土地や建物の「時価」をめぐって納税者と税務当局の主張が大きく食い違った場合、最終的に何を基準として価格を判断するのでしょうか。
固定資産税評価額、相続税評価額、不動産会社の査定額など、不動産にはさまざまな価格があります。
しかし、税務争訟で財産そのものの客観的な経済価値が問題となる場合には、不動産鑑定士による鑑定評価が重要な意味を持つことがあります。
今回のシリーズの出発点となった公表裁決は、その典型例です。
国税徴収法39条の第二次納税義務について、請求人と原処分庁との土地の評価額には10倍以上もの開差がありました。
そこで国税不服審判所は、不動産鑑定士に土地の鑑定評価を依頼しました。
その結果、鑑定評価に不合理な点はないとして、鑑定評価額を贈与時における土地の時価と認定しています。
今回は、不動産鑑定評価の仕組みと税務争訟における役割を見ていきます。
不動産鑑定評価とは何か
不動産鑑定評価とは、不動産鑑定士が土地や建物などについて、その経済価値を判定し、価額として表示するものです。
不動産は、上場株式のように同じ商品が市場で大量に売買されているものではありません。
例えば同じ住宅地にある土地でも、
面積
形状
接道状況
駅からの距離
用途地域
建ぺい率
容積率
周辺環境
利用状況
などによって価値が異なります。
さらに、売買の当事者や時期によって取引価格が変わることもあります。
そこで、不動産の価格を専門的かつ客観的に判定する役割を担うのが不動産鑑定士です。
不動産会社の査定とは何が違うのか
土地を売却するとき、不動産会社に価格査定を依頼することがあります。
この査定も、不動産の価値を考えるうえで重要な資料です。
ただし、不動産会社による査定と不動産鑑定士による鑑定評価は同じものではありません。
不動産会社の査定は、一般的には、
「この程度の価格なら市場で売却できそうだ」
という売却活動のための参考価格として利用されます。
これに対して不動産鑑定評価では、不動産鑑定士が専門的な評価手法を適用し、価格形成要因などを分析して経済価値を判定します。
税務争訟や裁判などで客観的な時価そのものが問題となる場合には、この専門的な評価過程が重要になります。
鑑定評価では価格の根拠が重要になる
不動産鑑定評価では、単に、
「この土地は3000万円です」
と結論だけを示すわけではありません。
なぜ3000万円になるのかという評価過程が重要です。
例えば、
対象不動産はどのような土地なのか
周辺地域にはどのような特徴があるのか
どの取引事例を採用したのか
対象土地と取引事例にはどのような違いがあるのか
どの評価手法を採用したのか
各評価手法から得られた価格をどう調整したのか
といった分析を積み重ねて価格を求めます。
税務争訟では、この評価過程に合理性があるかどうかが重要になります。
鑑定評価書が存在するだけで、その金額が無条件に採用されるわけではありません。
取引事例比較法とは何か
不動産鑑定評価の代表的な手法の一つが取引事例比較法です。
簡単にいえば、実際に行われた類似不動産の売買取引を参考にして対象不動産の価格を求める方法です。
例えば対象となる土地の近くで、条件の似た土地が3000万円で売買されていたとします。
その取引は重要な参考になります。
しかし、対象土地と取引事例が完全に同じ条件であることはほとんどありません。
そこで、
取引時点
立地条件
道路条件
面積
土地の形状
利用状況
などの違いを比較し、必要な補正を行います。
実際の市場取引を基礎としているため、市場における不動産価値を把握するうえで重要な方法です。
取引事例なら何でも使えるわけではない
取引事例比較法では、どの取引事例を採用するかが非常に重要です。
例えば対象土地が農地なのに、近くにある住宅地の売買価格をそのまま比較することは適切ではない場合があります。
また、通常の市場取引ではなく、親族間売買など特殊な事情のある取引価格も、そのまま比較材料として適切とは限りません。
したがって、
対象不動産と類似しているか
取引事情は正常か
取引時点は近いか
地域的な比較が可能か
といった点を検討します。
