人材ポートフォリオとは何か 経営戦略に必要な人材の質と量を可視化する仕組み編

経営

企業が新しい経営戦略を掲げても、それを実行する人材がいなければ実現できません。

例えば、会社が今後五年間でデジタル事業や海外事業を大幅に拡大すると決めたとします。

そこで問題になるのが、

その事業を担える人材が現在何人いるのか

ということです。

必要な人材が不足しているのであれば、採用するのか、既存社員を育成するのか、配置を変更するのかを考えなければなりません。

ところが、自社にどのような人材がどれだけいるのかを正確に把握できていない企業もあります。

そこで重要になるのが、人材ポートフォリオという考え方です。

経営戦略を実現するために必要な人材を質と量の両面から整理し、現在の人材構成との差を明らかにする仕組みです。

人材ポートフォリオとは何か

ポートフォリオという言葉は、もともと金融の世界でよく使われます。

株式、債券、現金など、どのような資産をどの程度保有しているのかを示す資産構成です。

人材ポートフォリオも考え方は似ています。

企業が、

どのような人材を

どのくらい保有しているのか

を整理します。

例えば、

営業人材

研究開発人材

デジタル人材

海外事業人材

新規事業人材

管理職人材

高度専門人材

などに分類できます。

ただし、単純に人数を数えるだけではありません。

どのような能力や経験を持っているのかという質の情報も重要になります。

経営戦略から逆算する

人材ポートフォリオを考えるうえで重要なのは、現在いる社員を分類すること自体を目的にしないことです。

出発点になるのは経営戦略です。

例えば会社が、

国内中心の事業構造から海外事業中心へ転換する

という戦略を掲げたとします。

すると、

海外現地法人を経営できる人材

海外営業ができる人材

国際法務に詳しい人材

国際税務に詳しい人材

海外マーケティングができる人材

などが必要になります。

現在の人材構成だけを見て、

営業担当者が何人いる

経理担当者が何人いる

と数えるのではありません。

将来の経営戦略を実現するために、どのような人材が必要になるのかを先に考えることが重要です。

人材の量を見る

最も分かりやすいのが人数です。

例えば三年後にAI関連事業を拡大するため、

AI技術者百人

データ分析人材五十人

AI事業を統括できる管理職十人

が必要だとします。

現在、

AI技術者四十人

データ分析人材二十人

AI事業管理職三人

しかいなければ、不足人数が見えてきます。

この差をどう埋めるのかを考えます。

人数を可視化するだけでも、

経営戦略を掲げたものの、実行する人がいない

という事態を早い段階で発見できます。

人材の質を見る

人数だけでは十分ではありません。

同じ百人の営業担当者でも、持っている能力や経験は違います。

国内営業だけを経験した人。

海外営業を経験した人。

大企業向け営業が得意な人。

新規顧客開拓が得意な人。

デジタルサービスの営業経験がある人。

人数が足りていても、経営戦略に必要な能力を持つ人が不足していることがあります。

そのため人材ポートフォリオでは、

知識

技能

経験

資格

マネジメント能力

専門性

なども把握する必要があります。

重要なのは頭数ではなく、経営戦略を実行できる能力があるかどうかです。

現在と将来を比較する

人材ポートフォリオの核心は、

現在の人材構成

と、

将来必要になる人材構成

を比較することです。

例えば現在は、既存事業を運営する人材が全体の八割、新規事業人材が二割だとします。

しかし五年後の経営戦略では、既存事業六割、新規事業四割が必要になるかもしれません。

すると、人材構成を変える必要があります。

単純に新規採用だけで対応するとは限りません。

既存事業の社員を新規事業へ移すこともできます。

そのためには必要な能力を身につけてもらう必要があります。

人材ポートフォリオは、リスキリングや配置転換を考える基礎にもなるのです。

人材不足は人数だけでは分からない

企業が、

人手不足だ

と言う場合があります。

しかし、人材ポートフォリオの視点では、

何の人材が不足しているのか

を明確にする必要があります。

会社全体では社員が余っていても、特定の分野では不足していることがあります。

例えば、

従来型事業の人材は余っている

一方で、

AI人材は不足している

という状態です。

この場合、単純に採用人数を増やせばよいわけではありません。

既存社員のリスキリングや配置転換も選択肢になります。

人材不足を総人数だけで見るのではなく、人材の種類ごとに見ることが重要です。

採用にどう活用するのか

必要な人材と現在の人材との差が分かれば、採用計画も具体的になります。

例えば、

三年後までにデータ分析人材が三十人不足する

と分かったとします。

その三十人をすべて中途採用するのか。

新卒採用から育成するのか。

既存社員をリスキリングするのか。

外部の専門家を活用するのか。

