静かな退職を人事評価で見抜けるのか 成果を出している社員にも起こる心理的離脱編

人生100年時代

静かな退職というと、仕事の成果が落ちた社員を想像するかもしれません。

しかし、静かな退職は必ずしも業績低下として表れるとは限りません。

長年同じ仕事を担当している社員であれば、経験や知識を使って、以前より少ない心理的なエネルギーでも一定の成果を出せる場合があります。

売上目標を達成している。期限も守っている。大きなミスもない。

人事評価だけを見れば、特に問題のない社員です。

それでも、新しい提案をしなくなり、周囲への関心を失い、必要最低限の仕事だけを行っている可能性があります。

静かな退職を考える場合には、「どれだけ成果を出したか」だけでなく、「仕事にどのように関わっているか」を見る必要があります。

業績評価だけでは分からない理由

企業の人事評価では、仕事の成果が重要な評価項目になります。

売上。

利益。

処理件数。

目標達成率。

納期。

品質。

こうした指標は社員の仕事ぶりを評価するうえで重要です。

しかし、静かな退職は成果そのものではなく、仕事との心理的な関係が変化した状態として捉える必要があります。

そのため、成果が維持されている間は、人事評価には表れないことがあります。

特に経験豊富な社員ほど注意が必要です。

仕事の進め方を熟知していれば、以前ほど熱意を持っていなくても、一定の成果を維持できるからです。

優秀な社員にも静かな退職は起こる

静かな退職を「仕事のできない社員の問題」と考えるのは適切ではありません。

むしろ、以前は高い意欲を持って働いていた社員が静かな退職に向かう場合があります。

難しい仕事を積極的に引き受けていた。

後輩の面倒も見ていた。

職場の改善案もよく出していた。

しかし、頑張っても十分に評価されない。

仕事だけが増える。

提案しても採用されない。

将来のキャリアも見えない。

こうした経験が続けば、「これ以上頑張っても意味がない」と考えるようになる可能性があります。

それでも本人には高い能力があります。

そのため、担当業務そのものは問題なく処理できます。

会社から見ると優秀な社員のままですが、本人の心理状態は大きく変わっているかもしれません。

過去の自分との比較が重要になる

静かな退職を把握するときには、他の社員との比較だけでは十分ではありません。

本人の過去の行動との比較が重要です。

たとえば、ある社員が会議で月に一度しか発言しないとします。

もともと発言の少ない人であれば、それだけで問題とは言えません。

しかし、以前は毎回積極的に発言していた人が、ほとんど発言しなくなったのであれば、何らかの変化が起きている可能性があります。

新しい仕事への応募。

改善提案。

周囲への支援。

社内でのコミュニケーション。

能力開発への関心。

こうした行動についても同様です。

絶対的な行動量より、「以前と比べてどう変わったか」を見ることが重要です。

発言や提案の減少を見る

静かな退職の兆候の一つとして、自発的な発言や提案が減ることがあります。

以前は、

この仕事はこう変えた方がよい

この顧客には別の提案ができる

この作業は自動化できる

この制度には問題がある

と積極的に発言していた社員が、何も言わなくなる。

会議には参加します。

聞かれれば答えます。

しかし、自分から意見を出さなくなります。

この変化は業績評価には表れない可能性があります。

現在の仕事を処理する能力は変わっていないからです。

しかし、企業は将来の改善や新しいアイデアを失っているかもしれません。

提案が減った理由を決めつけない

発言が減ったからといって、「やる気を失った」と直ちに判断することはできません。

発言が減る理由にはさまざまなものがあります。

仕事量が多過ぎて考える余裕がない。

提案しても否定される経験が続いた。

別の社員に発言の機会を譲っている。

家庭事情などで一時的に余裕がない。

担当業務そのものが変わった。

静かな退職を見抜くことは、社員にレッテルを貼ることではありません。

行動の変化に気づき、「何が起きているのか」を確認することが重要です。

周囲との関係の変化を見る

静かな退職では、人との関わり方が変わる場合があります。

以前は困っている同僚をよく助けていた。

若手社員からの相談にも乗っていた。

他部署との調整にも積極的だった。

それが、自分の担当業務以外にはほとんど関わらなくなる。

これも心理的な距離が広がっている兆候の一つかもしれません。

ただし、仕事と私生活の境界を明確にしただけの場合もあります。

したがって、周囲への支援が減ったこと自体を問題視するのではなく、その背景を見る必要があります。

特に、以前は自発的に行っていた行動が急に減った場合には注意が必要です。

新しい仕事に手を挙げなくなる

社員の心理状態は、新しい仕事への反応にも表れることがあります。

以前なら、

やってみたいです

自分も参加したいです

勉強になるので担当したいです

と手を挙げていた社員が、まったく反応しなくなる。

担当を依頼すれば仕事はします。

しかし、自分から関わろうとはしません。

この変化には、仕事の退屈、燃え尽き、学習性無力感など、さまざまな背景が考えられます。

「新しい仕事をしたくない社員」と評価する前に、なぜ挑戦しなくなったのかを見る必要があります。

学習への関心が低下する場合

仕事への心理的な関与は、能力開発への姿勢にも表れる場合があります。

以前は新しい知識を学んでいた。

研修にも積極的に参加していた。

資格取得にも関心を持っていた。

