診療報酬で病床数を減らせるのか 病院への命令ではなく収益を変えて誘導する仕組み編

人生100年時代
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地域に急性期病床が多すぎるのであれば、行政が病院に対して病床を減らすよう命令すればよいように思えるかもしれません。

しかし日本の医療提供体制には多くの民間病院が存在し、それぞれが独立して経営しています。

行政が将来必要となる病床数を示しただけでは、病院が自主的に病床を減らしたり、別の機能へ転換したりするとは限りません。

そこで重要になるのが診療報酬です。

急性期病床を維持した場合の収益を低くし、将来必要となる包括期などの病床へ転換した場合の収益を高くすれば、病院自身の経営判断によって病床再編が進む可能性があります。

行政が病床削減を直接命令するのではなく、病院が受け取る収入を変えることで行動を誘導する考え方です。

診療報酬とは何か

診療報酬とは、医療機関が公的医療保険の対象となる診療を行ったときに受け取る医療サービスの公定価格です。

患者が病院で診察や検査、手術などを受けると、それぞれの医療行為などについて定められた診療報酬に基づいて医療費が計算されます。

患者は原則として年齢や所得などに応じた自己負担分を支払い、残りは公的医療保険から医療機関へ支払われます。

つまり診療報酬は、患者が支払う金額を決めるだけの制度ではありません。

病院や診療所の収入を大きく左右する仕組みでもあります。

どのような医療へ高い診療報酬を設定するかによって、医療機関の経営行動にも影響を与えることができます。

病床を持っているだけでは収入にならない

病院が100床を持っているからといって、100床分の収入が自動的に保証されるわけではありません。

患者を受け入れ、医療を提供することで収入が発生します。

さらに、どのような機能の病床として患者を受け入れるかによっても収入構造は異なります。

高度な医療を提供するためには、多くの医師や看護師を配置する必要があります。

設備にも費用がかかります。

そのため診療報酬では、医療機能や人員配置、患者の状態などを踏まえたさまざまな評価が設けられています。

病院がどの病床機能を選択するのかは、地域医療上の役割だけでなく経営にも大きく関係するのです。

急性期病床の収益とは何か

急性期病床では、病気を発症した直後などの患者に対して集中的な治療を行います。

救急医療。

手術。

検査。

投薬。

高度な医療機器を使った治療。

こうした医療を短期間に集中的に提供します。

そのため多くの医療従事者や設備が必要になります。

急性期医療を適切に評価するため、診療報酬上も急性期医療に対応したさまざまな評価が設けられています。

問題になるのは、こうした報酬体系が病院にとって急性期機能を維持する強い動機になり得ることです。

急性期病床が多くなった背景

元の記事では、全国的に急性期病床が増えすぎた背景の一つとして、2006年に急性期病床の診療報酬を大幅に引き上げ、その状態が長期間続いたことが指摘されています。

病院も経営主体です。

同じ建物や人員を使うのであれば、より高い収入を得られる病床機能を選択する動機が生まれます。

政策として急性期医療を高く評価すれば、病院側が急性期機能を維持しようとするのは自然な行動です。

つまり現在の病床構成は、患者の需要だけで作られたものではありません。

過去の診療報酬政策によって形成された面もあるということです。

病床削減をお願いするだけでは動きにくい

将来人口を推計した結果、急性期病床が多すぎると分かったとします。

行政が病院に対して、急性期病床を減らして包括期などへ転換してくださいと求めたとします。

しかし急性期病床を維持した方が経営上有利なのであれば、病院には転換する強い動機がありません。

転換には費用もかかります。

施設を改修する必要があるかもしれません。

人員配置を変更する必要もあります。

職員の教育が必要になることもあります。

しかも転換後に収入が減るのであれば、病院にとっては二重の負担になります。

話し合いだけで転換を求めても進みにくい理由です。

診療報酬を下げると何が起きるのか

そこで、過剰になっている病床機能の診療報酬を引き下げるという考え方が出てきます。

たとえば急性期病床を維持しても以前ほど高い収益を得られなくなれば、病院は現在の機能を維持するべきか考えるようになります。

患者が多く、本当に急性期医療を必要とする地域の拠点病院であれば、一定の収益を確保しながら急性期機能を維持するでしょう。

一方、患者が少なく病床稼働率も低い病院では、急性期病床を維持することが経営上難しくなる可能性があります。

その結果、病院自身が病床削減や機能転換を検討するようになります。

これが経済インセンティブによる誘導です。

包括期病床への転換を促す

急性期の診療報酬を下げるだけでは、単なる病院収入の削減になってしまいます。

そこで重要になるのが、将来必要になる医療機能の診療報酬を適切に評価することです。

2040年に向けては、高齢者救急を受け入れ、治療からリハビリ、在宅復帰までを幅広く担う包括期の役割が重要になると考えられています。