どの事例を選び、どのように補正したのかが鑑定評価の説得力を左右します。
収益還元法とは何か
二つ目の代表的な方法が収益還元法です。
収益還元法では、その不動産が将来生み出すと期待される収益を基礎として価格を求めます。
例えば賃貸マンションを考えてみましょう。
投資家が物件を購入するときには、
年間の家賃収入はいくらか
空室率はどの程度か
管理費はいくらか
修繕費はいくらか
固定資産税などはいくらか
将来どの程度の収益が期待できるか
といった点を考えます。
収益性が高い物件であれば、投資対象としての価値も高くなります。
このように不動産が生み出す収益から価値を求めるのが収益還元法です。
収益不動産では収益力が価格を左右する
同じ面積の土地や建物であっても、収益力によって価値が異なることがあります。
例えば同じ規模の賃貸ビルでも、
満室で高い賃料を確保しているビル
空室が多く賃料も低いビル
では、投資家から見た価値が違います。
そのため賃貸マンション、オフィスビル、商業施設などでは、収益還元法が重要になります。
一方、自宅として利用している住宅や収益を直接生まない土地などでは、収益還元法だけで評価することが適切とは限りません。
不動産の性質によって適切な評価方法が異なるわけです。
原価法とは何か
三つ目の代表的な方法が原価法です。
原価法では、対象となる不動産を現在もう一度取得または建築するとした場合に、どの程度の費用が必要なのかを考えます。
例えば建物であれば、
同じような建物を現在新築するといくらかかるのか
を求めます。
ただし、築20年の建物を新築価格のまま評価するわけにはいきません。
そこで、
経年による劣化
設備の陳腐化
機能的な問題
市場環境の変化
などによる価値の減少を考慮します。
こうして現在時点の価値を求めます。
建物や造成地などの評価で重要となる手法です。
三つの方法から一つだけを選ぶとは限らない
不動産鑑定評価では、
取引事例比較法
収益還元法
原価法
のどれか一つだけを機械的に使うとは限りません。
対象不動産の性質に応じて複数の方法を適用し、それぞれから求められた価格を比較検討することがあります。
例えば、
取引事例から求めた価格は3000万円
収益力から求めた価格は2800万円
原価から求めた価格は3200万円
となったとします。
そこで、対象不動産の性質や各評価手法の説得力などを検討しながら、最終的な鑑定評価額を決定します。
この過程を「試算価格の調整」と考えると分かりやすいでしょう。
税務上の評価額とは目的が違う
不動産鑑定評価と、財産評価基本通達による評価は目的が異なります。
相続税や贈与税では、大量の財産を公平かつ効率的に評価する必要があります。
そこで土地については路線価方式や倍率方式など、統一された評価方法が使われています。
これに対して不動産鑑定評価では、対象となる不動産そのものについて、個別的な価格形成要因を分析します。
したがって、
相続税評価額が3000万円
鑑定評価額が4000万円
ということは十分あり得ます。
どちらかが間違っているという意味ではありません。
評価目的と評価方法が異なるからです。
税務争訟では鑑定評価書の中身まで検討される
税務争訟で不動産鑑定評価書を提出すれば、必ずその価格が採用されるわけではありません。
例えば、
採用した取引事例は適切だったのか
比較対象との補正は合理的だったのか
対象不動産の法令上の制限を正しく反映しているのか
収益予測は現実的なのか
還元利回りは適切なのか
評価時点は正しいのか
などが問題になります。
納税者側と課税庁側がそれぞれ別の鑑定評価書を提出し、評価額が大きく異なることもあります。
その場合には、単に不動産鑑定士という資格者が作成したという事実ではなく、評価内容そのものの合理性が検討されます。
評価時点が極めて重要になる
不動産鑑定では、
「いつの時点の価格を求めるのか」
が非常に重要です。
不動産価格は時間とともに変化するからです。
例えば現在5000万円の土地でも、20年前には2000万円だった可能性があります。
