中小企業の事業承継税制が、単に会社を引き継ぎやすくする制度から、承継後の成長まで促す制度へ変わる可能性があります。
経済産業省は、成長投資や賃上げに取り組む中小企業を対象として、事業承継に伴う相続税や贈与税を免税とする仕組みを検討しています。
これまでの事業承継税制では、後継者が非上場株式を相続や贈与によって取得した場合、一定の要件のもとで相続税や贈与税の納税を猶予することが中心でした。
今回の見直しで重要になるのが「成長投資」です。
会社を引き継いだ後継者が設備やデジタル化、人材などへ積極的に投資するのであれば、税負担をさらに軽減しようという考え方です。
成長投資とは会社の将来の利益を増やすための投資
成長投資という言葉に、法律上すべての制度に共通する一つの定義があるわけではありません。
一般的には、企業が将来の売上や利益、生産性などを高めるために行う投資を指します。
例えば製造業であれば、新しい生産設備を導入することが考えられます。
小売業なら、新店舗を開設することがあります。
サービス業なら、新しいシステムを導入して業務を効率化することも成長投資になります。
重要なのは、単にお金を使うことではありません。
その支出によって、
売上を増やす
生産性を高める
新しい事業を始める
新しい市場へ進出する
競争力を高める
といった将来の成長につなげることが目的です。
今回の事業承継税制でも、どのような支出を成長投資として認めるのかが重要な論点になります。
設備投資は最も分かりやすい成長投資
成長投資の代表例が設備投資です。
例えば、町工場を引き継いだ後継者が古い工作機械を最新の設備へ入れ替えるケースを考えてみます。
新しい機械によって加工時間が短縮されれば、同じ従業員数でも生産量を増やせます。
精度の高い加工ができるようになれば、新しい取引先を獲得できる可能性もあります。
工場の自動化設備を導入すれば、人手不足への対応にもなります。
こうした投資は会社の生産性や競争力を高めるため、成長投資として理解しやすいものです。
店舗や工場、物流設備などへの投資も同様です。
事業承継をきっかけに老朽化した設備を更新すれば、会社そのものを次の世代に合わせて変えていくことができます。
DX投資も重要な成長投資になる
現在の中小企業では、機械や建物だけでなくDXへの投資も重要です。
例えば、
会計システムをクラウド化する
受発注をデジタル化する
在庫管理システムを導入する
顧客管理システムを導入する
AIを業務に活用する
工場の生産状況をデータで管理する
といった取り組みがあります。
こうした投資によって、これまで人が行っていた作業を自動化できる場合があります。
従業員が単純作業から解放され、より付加価値の高い仕事に集中できれば、生産性向上につながります。
特に人手不足が深刻な中小企業では、「人を増やして成長する」だけではなく、「少ない人数でも生産性を高めて成長する」という考え方が重要になっています。
そのためDX投資は、事業承継後の成長戦略と相性のよい投資です。
なぜ事業承継と設備投資を組み合わせるのか
事業承継は、企業にとって大きな転換点です。
先代経営者が長期間会社を経営していると、設備やシステム、取引方法などが古くなっている場合があります。
一方、後継者は会社を引き継いだ直後だからこそ、大きな改革を行いやすい面があります。
例えば先代経営者が、
「まだ使えるから古い設備を使い続けよう」
と考えていた会社でも、後継者は、
「今後20年間経営するために新しい設備へ入れ替えよう」
と判断するかもしれません。
事業承継と設備投資を同時に促すことで、経営者の交代を会社の変革につなげることができます。
政府が成長投資を免税の条件として検討する背景には、このような狙いがあります。
人材投資も成長には欠かせない
企業の成長に必要なのは設備だけではありません。
人への投資も重要です。
例えば、
従業員への研修
デジタル人材の育成
資格取得支援
若手社員の教育
管理職研修
新しい専門人材の採用
などがあります。
最新の機械を導入しても、それを使える人材がいなければ十分な効果を発揮できません。
DXシステムを導入しても、従業員が使いこなせなければ生産性は上がりません。
そのため、設備投資と人材投資をセットで行うことが重要になります。
ただし、今回検討されている免税制度で、どこまでの人材関連支出が「成長投資」として認められるのかは現時点では確定していません。
