日本の長期金利が上昇しています。
長く続いた超低金利の時代と比べれば、日本国債の利回りはかなり高くなりました。
金利が高くなれば、国債は投資対象として魅力的になるように思えます。
しかし海外の機関投資家は、単純に日本国債の表面上の金利だけを見て投資を判断しているわけではありません。
重要になるのが実質利回りです。
たとえ国債から3パーセントの利回りを得られても、その間に物価が3パーセント上昇すれば、お金の実質的な購買力はほとんど増えません。
反対に金利が2パーセントしかなくても、物価上昇率がほぼゼロなら実質的には比較的高い収益を得られます。
インフレのある経済では、名目金利だけでは債券の本当の収益力を判断できません。
日本がデフレからインフレの経済へ移行するほど、実質利回りという考え方が重要になります。
名目利回りとは何か
普段ニュースなどで報じられる国債金利は、基本的には名目金利です。
例えば10年国債の利回りが3パーセントであれば、投資家は一定の条件のもとで年率3パーセント程度の名目的な収益を期待できます。
この数字だけを見ると、ゼロ金利時代よりかなり魅力的に見えます。
しかし10年後の100万円が現在の100万円と同じ価値を持っているとは限りません。
物価が上昇すれば、お金の購買力は低下するからです。
現在100万円で買える商品が、将来120万円になっているかもしれません。
債券投資では受け取る金額だけではなく、そのお金でどれだけの商品やサービスを買えるのかを見る必要があります。
そこで重要になるのが実質利回りです。
実質利回りとは何か
実質利回りとは、名目上の利回りからインフレの影響を取り除いた利回りです。
簡単に考える場合には、
実質利回りは名目利回りからインフレ率を差し引いたもの
と考えることができます。
例えば国債の名目利回りが3パーセントで、インフレ率が2パーセントだったとします。
単純化すれば実質利回りは約1パーセントです。
一方、名目利回りが3パーセントでも、インフレ率が4パーセントなら実質利回りは約マイナス1パーセントになります。
名目上は資産が増えていても、実際に買える商品やサービスは減っている可能性があります。
インフレ時代の資産運用では、この違いが非常に重要です。
デフレ時代は低金利でも国債に魅力があった
日本で長期間にわたり国債金利が極めて低くても投資家が国債を保有してきた理由の一つは、物価がほとんど上昇しなかったことです。
例えば国債利回りが0.5パーセントでも、物価上昇率がゼロなら実質利回りは約0.5パーセントです。
さらに物価が下落するデフレであれば、現金や国債の実質的な購買力はむしろ高まります。
このためデフレ経済では、低金利の国債を持つことにも合理性がありました。
しかしインフレが定着すると状況が変わります。
名目金利が上昇しても、それ以上に物価が上昇すれば、国債の実質的な魅力は高まりません。
日本国債を評価する基準そのものが変わりつつあるわけです。
将来のインフレ率が重要になる
長期国債へ投資する場合、現在のインフレ率だけを見ることはできません。
例えば10年国債を購入する投資家にとって重要なのは、今月や今年の物価上昇率だけではなく、これから10年間の平均的なインフレ率です。
そこで市場では期待インフレ率が重要になります。
期待インフレ率とは、将来どの程度物価が上昇すると市場参加者が予想しているかを示す考え方です。
投資家が今後も2パーセント程度のインフレが続くと予想すれば、それを上回る名目利回りを国債に求めるようになります。
逆にインフレ率が将来低下すると予想すれば、現在の国債金利が魅力的に見える可能性があります。
債券市場は現在の物価ではなく、将来の物価を取引しているともいえます。
日本国債の金利が上がっても安心できない理由
日本国債の利回りが上昇すると、個人投資家から見ると投資しやすくなったように感じます。
しかし機関投資家は、その金利が十分高いのかをインフレ率との関係で判断します。
例えば長期金利が3パーセントになったとしても、市場が長期的なインフレ率を2パーセント程度と予想しているのであれば、実質的な利回りは単純計算で1パーセント程度です。
さらに将来インフレが3パーセント以上に加速すると考える投資家にとっては、3パーセントの国債利回りでも十分ではありません。
そのため国債金利が上昇している途中では、
もう十分高いから買う
という投資家と、
インフレを考えればまだ低い
という投資家の判断が分かれます。
現在の日本国債市場で海外投資家の見方が分かれる理由の一つです。
海外国債との比較が必要になる
世界の機関投資家は、日本国債だけを見て投資先を決めるわけではありません。
米国債、欧州国債、日本国債などを比較し、どこに資金を配分すれば最も効率的なのかを考えます。
その際、単純な名目金利だけでは比較できません。
例えば日本国債の利回りが3パーセント、海外国債の利回りが4パーセントだったとしても、それだけで海外国債が有利とは限りません。
それぞれの国のインフレ率が違うからです。
