メガバンクが、金融資産を巨額に保有する超富裕層への営業を急速に強化しています。
三井住友フィナンシャルグループは超富裕層向けの営業担当者を2028年度までに現在の約2倍となる400人規模へ増やす方針です。みずほフィナンシャルグループも担当者を増員し、三菱UFJフィナンシャルグループも富裕層担当を約2500人体制に拡大しています。
背景にあるのは単なる富裕層の増加ではありません。
銀行そのものの稼ぎ方が、預金を集めて企業へ貸し出す従来型のビジネスから、顧客の資産や企業、一族全体を長期間にわたって管理するビジネスへ変わりつつあります。
超富裕層を巡る競争は、日本の銀行ビジネスの転換点を示しているとも考えられます。
超富裕層とは何か
超富裕層について世界共通の定義があるわけではありません。
野村総合研究所では、世帯が保有する金融資産から負債を差し引いた純金融資産が5億円以上の世帯を超富裕層としています。
2023年時点では、日本国内に約12万世帯存在すると推計されています。
全世帯に占める割合はわずか0.2%程度ですが、保有する金融資産は約135兆円に達します。
つまり、ごく少数の世帯が日本の金融資産のかなり大きな部分を保有していることになります。
近年、超富裕層が増えている背景には株価や不動産価格の上昇があります。
企業オーナーが自社株を大量に保有していれば、株価や企業価値の上昇によって資産額が急増することがあります。
さらに事業承継や相続によって、親世代から子世代へ巨額の金融資産が移転するケースも増えています。
なぜメガバンクは超富裕層を狙うのか
超富裕層は銀行にとって非常に収益性の高い顧客です。
一般の個人顧客の場合、銀行が得られる収益は預金や住宅ローン、投資信託などに限られることが多くなります。
ところが超富裕層、とりわけ企業オーナーになると取引範囲が大きく広がります。
個人資産の運用だけではありません。
企業の融資、M&A、事業承継、資本政策、不動産取引、自社株対策、相続対策など、企業と個人の双方に金融サービスを提供できます。
例えば企業オーナーが会社を売却すれば、M&Aの助言によって金融機関が数千万円から数億円規模の手数料を得るケースも考えられます。
さらに会社を売却したオーナーの手元には巨額の現金が残ります。
今度はその資金について、預金や有価証券、不動産などを組み合わせた資産管理を提案できます。
一つの取引が次の取引につながるところに、超富裕層ビジネスの強みがあります。
富裕層ビジネスと超富裕層ビジネスは何が違うのか
従来の富裕層ビジネスでは、個人の金融資産をどのように運用するかが中心でした。
投資信託、株式、債券、保険などを組み合わせて資産形成や相続対策を支援します。
超富裕層になると対象が個人だけではなくなります。
企業オーナーであれば、自社株そのものが最大の資産になっていることがあります。
すると金融機関は、
企業を今後どうするのか
後継者へどのように引き継ぐのか
自社株をどのように移転するのか
会社を売却するのか
不動産をどう活用するのか
売却後の資金をどう運用するのか
といった問題まで一体的に考える必要があります。
いわば個人の資産管理ではなく、企業と一族を含めた総合的な資産管理になります。
これがウェルスマネジメントと呼ばれるビジネスです。
銀行と証券と信託を一体化する理由
超富裕層の問題は一つの金融機関だけでは解決しにくい特徴があります。
銀行は預金や融資を得意とします。
証券会社は株式や債券、資産運用、M&Aなどを得意とします。
信託銀行は不動産、相続、遺言、資産承継などに強みがあります。
そこでメガバンクは、銀行、証券、信託銀行をグループとして動かす体制を強化しています。
例えば企業オーナーから銀行が融資相談を受けたことをきっかけとして、証券会社が資本政策を提案し、信託銀行が相続や事業承継を支援するという流れです。
超富裕層の資産規模が大きくなるほど、こうした総合力が重要になります。
株を売らずに銀行から借りる超富裕層
興味深いのが、資産を大量に持っていても超富裕層が銀行からお金を借りることです。
例えば10億円の株式を持っている人が1億円の資金を必要としたとします。
普通に考えれば株式を1億円分売ればよいように思えます。
しかし株価が今後も上昇すると考えている場合、株を売りたくないことがあります。
