同じ人が同じような仕事をしているのに、会社を変えただけで年収が100万円上がることがあります。
反対に、現在の会社では高い給料をもらっていても、転職活動をすると同じ水準の給料を提示してくれる会社がなかなか見つからないこともあります。
この違いを考えるうえで重要なのが市場価値です。
転職市場における市場価値とは、その人が現在の会社でどれだけ評価されているかではなく、他の企業がその人の経験や能力にどの程度の報酬を払いたいと考えるかという評価です。
日本では長く同じ会社で働くことを前提とした雇用慣行が続いてきたため、給料と市場価値が必ずしも一致していません。
転職市場が活発になると、自分の給料が会社内部だけではなく、外部の労働市場によって評価される機会が増えていきます。
市場価値とは何か
市場価値という言葉には明確な一つの金額が存在するわけではありません。
株式であれば市場で取引される株価があります。
しかし人材には毎日表示される市場価格がありません。
そこで転職市場では、企業が求人を出すときの想定年収や、採用するときに提示する年収などが、その人材に対する市場評価の一つになります。
例えば現在の会社で年収600万円を受け取っている人がいるとします。
転職活動をしたところ、複数の企業から700万円前後の年収を提示されたとします。
この場合、現在の給与は600万円ですが、転職市場では700万円程度で評価される可能性があると考えることができます。
反対に現在800万円を受け取っていても、転職先候補から600万円程度しか提示されない場合があります。
現在の給与と市場価値は同じとは限らないのです。
社内評価と市場価値は違う
会社員の給与は、その人の能力だけで決まっているわけではありません。
特に日本企業では勤続年数、役職、社内資格、過去の昇進、会社独自の給与制度など、さまざまな要素によって給与が決まります。
例えば同じ会社に30年間勤務し、部長になった人がいるとします。
その会社の商品や組織、人間関係について非常に詳しく、社内では欠かせない存在かもしれません。
その結果として高い評価を受け、高い給与を受け取っていることもあります。
しかし別の会社へ転職すると状況が変わります。
転職先の会社は、その人が現在の会社で部長であることだけを理由に高い給与を払うわけではありません。
どのような仕事をしてきたのか。
何人の部下を管理してきたのか。
どのような問題を解決したのか。
売上や利益をどれだけ増やしたのか。
その経験を自社でも利用できるのか。
こうした点を評価します。
現在の会社での評価が高くても、その能力を別の会社で再現できなければ市場価値が同じように高くなるとは限りません。
求人企業が人材に値段を付ける
企業が中途採用をするときには、その人を採用することで会社にどれだけの価値をもたらしてくれるかを考えます。
例えば新しいシステムを導入したい会社が、経験豊富なITエンジニアを探しているとします。
その人を採用することでシステム開発が早まり、業務効率が改善し、大きなコスト削減が期待できるのであれば、高い年収を提示することができます。
経営企画、法務、人事、財務などでも同じです。
M&Aの経験が豊富な人。
海外事業の立ち上げ経験がある人。
企業再生を経験した人。
高度な税務や会計の知識を持つ人。
AIを利用して業務改革を進められる人。
こうした能力を必要としている会社にとって、その経験には高い価値があります。
転職市場で付けられる値段は、単に本人が優秀かどうかだけではなく、その能力を欲しがっている企業がどれだけ存在するかによって変わります。
需要と供給によって市場価値は変わる
転職市場も基本的には需要と供給によって動きます。
ある能力を必要とする企業が多いのに、その能力を持つ人が少なければ、その人材の価格は上がりやすくなります。
現在、ITやAIなどの分野で高い年収が提示されやすい理由の一つもここにあります。
企業がDXやAIへの投資を増やしている一方、それを実際に進められる人材には限りがあります。
企業同士が限られた人材を取り合えば、より高い給与を提示する企業が出てきます。
反対に、ある仕事をできる人が非常に多く、その仕事自体の求人が少なくなれば市場価値は上がりにくくなります。
つまり市場価値は資格や経験だけで固定されるものではありません。
経済環境や技術革新、産業構造によって変化していきます。
同じ仕事でも会社によって給料が違う
さらに重要なのは、同じ能力でも会社によって評価額が違うことです。
例えばAIを使った業務改善の経験を持つ人がいるとします。
AI投資を積極的に進めている企業にとっては非常に価値の高い人材かもしれません。
一方、AIをほとんど利用していない企業では、その能力を十分に活用できない可能性があります。
同じ人でも、会社によって提示される年収が変わります。
