大きな病院の正門を出ると、道路の向かい側や周辺に何軒もの調剤薬局が並んでいることがあります。
こうした薬局は一般に門前薬局と呼ばれています。
医療機関を受診した患者が、そのまま近くの薬局へ処方箋を持っていくため、病院の近くに店舗を構えることには大きなメリットがありました。
日本では医薬分業が進み、医療機関が診察と処方を担当し、院外の薬局が調剤を担当する仕組みが広がりました。その過程で病院や診療所の近くに多くの調剤薬局がつくられてきました。
ところが、処方箋の発行枚数が減少に転じたことで、この門前薬局という経営モデルにも転換が求められています。
門前薬局とは何か
門前薬局とは、法律上定められた薬局の種類ではありません。
一般的には病院や診療所の近くに店舗を構え、その医療機関から発行される処方箋を主に受け付けている調剤薬局を指します。
特に大規模な病院の周辺では、複数の調剤薬局が並んでいることがあります。
患者から見れば、病院を出た後すぐに処方箋を持ち込めるため便利です。
薬局側にもメリットがあります。
病院が安定的に患者を診察していれば、そこから継続的に処方箋が発行されます。
薬局はその処方箋を受け付けることで一定の収益を確保できます。
そのため、どの医療機関の近くに店舗を構えるかという立地戦略が調剤薬局経営では非常に重要でした。
医薬分業が門前薬局を増やした
門前薬局が増えた背景には、国が進めてきた医薬分業があります。
医薬分業とは、医師が患者を診察して処方箋を発行し、薬剤師がその処方箋に基づいて調剤するという役割分担です。
以前は病院や診療所の中で薬を受け取る院内処方も一般的でした。
しかし医薬分業が進んだことで、患者が医療機関の外にある薬局で薬を受け取る院外処方が広がりました。
その結果、病院の周辺に調剤薬局を出店すれば、多くの処方箋を獲得できるようになりました。
全国の薬局数は現在6万店を超えています。
これまでの調剤薬局市場は、医薬分業の進展と処方箋枚数の増加という二つの追い風を受けて拡大してきたといえます。
特定医療機関への依存とは何か
門前薬局の特徴は、特定の医療機関から発行される処方箋の割合が高くなりやすいことです。
例えば、ある病院の前にある薬局が年間1万枚の処方箋を受け付け、そのうち9000枚がその病院から発行されたものだったとします。
この薬局は処方箋の90%を一つの病院に依存していることになります。
病院に多くの患者が来院している間は非常に効率的な経営ができます。
しかし、その病院の患者数が減れば薬局の処方箋も減少します。
病院が移転した場合には、さらに大きな影響を受ける可能性があります。
診療科の縮小や医師の退職などによって患者数が減少することもあります。
つまり門前薬局は、特定の医療機関の経営環境や患者数に自社の収益が大きく左右される構造を持っています。
処方箋枚数が薬局の収益を左右する
調剤薬局の収益を考えるうえで、処方箋枚数は非常に重要な指標です。
患者が処方箋を持って薬局を訪れると、薬局は薬を調剤し、服薬方法などを説明します。
その対価として薬剤料や調剤に関する各種の報酬を受け取ります。
そのため基本的には、受け付ける処方箋が多いほど売上を確保しやすくなります。
特に門前薬局では、病院から流れてくる大量の処方箋を効率的に処理することで収益を上げる経営モデルが発達してきました。
薬剤師や事務職員を配置し、一定数以上の処方箋を継続して処理することで店舗の固定費を吸収します。
反対に処方箋が減れば、店舗の家賃や人件費などはすぐには減らせないため、利益が急速に縮小することがあります。
処方箋枚数の減少率以上に利益が減少する可能性があるのです。
処方箋そのものが減少し始めた
これまで門前薬局の経営では、どの病院の処方箋を獲得するかが重要な問題でした。
ところが現在は、その前提となる処方箋そのものが減少し始めています。
2025年度に病院などが発行した処方箋は8億5730万枚となり、前年度から0.8%減少しました。
新型コロナウイルス禍による特殊要因のあった2020年度を除けば、比較可能な1993年度以降で初めての前年割れです。
人口減少に加え、軽症であれば医療機関を受診せず市販薬で対応するという行動も広がっています。