業界の新しい動向も調べていた。

ところが、そうした行動をしなくなる。

本人が現在の仕事をこなすだけなら問題はないかもしれません。

しかし、「この会社で将来も能力を発揮したい」という意識が弱くなっている可能性もあります。

特に、会社が研修機会を用意しているのに参加しなくなった場合には、単なる学習意欲だけでなく、仕事やキャリアへの考え方が変化していないかを見る必要があります。

人事評価が静かな退職を生む場合もある

人事評価は静かな退職を発見する手段であると同時に、その原因になることもあります。

成果を出しても評価が変わらない。

周囲を支援しても評価されない。

難しい仕事を担当しても、その負担が考慮されない。

上司との関係によって評価が左右される。

評価理由を説明してもらえない。

こうした状態が続けば、社員は「頑張っても評価されない」と感じます。

すると、評価されない行動をやめるようになる可能性があります。

改善提案をやめる。

後輩の支援をやめる。

余分な仕事を引き受けない。

評価制度が、社員に「最低限の評価項目だけを満たせばよい」と学習させてしまうこともあるのです。

数値化し過ぎることにも注意する

静かな退職を把握するために、発言数や提案件数などを数値化しようとする企業もあるかもしれません。

しかし、単純な数値化には注意が必要です。

発言数を評価すれば、意味のない発言が増える可能性があります。

提案件数を評価すれば、質より量を優先する人が出るかもしれません。

同僚を助けた回数を記録することも現実的ではありません。

静かな退職は、人間の心理状態に関わる問題です。

一つの数値だけで判断することはできません。

複数の情報と日常的な対話を組み合わせて見る必要があります。

管理職が見るべき兆候

管理職が見るべきなのは、単なる成果の増減だけではありません。

以前と比べて、

発言が減っていないか。

新しい仕事への関心が低下していないか。

周囲との関係が変わっていないか。

改善提案をしなくなっていないか。

仕事の将来について話さなくなっていないか。

能力開発への関心が低下していないか。

こうした変化を見ることが重要です。

ただし、監視することが目的ではありません。

変化に気づいたときに対話するための手掛かりとして見る必要があります。

一対一の対話が重要になる

静かな退職は、評価シートだけでは把握できません。

そこで重要になるのが、管理職と部下との日常的な対話です。

最近仕事で負担になっていることはないか。

今の仕事にどのような意味を感じているか。

もっと挑戦したい仕事はあるか。

逆に減らしたい仕事はあるか。

自分の能力を十分に使えていると感じるか。

会社や上司に改善してほしいことはあるか。

こうした対話を継続することで、業績数字には表れない変化を把握しやすくなります。

ただし、社員が本音を話しても不利益を受けないという心理的安全性が前提になります。

成果だけでなく行動の変化を見る

人事評価では、現在の成果を評価する必要があります。

一方、静かな退職を考える場合には、成果に至るまでの行動にも目を向ける必要があります。

現在の仕事を効率よく処理できていても、新しい知識を学ばなくなっていれば、将来的な能力の更新が止まる可能性があります。

改善案を出さなくなれば、業務の進化が止まります。

後輩への知識共有をやめれば、組織内で経験が継承されなくなります。

短期的な業績には表れなくても、長期的には組織の力に影響する可能性があります。

人的資本経営では潜在的な力を見る

人的資本経営では、社員が持っている知識、経験、技能などを企業価値につなげることが重要です。

しかし、社員が能力を持っていることと、その能力を積極的に会社のために使っていることは同じではありません。

百の能力を持つ社員が、会社には六十しか投入しない。

それでも現在の担当業務が五十の能力で処理できるのであれば、人事評価上は問題がないかもしれません。

しかし、残りの能力は組織に生かされていません。

静かな退職は、社員が退職して人的資本そのものを失う前に、人的資本の活用度が低下している状態として見ることもできます。

結論

静かな退職は、人事評価だけで簡単に見抜けるものではありません。

仕事への心理的な関与が低下していても、経験や能力の高い社員であれば一定の成果を維持できる場合があるからです。

そのため、売上や目標達成率などの業績だけを見て、「問題なく働いている」と判断すると、心理的離脱を見逃す可能性があります。

重要なのは、本人の過去との変化を見ることです。

以前は発言していた人が発言しなくなった。

提案していた人が提案しなくなった。

新しい仕事に手を挙げていた人が関心を示さなくなった。

周囲を支援していた人が自分の仕事だけをするようになった。

こうした変化には、燃え尽き、学習性無力感、退屈、不公平感など、さまざまな背景が考えられます。

管理職に求められるのは、それを「やる気がない」と評価することではありません。

変化に気づき、その理由を対話によって理解することです。

静かな退職を見つけるために社員を監視するのではなく、社員が仕事との関係を変え始めたときに気づける職場をつくる。

成果だけでは見えない社員の心理的な変化に目を向けることが、人的資本を長期的に生かすためにも重要になるでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年8月19日朝刊 「静かな退職」どう防ぐか(下) 心理的な背景 見極め対応を

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