企業の収益力による違いもあります。
利益率の高い企業は、人材に高い給与を払いやすくなります。
同じ経理、営業、エンジニアという職種でも、勤務する業界や会社によって給与水準が大きく違うことがあります。
そのため市場価値を一つの金額だけで考えることには注意が必要です。
正確には、自分の経験や能力を高く評価してくれる市場がどこにあるのかを考える必要があります。
希少な経験には高い値段が付きやすい
市場価値を考えるときには、能力の高さだけではなく希少性も重要です。
例えば一般的な業務経験を持つ人が1万人いるのに対して、特定の分野について10年以上の実務経験を持つ人が100人しかいないとします。
その100人を必要とする企業が多数あれば、人材獲得競争が起こります。
さらに複数の経験を組み合わせることで希少性が高くなることもあります。
ITだけではなく経営も分かる。
会計だけではなくM&Aも分かる。
技術だけではなく営業もできる。
専門知識だけではなく組織を管理した経験もある。
このように複数の能力を組み合わせると、同じ経験を持つ人が少なくなります。
転職市場では、単純に資格の数を増やすことより、企業が必要としている経験の組み合わせを持っていることが高く評価される場合があります。
現在の年収が市場価値とは限らない
現在年収500万円だから市場価値も500万円とは限りません。
長期間同じ会社で働いている場合、現在の給与が外部市場の変化を十分に反映していないことがあります。
特に急速に需要が高まった職種では、この差が大きくなります。
5年前には年収500万円程度だった仕事でも、人材不足によって現在は700万円を提示する会社が増えているかもしれません。
同じ会社に勤務し続けていると、給与が毎年数%ずつしか上がらない場合があります。
ところが転職市場では、その時点の人材需給によって一気に給与水準が変わることがあります。
これが転職によって年収が大きく上昇する人が出てくる理由の一つです。
市場価値は年齢だけでは決まらない
かつて日本の転職市場では、年齢が非常に重要な条件でした。
若い人は将来性があるため採用しやすく、年齢が高くなるほど転職が難しくなる傾向がありました。
しかし企業が即戦力を求めるようになると、評価基準も変化します。
企業が必要としている問題を解決できるのであれば、長年の経験そのものが価値になります。
特に専門知識やマネジメント経験、業界知識などは短期間では身に付きません。
若さだけでは代替できない能力です。
もちろん年齢による採用上の違いがなくなったわけではありません。
しかし人手不足や専門人材不足が進めば、何歳なのかだけではなく、何ができるのかという評価の比重が高くなっていくと考えられます。
市場価値は会社の外に出たときに見えてくる
会社の中だけで働いていると、自分の市場価値は意外に分かりません。
社内では役職があり、高く評価されていても、それが外部でも通用するかどうかは別問題だからです。
反対に社内ではそれほど高く評価されていなくても、転職市場では非常に高い評価を受けることがあります。
例えば社内では当たり前と思われている専門知識が、他社では不足していることがあります。
転職市場を見ることには、自分の能力が外部でどのように評価されるのかを確認する意味があります。
必ずしも実際に転職する必要はありません。
求人内容や提示されている年収を見るだけでも、自分の経験がどのような会社から求められているのかを知る手掛かりになります。
結論
転職市場における市場価値とは、現在の会社での評価ではなく、外部の企業が自分の経験や能力にどれだけの報酬を払いたいと考えるかという評価です。
現在の給与と市場価値は必ずしも一致しません。
会社内部の給与には勤続年数、役職、社内制度などが影響しますが、転職市場では専門性、経験、実績、希少性、そして企業側の需要が重要になります。
さらに市場価値は一つの金額に固定されているわけではありません。
同じ人でも、その能力を必要としている会社では高く評価され、必要としていない会社では評価が低くなることがあります。
転職によって年収が大きく上昇する人が増えている背景には、こうした人材の市場価格の変化があります。
これからの会社員にとって重要になるのは、現在の会社でいくらもらっているかだけではありません。
自分が持っている経験や能力を、会社の外では誰が必要としているのか。
そして、その能力にいくら払おうとしているのか。
転職市場が活発になるほど、会社員の給料は社内評価だけではなく、外部市場によっても決まるようになっていくのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職者の半数、給料1割以上増
日本経済新聞 2026年8月28日朝刊 転職市場、年収引き上げ続く