急性期の評価を相対的に引き下げる一方、包括期の評価を引き上げれば、病院には機能転換の選択肢が生まれます。

急性期を続けても収益性が低い。

包括期へ転換すれば地域の需要があり、経営も成り立つ。

このような環境を作ることで、病院自身に転換を選んでもらうわけです。

経済インセンティブとは何か

経済インセンティブとは、人や企業がある行動を選択したくなるよう、経済的な利益や負担を変える仕組みです。

税制にも同じ考え方があります。

政府が特定の設備投資を増やしたい場合、補助金を支給したり税負担を軽くしたりします。

反対に、減らしたい行動には税金などによって負担を増やす場合があります。

医療では診療報酬が強力な経済インセンティブになります。

病院に何をしてくださいとお願いするだけではなく、その行動を選んだ方が経営上合理的になるよう価格体系を設計するのです。

補助金との違い

病床転換を促す方法として、補助金を支給する方法もあります。

急性期病床を包括期へ転換するために1000万円の改修費が必要であれば、その一部を行政が負担するという方法です。

これは転換時の負担を軽くする効果があります。

しかし補助金には財源が必要です。

さらに補助金は一時的な支援であることが多く、転換後の病院経営まで保証するものではありません。

診療報酬を変えれば、病院が医療を提供するたびに収入構造へ影響します。

病院の長期的な経営判断に働きかけるという点で、補助金とは性格が異なります。

財政中立的に組み替えるという考え方

元の記事では、基金を積み増して病院への補助金を増やすのではなく、財政中立的な方法として診療報酬を組み替える考え方が示されています。

たとえば急性期病床への支払いを減らした分を、包括期病床への支払いに回します。

医療費全体を大幅に増やすのではなく、同じ財源の中で配分を変えるわけです。

現在多すぎる医療機能への支払いを抑え、これから不足する医療機能への支払いを厚くする。

これによって財政負担を大きく増やさずに病床機能の転換を促すという考え方です。

診療報酬だけで病床数は決まらない

ただし診療報酬を変えれば、狙ったとおりに病床が減るとは限りません。

病院によって事情が違うからです。

急性期の診療報酬が下がっても、患者が多く集まる病院では急性期を維持する方が合理的かもしれません。

反対に、患者が少ない病院では大幅な機能転換が必要になる可能性があります。

地域に他の病院がなければ、採算性だけを理由に急性期機能をなくすこともできません。

診療報酬は病床再編を促す重要な手段ですが、それだけで地域医療を設計できるわけではないのです。

全国一律の診療報酬という問題

さらに難しいのが、地域によって病床事情が違うことです。

ある地域では急性期病床が大幅に余っているかもしれません。

別の地域では急性期病床が不足しているかもしれません。

それにもかかわらず、基本的な診療報酬体系は全国共通です。

全国一律に急性期の評価を引き下げれば、急性期病床が必要な地域の病院まで影響を受ける可能性があります。

そこで、地域ごとの病床需給に応じて診療報酬の調整幅を変えるという考え方が出てきます。

これは次の地域別診療報酬というテーマにつながります。

病院への命令と何が違うのか

規制によって病床を減らす場合、行政が病院に対して一定の行動を求めます。

一方、診療報酬による誘導では、最終的な経営判断は基本的に病院側に残ります。

急性期を維持する。

包括期へ転換する。

病床を減らす。

他の病院と統合する。

経済条件が変化した中で、それぞれの病院が判断します。

行政がすべての病院について最適な病床数を細かく決めるのではなく、価格を通じて行動を変えてもらうという考え方なのです。

結論

診療報酬とは、医療サービスの公定価格であると同時に、病院の経営行動を左右する強力な政策手段です。

地域で急性期病床が過剰になっていても、急性期を維持する方が経営上有利であれば、病院が自主的に病床を減らしたり包括期へ転換したりする動機は弱くなります。

そこで急性期病床の診療報酬を相対的に引き下げ、これから需要が高まる包括期などの評価を引き上げれば、病院自身の経営判断による機能転換を促せる可能性があります。

これは行政が病院に病床削減を直接命令する方法とは異なります。

地域医療にとって望ましい行動を選んだ方が病院経営にとっても合理的になるよう、収益構造そのものを変える方法です。

ただし全国一律に診療報酬を変更すれば、病床が不足している地域まで影響を受ける可能性があります。

人口減少の速度も病床の過不足も地域によって違います。

2040年に向けた病床再編では、何床減らしてくださいと病院に求めるだけではなく、病院が自ら必要な機能へ変わりたくなる経済条件をどう作るのかが重要になります。

診療報酬による病床再編とは、病院を命令で動かすのではなく、医療の価格を変えることで病院の選択を変える仕組みなのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月27日朝刊 2040年の地域医療構想上 病床の取引市場制度 創設を

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