患者が医療機関を受診しなければ、当然ながら処方箋も発行されません。
これまで増加を前提としてきた処方箋市場が縮小へ向かえば、薬局同士が限られた処方箋を奪い合う構造が強まります。
門前薬局には二重の圧力がかかる
門前薬局が直面しているのは処方箋減少だけではありません。
国の医療政策も、特定の医療機関から発行される処方箋を大量に処理するだけの薬局から、地域住民の服薬を継続的に支える薬局への転換を促しています。
調剤報酬では、薬局の規模や特定医療機関からの処方箋集中度などによって評価が異なる仕組みがあります。
特定の病院への依存度が高い薬局については、効率的に処方箋を獲得できることなども考慮して報酬が設定されています。
つまり門前薬局は、処方箋という市場そのものの縮小と、調剤報酬制度による政策誘導という二つの圧力を受けることになります。
従来型の立地依存モデルだけでは収益を維持しにくくなっているのです。
病院の近くにあるだけでは選ばれなくなる
処方箋は原則として、患者が利用する薬局を選ぶことができます。
病院から最も近い薬局に必ず行かなければならないわけではありません。
電子処方箋やオンライン服薬指導などが普及すれば、この傾向はさらに強くなる可能性があります。
患者が自宅の近くにある薬局を利用したり、日常的に利用しているドラッグストア併設薬局を利用したりする選択肢もあります。
これまで門前薬局には、病院から近いという非常に強い競争力がありました。
しかしデジタル化によって距離の意味が小さくなれば、立地だけでは患者を囲い込めなくなります。
どのようなサービスを提供できるかが、より重要になります。
在宅医療への対応が重要になる
そこで調剤薬局各社が力を入れているのが在宅医療です。
高齢者の増加によって、自宅や高齢者施設で医療を受ける患者は今後も増えると考えられます。
薬剤師が患者の自宅などを訪問し、服薬状況や残薬を確認することも薬局の重要な役割になります。
複数の医療機関から薬を処方されている高齢者では、薬の重複や飲み合わせの問題が発生することもあります。
単に処方された薬を渡すだけではなく、患者が薬を適切に使用できているかまで管理することが求められます。
これは患者が店舗に来るのを待つ門前薬局型とは異なるビジネスモデルです。
薬剤師自身が地域へ出ていく薬局への転換ともいえます。
地域のかかりつけ薬局への転換
門前薬局からの転換先として重要になるのが、かかりつけ薬局です。
患者が複数の病院や診療所を受診していても、できるだけ同じ薬局を利用すれば、その患者が服用している薬をまとめて確認できます。
薬の重複や相互作用、飲み忘れ、残薬なども把握しやすくなります。
薬局にとっても、一つの医療機関から発行される処方箋だけに依存するのではなく、地域のさまざまな患者から処方箋を受け付けることにつながります。
特定の病院に依存する薬局から、患者そのものとの関係を築く薬局への転換です。
処方箋の枚数が増え続ける時代には、病院の近くに店舗を構えることが成長戦略になりました。
処方箋が減る時代には、患者から継続的に選ばれることが成長戦略になります。
結論
門前薬局とは、病院や診療所の近くに店舗を構え、その医療機関から発行される処方箋を主に受け付ける薬局です。
医薬分業と処方箋枚数の増加を背景として、日本では門前薬局が数多く誕生しました。
しかし、このモデルには特定医療機関への依存という弱点があります。
さらに2025年度には、新型コロナウイルス禍による特殊要因を除いて初めて処方箋の発行枚数が前年を下回りました。
処方箋そのものが減少すれば、病院の近くに店舗を構えて患者を待つだけでは安定した成長を期待できません。
調剤報酬制度でも、特定医療機関への依存から離れ、地域住民の服薬を継続的に支える方向への転換が促されています。
これからの薬局に問われるのは、どの病院の前に店を構えているかではありません。
在宅医療やオンライン服薬指導などにも対応し、患者から継続的に利用される薬局になれるかどうかです。
門前薬局を巡る環境変化は、日本の調剤薬局が立地を競う時代から、機能を競う時代へ移りつつあることを示しています。
参考
日本経済新聞 2026年8月18日 市販薬シフトで処方箋減少 昨年度、調剤薬局に再編圧力