逆に、現在は2000万円でも、バブル期には1億円だったということもあり得ます。
今回の公表裁決で必要だったのは、裁決時点の土地価格ではありません。
土地が贈与された平成14年当時の時価です。
そのため、20年以上前の市場状況などを踏まえて贈与時点にさかのぼった評価が必要になりました。
今回の裁決では審判所自身が鑑定を依頼した
今回の公表裁決で特に注目されるのが、国税不服審判所自身が不動産鑑定士へ鑑定評価を依頼したことです。
請求人は、固定資産税評価額から算出される実勢価格や、自ら依頼した不動産業者による査定額などを基礎として「受けた利益」を算定すべきだと主張しました。
一方、原処分庁は異なる金額を主張しました。
両者の評価額には10倍以上の開差がありました。
そこで審判所は、対象土地が農地であり、一般的な評価方法が確立している財産であることなどを踏まえ、不動産鑑定士に鑑定評価を依頼しました。
そして、その鑑定評価について不合理な点はないと判断しました。
鑑定評価額が時価として認定された
審判所は、不動産鑑定士による鑑定評価額を、贈与時における各土地の時価であると認定しました。
ここで重要なのは、審判所が、
固定資産税評価額
贈与税申告時の倍率方式による評価額
不動産会社の査定額
のいずれかを機械的に採用したわけではないことです。
国税徴収法39条の「受けた利益」を求めるという目的から、土地そのものの時価を検証しました。
そのための専門的な手段として不動産鑑定評価を利用したわけです。
鑑定評価額が出ても原処分が取り消されるとは限らない
今回の裁決にはもう一つ重要なポイントがあります。
審判所が独自の鑑定評価額を認定したからといって、原処分庁の処分が取り消されたわけではありません。
原処分庁が「受けた利益」の基礎として主張していた金額は、審判所が依頼した鑑定評価による金額の範囲内でした。
したがって、審判所は原処分について取り消すべき部分はないと判断しました。
つまり税務争訟では、
「原処分庁の評価方法に疑問がある」
というだけでは必ずしも処分取消しにつながりません。
最終的に処分の基礎となった金額が適正な時価の範囲を超えているのかどうかが重要になります。
専門家の評価は税務争訟で強力な証拠になり得る
不動産の時価を巡る争いでは、専門家による鑑定評価が重要な証拠となり得ます。
特に、
親族間の不動産売買
第二次納税義務
相続財産の評価
特殊な土地の評価
時価を巡る課税処分
などでは、評価額が税負担を大きく左右することがあります。
ただし重要なのは、「鑑定書を取れば勝てる」ということではありません。
評価時点、前提条件、採用した事例、評価方法などが合理的でなければ、その鑑定評価が採用されない可能性もあります。
専門家に依頼する場合にも、何のための時価を求めるのかを明確にする必要があります。
結論
不動産鑑定評価とは、不動産鑑定士が対象となる土地や建物について、その個別的な価格形成要因を分析し、専門的な評価手法によって経済価値を判定するものです。
代表的な評価手法には、実際の取引事例から価格を求める取引事例比較法、将来得られる収益から価格を求める収益還元法、再調達原価などから価格を求める原価法があります。
対象不動産の性質に応じて、これらの方法を適切に利用しながら最終的な鑑定評価額を求めます。
今回の公表裁決では、請求人と原処分庁との土地評価額に10倍以上もの開差があったため、国税不服審判所自身が不動産鑑定士へ鑑定評価を依頼しました。
そして、その鑑定評価に不合理な点はないとして、鑑定評価額を贈与時の時価と認定しています。
税務で財産評価を考える場合、路線価や固定資産税評価額など公的な評価額だけを見ればよいとは限りません。
何のために時価を求めているのかによって、必要となる評価方法は変わります。
次回は、相続税評価額と実際の市場価格との違いに焦点を当て、「相続税評価額と実勢価格はなぜ違うのか」として、税務評価をそのまま時価と考えてはいけない理由を詳しく見ていきます。
参考
税のしるべ 2026年8月3日 【公表裁決】原処分庁の主張額は審判所依頼の鑑定評価額の範囲内、処分は適法