さまざまな方法を比較できます。

採用ありきではなく、

不足する能力をどう確保するのか

という発想になります。

これによって採用、育成、配置を一体として考えられます。

育成にどう活用するのか

人材ポートフォリオは研修計画にも利用できます。

例えば将来、海外事業を担当できる管理職が二十人必要なのに、現在五人しかいないとします。

海外経営人材は、短期間の研修だけで育つとは限りません。

海外勤務。

海外企業との交渉。

外国人社員のマネジメント。

国際的なプロジェクト。

こうした経験が必要になるでしょう。

五年後に二十人必要なのであれば、今から候補者を選び、必要な経験を積ませる必要があります。

人材育成を、

今年どの研修を実施するか

という発想から、

将来の経営戦略に必要な人材をどうつくるか

という発想へ変えることができます。

配置にも活用できる

企業には優れた能力を持つ社員がいても、その能力が十分に使われていない場合があります。

例えば、過去にデータ分析を経験した社員が、現在はその能力をほとんど使わない部署にいるかもしれません。

海外勤務経験を持つ社員が、国内業務だけを担当していることもあります。

人材情報を可視化すれば、

この社員は新しい事業で活躍できるのではないか

という可能性が見えてきます。

外部から人を採用する前に、社内に必要な人材がいないか探すことができます。

これを社内人材市場と組み合わせれば、人材の流動性を高めることもできます。

社員のキャリアとの調整も必要になる

会社が、

この人にはこの仕事をしてもらいたい

と考えても、本人が希望するとは限りません。

人材ポートフォリオを会社側の都合だけで利用すると、

社員を将棋の駒のように配置する

という人事になりかねません。

そこでキャリア自律との組み合わせが重要になります。

会社が必要としている仕事を公開する。

社員が自分の能力や希望を示す。

双方が一致する仕事へ異動する。

こうした仕組みをつくれば、経営戦略と社員のキャリアを結びつけやすくなります。

人材データを集めるだけでは意味がない

人的資本経営への関心が高まり、社員のスキルや経験をデータベース化する企業も増えています。

しかし、データを集めること自体が目的になると注意が必要です。

例えば、

資格

研修受講歴

過去の所属部署

人事評価

などを大量に集めても、

それを何の経営判断に使うのか

が決まっていなければ活用できません。

人材ポートフォリオの目的は、人事データベースをつくることではありません。

経営戦略と現在の人材との間に、どのような差があるのかを把握することです。

生成AIによって必要な人材構成も変わる

生成AIの普及によって、人材ポートフォリオはさらに重要になります。

AIによって業務の一部が自動化されれば、必要な人数や能力が変わるからです。

例えば資料作成や情報整理に多くの人員を使っていた企業では、その業務に必要な人数が減る可能性があります。

一方で、

AIを業務へ導入する人材

AIの出力を検証する人材

AIを利用して新しい事業をつくる人材

などの需要は増えるかもしれません。

つまり、現在の人材構成をそのまま維持するのではなく、技術変化に合わせて組み替える必要があります。

人材ポートフォリオは一度つくれば終わりではない

経営戦略は変わります。

市場環境も変わります。

技術も変わります。

社員も成長したり退職したりします。

そのため、人材ポートフォリオも継続的に更新する必要があります。

三年前に必要だと考えていた人材が、現在も必要とは限りません。

反対に、当時は存在しなかった職務が重要になることもあります。

経営戦略を見直すたびに、

どのような人材が必要なのか

も見直す必要があります。

人材ポートフォリオは完成した名簿ではなく、経営戦略とともに変化するものなのです。

結論

人材ポートフォリオとは、企業が現在どのような人材をどれだけ持っているのかを把握し、将来の経営戦略に必要な人材との差を明らかにする仕組みです。

重要なのは人数だけではありません。

どのような知識、技能、経験、専門性を持つ人材がいるのかという質も見る必要があります。

そのうえで、

採用するのか

育成するのか

配置を変えるのか

外部人材を活用するのか

を判断します。

人材ポートフォリオは人事部門だけの管理資料ではありません。

どの経営戦略なら実行できるのかを判断する経営情報でもあります。

経営戦略を決めてから必要な人を探すだけではなく、現在いる人材や将来育てられる人材から経営戦略を考える。

人材が戦略に従うだけでなく、人材が次の戦略を可能にする。

その循環をつくるための基盤が、人材ポートフォリオなのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月14日朝刊 新しい企業戦略を考える(下) 人事の真の価値を問い直せ

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