病院のベッドは、すべて同じ役割を持っているわけではありません。
大きな手術を受けた直後の患者と、病状が安定してリハビリをしている患者では、必要となる医療の内容が大きく異なります。
特に重症患者の場合には、医師や看護師による継続的な管理に加えて、高度な医療機器や検査設備などが必要になります。
こうした重症患者に対して、状態の早期安定化を図るために密度の高い医療を提供する機能が高度急性期です。
2040年に向けて人口減少と医療従事者不足が進むなかでは、高度急性期医療をどの病院でも提供するのではなく、一定の病院へ集約することが重要になります。
高度急性期とは何か
高度急性期とは、急性期の患者の中でも特に状態が重く、集中的な医療が必要な患者に対して医療を提供する機能です。
病気やけがの治療では、患者の状態によって必要となる医療の密度が変わります。
たとえば大きな手術を受けた直後には、患者の状態が急変する可能性があります。
重い心疾患や脳血管疾患、重度の外傷などでも、生命に関わる状態になることがあります。
こうした患者には、短期間に集中的な治療を行う必要があります。
医師が診察して薬を処方するだけではありません。
患者の状態を継続的に確認しながら、必要に応じて人工呼吸器などの医療機器を使用し、検査や治療を繰り返します。
このような医療を提供するのが高度急性期機能です。
急性期とは何が違うのか
高度急性期と急性期は名前が似ていますが、患者の状態や必要となる医療の密度が異なります。
急性期とは、病気を発症した直後や症状が急激に悪化した患者などに対して治療を行う段階です。
肺炎になって入院した患者や、骨折して手術を受ける患者など、さまざまなケースがあります。
高度急性期は、その急性期の中でも特に状態が重く、より密度の高い医療が必要な患者を対象とします。
つまり、高度急性期と急性期が完全に別の種類の医療というより、患者の重症度や治療の集約度によって役割が分かれていると考えると分かりやすいでしょう。
患者の状態が改善すれば、高度急性期から急性期へ移ることもあります。
さらに病状が安定すれば、リハビリなどを中心とする次の段階へ移っていきます。
ICUとは何か
高度急性期医療をイメージするうえで分かりやすいのがICUです。
ICUは集中治療室のことです。
重篤な患者に対して、継続的な監視と集中的な治療を行うための設備です。
一般的な病室よりも患者一人に対して配置される医療従事者が多く、高度な医療機器も用意されています。
たとえば人工呼吸器による呼吸管理が必要な患者や、大きな手術を受けた直後の患者などが治療を受けます。
ただし、高度急性期機能とICUが完全に同じ意味というわけではありません。
高度急性期は病床が担う医療機能を示す考え方であり、ICUは具体的な治療を行う施設や病床の一つです。
高度急性期医療には、ICUだけでなくさまざまな高度な治療体制が関係します。
高度急性期には多くの医療資源が必要になる
高度急性期医療の大きな特徴は、非常に多くの医療資源を必要とすることです。
まず医師が必要です。
しかも一つの診療科だけでは対応できないことがあります。
患者の状態によっては、救急医、外科医、循環器の専門医、麻酔科医など複数の専門家が関わります。
看護師についても一般病床より手厚い配置が必要になります。
さらに検査技師や薬剤師など、多くの医療従事者が関係します。
設備も必要です。
手術室、画像診断装置、人工呼吸器など、高度な医療を行うためにはさまざまな設備を整えなければなりません。
したがって、高度急性期病床は単純にベッドを置けば作れるものではありません。
ベッドの周囲に人材と設備を配置して初めて機能する病床なのです。
なぜすべての病院に高度急性期を置かないのか
地域住民から見れば、自宅の近くに高度な医療を提供する病院があった方が安心に思えるかもしれません。
しかし、高度急性期医療を多くの病院に分散させることには問題があります。
最大の問題は医療従事者が分散してしまうことです。
たとえば一つの地域に高度急性期を担う病院が5つあれば、それぞれの病院に医師や看護師を配置しなければなりません。
一方、一定の病院へ集約すれば、同じ地域の医療人材をより効率的に配置できます。
高額な医療設備についても同じです。
多くの病院が同じ設備を保有すると、患者数に対して設備が過剰になる可能性があります。
人口が増え、医療従事者も増えている時代であれば分散配置にも一定の合理性があります。
