります。
これからの転職市場では、
人手不足だから誰でも年収が上がる
という単純な構図ではなくなっていく可能性があります。
専門性が高い人材では強い売り手市場が続く一方、汎用的な仕事では企業の厳選採用が強まる。
この二極化が重要なポイントになります。
企業は正社員だけで人材を確保しなくなっている
人材獲得競争が激しくなるなかで、企業の採用方法も変化しています。
必要な人材をすべて正社員として採用する必要はありません。
フリーランスや副業人材などをプロジェクト単位で利用する企業が増えています。
例えばAIを導入したい企業があるとします。
社内にAIの専門家がいなければ、正社員として採用する方法があります。
しかし優秀な専門家は簡単には採用できません。
そこで外部の専門家に数カ月間プロジェクトへ参加してもらう方法が考えられます。
企業から見ると、必要な能力を必要な期間だけ利用できます。
働く側から見ると、一つの会社だけに所属せず、複数の企業へ専門能力を提供する働き方が可能になります。
人材市場は転職市場だけではなく、フリーランス、副業、業務委託などを含む大きな市場へ広がりつつあります。
年齢より経験やスキルを見る採用が広がる
もう一つ重要な変化があります。
年齢です。
日本の転職市場では長い間、年齢が大きな採用条件になっていました。
若い人ほど転職しやすく、年齢が高くなるほど選択肢が減る傾向がありました。
しかし即戦力を求める企業が増えると、この考え方が変わります。
企業が欲しいのは若さそのものではありません。
会社が抱える問題を解決できる能力です。
そのため、
どのような仕事を経験してきたのか
どのような専門知識を持っているのか
どのような成果を出したのか
変化する事業環境に対応できるのか
という評価が重要になります。
経験豊富なミドル層には、若手にはない強みがあります。
長年の業務経験や専門知識、人脈、マネジメント経験などです。
こうした経験が企業の課題と一致すれば、年齢は必ずしも弱点ではなくなります。
社内での昇給と転職による市場評価という二つの道ができる
この変化は、働く人の賃金の決まり方にも影響します。
従来の日本型雇用では、給与は主に会社内部で決まっていました。
勤続年数や役職、社内評価によって少しずつ給与が上昇します。
しかし転職市場が活発になると、もう一つの価格が生まれます。
市場価格です。
例えば現在の会社で年収600万円の人に、別の会社が年収750万円を提示したとします。
この瞬間、その人の能力には750万円という外部市場での評価が付いたことになります。
企業側も優秀な社員を引き留めるためには、社内賃金を市場価格から大きく離すことが難しくなります。
転職する人だけではなく、転職しない人の賃金にも転職市場の活発化が影響する可能性があります。
AI時代には自分の市場価値を意識することが重要になる
これから重要になるのは、単に長く働くことではなく、自分の経験が外部の会社でも評価されるかどうかです。
社内だけで通用する知識と、どの会社でも利用できる専門性では意味が違います。
AIが普及すると、この違いはさらに大きくなる可能性があります。
定型的な仕事はAIによって効率化されやすくなります。
一方で、
専門知識
問題解決能力
マネジメント経験
顧客との交渉力
新規事業を作る能力
AIを業務へ実装する能力
などは企業間で取引される価値のある能力になります。
会社に何年勤めたかではなく、何ができるのか。
これが賃金を決める重要な要素になっていくでしょう。
結論
2026年4月から6月に転職した人のうち、賃金が1割以上増えた人の割合は45.6%となり、2002年以降で過去最高となりました。
IT系エンジニアでは57.5%、事務系専門職では52.0%に達しています。
背景には少子高齢化による人手不足だけでなく、AIやデジタル化によって企業が必要とする人材が急速に変化していることがあります。
ただし、転職すれば誰でも年収が上がる時代になったわけではありません。
むしろ今後は、専門性や経験を持つ即戦力人材と、それ以外の人材との間で転職市場の評価が分かれていく可能性があります。
そして注目したいのが年齢です。
企業が即戦力を求めれば求めるほど、単純な年齢よりも経験、実績、専門性が重要になります。
日本の賃金はこれまで会社内部の年功や役職によって決まる部分が大きいものでした。
これからは社内評価に加えて、転職市場で自分の能力にいくらの値段が付くのかという市場評価が重要になります。
AI時代の転職市場で問われるのは、何歳なのかではなく、何ができるのかです。
転職者の賃金上昇は、日本の雇用が会社中心の仕組みから専門性を市場で評価する仕組みへ変わり始めていることを示しているのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職者の半数、給料1割以上増
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職市場、年収引き上げ続く