今後の制度設計で注目すべきポイントです。
投資額をどう判定するのかが難しい
成長投資を免税の条件にする場合、大きな問題になるのが投資額の判定方法です。
例えば、
100万円以上投資すればよい
という一律の基準では、企業規模によって負担感が大きく異なります。
年間売上1億円の会社にとって1000万円の設備投資は大きな決断です。
一方、年間売上100億円の会社にとって同じ1000万円は、それほど大きな投資ではないかもしれません。
そこで、
売上高に対する投資額
利益に対する投資額
固定資産額に対する投資額
承継前と比較した投資額の増加率
などで判断する方法も考えられます。
どの基準を採用するかによって、制度を利用できる企業は大きく変わります。
投資しただけで免税すると悪用される可能性もある
もう一つ問題になるのが、形式的な投資です。
相続税や贈与税の免税を受けるためだけに、本来必要のない設備を購入する企業が出てくる可能性があります。
例えば、免税要件を満たすために高額な設備を購入し、短期間で売却するようなケースです。
これでは本来の成長投資とはいえません。
そのため新しい制度では、
投資した設備を一定期間使用しているか
実際の事業に使われているか
事業規模に見合った投資か
承継後の成長につながっているか
などを確認する仕組みが必要になる可能性があります。
税負担を大きく免除する制度であるほど、形式だけ整えた利用を防ぐ仕組みが重要になります。
相続税の免税額と投資額の関係も重要になる
今後の制度設計では、免税される税額と成長投資額の関係も注目されます。
例えば、相続税が1億円免税される後継者が100万円だけ設備投資すれば条件を満たすという制度では、政策的なバランスが問題になります。
逆に、免税額と同額以上の設備投資を必ず求めるような制度では、中小企業にとって負担が重すぎる可能性があります。
税制優遇の大きさに応じて、どの程度の投資を求めるのか。
これは新制度の実効性を左右する重要なポイントです。
企業規模や承継する株式の価値なども考慮した制度になるのかが注目されます。
成長投資と賃上げはつながっている
今回の制度見直しでは、成長投資と賃上げがセットで示されています。
この二つには重要な関係があります。
企業が継続的に賃上げするためには、生産性や利益を高める必要があります。
単に人件費だけを増やせば、会社の利益が減って経営が苦しくなる可能性があります。
そこで、
設備投資やDXを行う
生産性が上がる
会社の利益が増える
従業員の給与を増やす
という流れをつくることが重要になります。
税負担を軽減することで最初の成長投資を後押しし、その成果を賃上げとして従業員へ還元するという考え方です。
税制優遇で承継後のお金の使い方まで変える
これまでの事業承継税制では、相続税や贈与税が原因で会社を引き継げなくなることを防ぐことが大きな目的でした。
新しい制度では、さらに一歩踏み込む可能性があります。
会社を引き継ぐだけではなく、
承継後に何へ投資するのか
どのように生産性を高めるのか
従業員へどのように還元するのか
まで税制と結びつける考え方です。
つまり、事業承継税制が「会社を残すための制度」から「承継をきっかけに会社を成長させる制度」へ変わろうとしていると見ることができます。
結論
事業承継税制で検討されている成長投資とは、後継者が会社を引き継いだ後、設備やDXなどへ資金を投入し、生産性や競争力を高める取り組みです。
新しい生産設備、工場や店舗、業務システムなどへの投資が代表的な例として考えられます。
人材育成などの人への投資も企業成長には重要ですが、新しい免税制度でどこまで対象になるかは今後の制度設計を確認する必要があります。
また、成長投資を免税要件にする場合には、投資額をどのように判定するのか、どの程度の期間設備を使用する必要があるのか、形式的な投資をどう防ぐのかといった問題があります。
今回の見直しで重要なのは、相続税や贈与税を単純に軽くすることではありません。
税負担の軽減によって生まれる余力を成長投資へ向かわせ、生産性向上と賃上げにつなげることが狙いです。
事業承継を「経営者が交代する瞬間」ではなく、「会社を次の成長段階へ進める機会」と考える税制へ変わる可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 相続・贈与税、賃上げで免除 中小、事業承継しやすく 経産省要望へ