しかし人口も医療従事者も減少していく地域では、同じ体制を維持することが難しくなります。
患者数を集める意味もある
高度急性期医療を集約する理由は、単なるコスト削減だけではありません。
高度な医療では、医療従事者が一定数の患者を継続して診療することにも意味があります。
非常に難しい手術を年に数件しか行わない病院と、多くの症例を扱っている病院では、医療チームが蓄積できる経験に違いが生じます。
医師だけではありません。
看護師や検査部門などを含めた医療チーム全体として経験を積むことができます。
そのため、高度急性期医療では患者を一定の拠点病院へ集めるという考え方が重要になります。
限られた医療資源を集約すると同時に、専門的な医療を継続して提供できる体制を作るわけです。
高度急性期から次の病床へ患者を移す
高度急性期病床を効率的に使うためには、患者の状態が安定した後の仕組みも重要です。
高度急性期病床は、長期間入院するための病床ではありません。
重症状態を脱して高度な治療が必要なくなれば、次の医療機能へ移る必要があります。
たとえば高度急性期から急性期へ移ります。
さらに状態が安定すれば、リハビリや在宅復帰などを担う病床へ移ることもあります。
この流れがうまく機能しなければ、高度急性期病床に患者が滞留してしまいます。
すると、本当に高度な治療を必要とする新しい患者を受け入れられなくなる可能性があります。
病床機能の分化とは、それぞれの病床を別々に考えることではありません。
患者の状態に応じて適切な病床へ移っていく流れを作ることでもあります。
高度急性期を減らすことと医療を弱くすることは同じではない
地域医療構想で高度急性期や急性期の病床を集約すると聞くと、地域医療が縮小されるように感じることがあります。
しかし、病床数を減らすことと高度な医療を弱くすることは必ずしも同じではありません。
たとえば100床の高度急性期病床が複数の病院に分散していても、医師不足によって十分に稼働できなければ、名目上の病床数が多いだけということになります。
反対に、病床数を一定程度集約して医師や看護師を集中させれば、一つ一つの病床を十分に稼働させられる可能性があります。
重要なのは、ベッドが何床あるのかだけではありません。
その病床で実際にどの程度の医療を提供できるのかという点です。
2040年に医療資源の集約が重要になる理由
2040年に向けて、この問題はさらに重要になります。
人口減少によって患者数が減少する地域が増える一方、高齢化によって高齢者の医療需要は大きくなります。
さらに医療を提供する側も人口減少の影響を受けます。
医師だけでなく、看護師やその他の医療従事者を地域のすべての病院で現在と同じように確保できるとは限りません。
そこで、高度な治療を必要とする患者は一定の拠点へ集める一方、病状が安定した患者については地域の別の病院や在宅医療などで支えるという役割分担が重要になります。
高度急性期をどこに配置するのかは、単なる病院経営の問題ではありません。
限られた医療人材をどこに配置するのかという地域全体の問題なのです。
結論
高度急性期病床とは、急性期の患者の中でも特に重症で、状態を早期に安定させるために密度の高い医療を必要とする患者を支える病床機能です。
大きな手術の直後や生命に関わる状態の患者などに対して、医師や看護師、高度な医療設備を集中的に投入します。
ICUはその代表的な医療現場の一つですが、高度急性期という言葉はICUそのものではなく、病床が担う医療機能を示しています。
高度急性期医療には多くの人材と設備が必要です。
そのため人口減少と医療従事者不足が進む社会では、多くの病院が少しずつ高度急性期を担うより、一定の拠点病院へ医療資源を集約する必要性が高まります。
そして患者の状態が安定すれば、急性期やその後の医療機能へ円滑に移すことも重要です。
2040年に向けた地域医療構想では、病床を何床残すかだけではなく、高度な医療をどの病院に集め、限られた医師や看護師をどう配置するのかが大きな課題になります。
高度急性期病床の再編とは、単なる病床削減ではなく、限られた医療資源を重症患者のために集中させる取り組みなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月27日朝刊 2040年の地域医療構想上 病床の取引市場制度 創設を