海外国債のインフレ率が3パーセントで、日本のインフレ率が1パーセントなら、実質利回りでは日本国債の方が高くなる可能性があります。
逆のケースもあります。
機関投資家は各国の名目金利と期待インフレ率を比較しながら資産配分を決めています。
海外投資家には為替という問題もある
海外投資家が日本国債を購入する場合には、もう一つ重要な要素があります。
為替です。
例えばドルを持つ米国の投資家が日本国債を購入する場合、まずドルを円に交換します。
そして将来国債を売却して円をドルへ戻します。
その間に円安が進めば、日本国債で利息を得ても為替差損が発生する可能性があります。
反対に円高になれば、為替差益を得られる可能性があります。
そのため海外投資家は、
国債利回り
インフレ率
為替変動
をまとめて考える必要があります。
日本国債の金利が上昇しても、さらに円安が進むと予想する投資家には魅力的ではない場合があります。
為替ヘッジをすれば問題はなくなるのか
為替変動を避けるために、海外投資家は為替ヘッジを利用することがあります。
為替ヘッジを行えば、将来円安になった場合の損失を抑えることができます。
しかしヘッジにはコストがかかります。
このコストは日本と海外の金利差などによって変化します。
したがって海外投資家が見るのは、単純な日本国債の利回りではありません。
為替ヘッジ後にどの程度の利回りを得られるのかが重要です。
状況によっては、表面上の金利が低い日本国債でも、為替ヘッジ後では魅力的な投資対象になることがあります。
反対に高い名目利回りがあっても、為替条件を考えると魅力が低下する場合もあります。
機関投資家が実質利回りを見る理由
年金基金や生命保険会社などの機関投資家にとって、実質利回りは特に重要です。
こうした投資家は数十年単位の長期間で資産を運用します。
年金基金の目的は、単に資産の数字を増やすことではありません。
将来の年金給付に必要な購買力を確保することです。
例えば20年間で資産が50パーセント増えても、その間に物価が60パーセント上昇すれば、実質的な資産価値は減っています。
長期投資家ほどインフレの影響を無視できません。
そのため名目利回りだけではなく、実質的にどれだけ購買力を増やせるのかが重要になります。
GPIFが国内債券を増やす場合にも重要になる
日本の年金積立金を運用するGPIFにとっても同じ問題があります。
仮に国内債券への投資比率を増やすとしても、日本国債の金利が上昇したという理由だけで判断することはできません。
将来のインフレ率を考えた実質的な収益力や、国内外の株式や債券との比較が必要になります。
年金資産は長期間にわたり国民の給付を支える資金です。
国内回帰という政策的な目的と、年金資産を効率的に運用するという目的は必ずしも一致するとは限りません。
日本国債が本当に魅力的な投資対象になったのかを判断するうえでも、実質利回りは重要な尺度になります。
金利上昇が国債の魅力を高める転換点もある
もちろん金利が上昇し続ければ、どこかで日本国債の実質利回りも魅力的になります。
例えばインフレ率が2パーセント程度で安定する一方、国債利回りがそれを大きく上回るようになれば、実質的にプラスの収益を確保しやすくなります。
すると銀行や生命保険会社、年金基金、海外投資家などが国債を買い始める可能性があります。
買い手が増えれば国債価格は安定し、金利上昇にも歯止めがかかります。
つまり長期金利は無限に上昇するわけではありません。
市場が十分な実質利回りを得られると判断する水準まで金利が上昇すると、国債需要が回復する可能性があります。
どの金利水準でその転換が起きるのかが、これからの日本国債市場の重要な焦点になります。
結論
実質利回りとは、国債などの名目上の利回りからインフレの影響を取り除いて考える利回りです。
日本がデフレだった時代には、国債金利が低くても物価がほとんど上昇しなかったため、国債には一定の実質的な魅力がありました。
しかしインフレが定着する経済では状況が変わります。
国債金利が上昇しても、それと同程度に物価が上昇すれば、実質利回りはそれほど高くありません。
さらに海外投資家は、日本国債と米国や欧州などの債券を比較し、インフレ率だけでなく為替変動や為替ヘッジ後の利回りまで考えて投資先を決めます。
そのため日本の長期金利が過去と比べて高くなったというだけでは、日本国債が世界の投資家にとって魅力的になったとは言い切れません。
重要なのは、金利が何パーセントかではなく、その金利からインフレを差し引いた後にどれだけの購買力を維持できるかです。
日本がデフレからインフレへ移行するのであれば、私たちの金利を見る尺度も変える必要があります。
これから日本国債を見る際には、名目金利だけではなく、期待インフレ率と実質利回りをセットで見ることが重要になります。
参考
日本経済新聞 2026年8月14日 朝刊 円・国債「なお下落余地」 海外大手運用3社に聞く
日本経済新聞 2026年8月14日 朝刊 世界景気後退時に買い 英フィデリティ・インターナショナル ポートフォリオ・マネージャー ジョージ・エフスタソポウロス氏