そこで保有資産などを背景に銀行から資金を借ります。
資産を売却せずに必要な資金を確保するわけです。
銀行側から見ると、融資を入り口として顧客との関係を築き、その後、資産運用や相続、事業承継などへ取引を広げられる可能性があります。
このため超富裕層は、預金だけではなく融資需要も生み出す重要な顧客になります。
銀行の収益構造はどう変わるのか
日本の銀行の伝統的なビジネスモデルは非常にシンプルでした。
預金者から資金を集め、その資金を企業や個人へ貸し出します。
預金金利と貸出金利の差である利ざやが銀行の重要な収益源でした。
しかし超富裕層ビジネスでは収益構造が異なります。
資産運用、M&A、不動産、相続、事業承継などから手数料を得ます。
しかも一度顧客との関係を築けば、数十年間にわたって取引が続く可能性があります。
企業オーナー本人だけではありません。
配偶者や子ども、孫へ資産が承継されれば、金融機関との関係も次世代へ引き継げます。
そのため超富裕層ビジネスは、金融機関にとって長期的かつ安定的な収益源になり得ます。
海外ではウェルスマネジメントが巨大産業になっている
このビジネスモデルは日本より米欧で先行しています。
代表的なのが米国のモルガン・スタンレーです。
同社では営業収益の5割近くをウェルスマネジメント部門が稼ぐまでになっています。
顧客からの預かり資産も巨大です。
スイスのUBSなども世界各国の富裕層を対象として資産管理事業を展開しています。
つまり世界の大手金融機関では、企業への融資や投資銀行業務だけではなく、富裕層の資産を長期間管理すること自体が巨大な金融ビジネスになっています。
日本のメガバンクも、このモデルへ近づこうとしていると見ることができます。
なぜ今、日本で超富裕層が重要なのか
背景には日本社会の金融資産の変化があります。
株価や不動産価格の上昇によって資産を持つ人の資産額が大きく膨らんでいます。
一方で、資産をあまり持たない世帯は株高や不動産価格上昇の恩恵を受けにくくなります。
この結果、金融資産の格差が拡大します。
日銀の統計でも、10億円以上の大口定期預金残高が大きく増える一方、300万円未満の定期預金残高は減少しています。
メガバンクが超富裕層へ営業人員を大量投入するのは、金融機関がこの資産集中をビジネスチャンスとして捉えているからでもあります。
超富裕層争奪は資産格差の裏返しでもある
銀行にとって超富裕層ビジネスの拡大は合理的な戦略です。
しかし社会全体から見ると別の側面もあります。
金融資産を多く持つ人ほど株価上昇の恩恵を受けます。
資産が増えれば、より高度な金融サービスを利用できます。
金融機関から有利な融資を受けながら、保有資産を売らずに運用を続けることもできます。
その資産が次世代へ相続されれば、資産格差が世代を超えて引き継がれる可能性もあります。
メガバンクによる超富裕層争奪は、単なる銀行業界の営業競争ではありません。
日本社会で金融資産がどこに集中しているのかを映す現象でもあります。
結論
メガバンクが超富裕層向けビジネスを急速に拡大している背景には、日本で金融資産5億円以上を持つ世帯が増え、巨額の金融資産が少数の世帯へ集中していることがあります。
超富裕層、とりわけ企業オーナーとの取引では、預金や資産運用だけではなく、融資、M&A、資本政策、不動産、相続、事業承継まで幅広いサービスを提供できます。
そのため銀行、証券、信託銀行を一体化したウェルスマネジメントが重要になります。
これは銀行の稼ぎ方そのものを変える可能性があります。
これまでの銀行は、多くの人から預金を集め、それを企業や個人へ貸し出すことで成長してきました。
これからは一部の巨大資産家と長期的な関係を築き、その資産、企業、そして一族全体を支えることで収益を得るビジネスの比重が高まっていく可能性があります。
メガバンクによる超富裕層争奪は、銀行が預金と融資を中心とする産業から、資産管理を中心とする産業へ変わり始めていることを象徴する動きといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 メガ銀、「超富裕層」を争奪 三井住友は営業担当者2倍
日本経済新聞 2026年8月17日 朝刊 超富裕層 金融資産5億円以上の世帯