相続税や贈与税を考えるとき、避けて通れないのが財産の「評価」です。現金であれば1000万円は1000万円ですから、評価について大きな問題は生じません。しかし、土地や建物、非上場株式、美術品などになると、「その財産はいくらなのか」を一つの数字で示すことは簡単ではありません。
特に非上場株式では、証券市場で日々売買される上場株式のような市場価格がありません。そのため、税務上どのように価値を測るのかという難しい問題が生じます。財産評価を理解する第一歩として重要なのが、そもそも「物の価値とは何か」を考えることです。
財産評価とは何か
相続税では、相続や遺贈などによって取得した財産について、原則として取得時の「時価」によって評価します。
ところが、時価とは必ずしも「誰が見ても明らかな一つの価格」という意味ではありません。
例えば、上場株式であれば証券市場で多数の売買が行われています。そのため、市場で形成された株価を確認できます。
一方、非上場株式には通常、そのような市場価格がありません。
土地についても、実際の売買価格のほか、公示価格、相続税路線価、固定資産税評価額など、目的によって異なる価格があります。
つまり、財産評価を理解するためには、評価方法を考える前に「価値とは何か」という根本的な問題までさかのぼる必要があります。
物の価値については、大きく客観的価値、主観的価値、使用価値という三つの考え方があります。
客観的価値とは何か
第一が客観的価値です。
税務において最も重要になる考え方で、「客観的交換価値」と呼ばれることもあります。
簡単にいえば、
「市場で普通に売買した場合、いくらになるのか」
という考え方です。
相続税法22条では、相続などによって取得した財産の価額について、原則として取得時の時価によることを定めています。
この時価については、一般に、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、つまり客観的交換価値を意味すると考えられています。
重要なのは、基本的には「誰が持っているのか」ではなく、「その財産が市場でどれほどの金銭的価値を持っているのか」に着目することです。
例えば、市場で1000万円程度で売買される財産であれば、原則として所有者が誰であっても1000万円程度の価値があると考えます。
税制では納税者間の公平性が重要です。そのため、できる限り客観的な基準によって財産を評価する必要があります。
なぜ非上場株式の評価は難しいのか
ところが、すべての財産について市場価格が存在するわけではありません。
その代表例が非上場株式です。
上場株式であれば証券取引所で多数の売買が行われ、市場価格が形成されています。
しかし、オーナー企業や中小企業の株式は、日常的に第三者間で売買されるものではありません。
そのため、
「この会社の株式一株はいくらなのか」
と尋ねても、市場価格をそのまま示すことができません。
そこで税務では、会社の利益、純資産、配当などの要素を使って株式価値を算定する必要があります。
財産評価基本通達における取引相場のない株式の評価が複雑になっている大きな理由もここにあります。
市場価格が存在しない財産について、できるだけ客観的交換価値に近い金額を制度として算定しなければならないからです。
主観的価値とは何か
第二が主観的価値です。
これは、その財産を所有している人にとって、どれほどの価値があるのかという考え方です。
例えば、親から受け継いだ古い時計を考えてみます。
中古市場では数千円程度の価値しかないかもしれません。
しかし、所有者にとっては、親が長年愛用していた形見として、お金では測れないほど大切なものかもしれません。
つまり、
「市場ではいくらなのか」
という価値と、
「自分にとってどれほど大切なのか」
という価値は一致しないことがあります。
もっとも、税金を個人の思い入れによって決めることはできません。そのため、税務では基本的に客観的価値が重視されます。
しかし、非上場株式の場合には、所有者の立場を完全に無視することも難しくなります。
同じ株式でも株主によって意味が違う
非上場株式の評価を考えるうえで重要なのが、同じ会社の株式でも、誰が所有しているのかによって経済的な意味が異なる場合があることです。
例えば、ある会社の株式を60パーセント所有する株主がいるとします。
その株主は会社経営に大きな影響力を持っています。
取締役の選任などを通じて、会社の意思決定にも強い影響を与えることができます。
一方、同じ会社の株式を1パーセントだけ所有する株主の場合はどうでしょうか。
通常、その株主だけで会社を支配することはできません。
その人にとって重要なのは、会社を支配する価値よりも、
「毎年どれくらい配当を受け取れるのか」
という経済的利益かもしれません。
つまり、同じ会社の一株でも、大株主が持つ一株と少数株主が持つ一株では、その株式を所有する経済的な意味が違う場合があります。
取引相場のない株式の税務評価において、株主の立場が重要になる背景には、この問題があります。
使用価値とは何か
第三が使用価値です。
これは特に企業会計を理解するときに重要な概念です。
ある資産について、
「市場で売却したらいくらになるのか」
だけではなく、
「その資産を事業で使い続けることで、将来どれほどのキャッシュフローを生み出すのか」
という観点から価値を考えます。
例えば、企業が所有している工場を考えてみます。
工場そのものを売却すれば1億円にしかならなくても、その工場を利用して商品を生産し続けることで、将来それ以上のキャッシュフローを生み出せるかもしれません。
この場合、企業にとって重要なのは単純な売却価格だけではありません。
固定資産の減損会計では、資産または資産グループの継続的使用と、その後の処分によって生じると見込まれる将来キャッシュフローの現在価値を「使用価値」として考えます。
つまり、
「売ったらいくらになるのか」
という価値と、
「使い続けたらどれほど稼げるのか」
という価値は異なる場合があります。
三つの価値はどう違うのか
ここまでの三つの価値を整理すると、違いが分かりやすくなります。
客観的価値は、
市場で売買したらいくらになるのか
という考え方です。
主観的価値は、
その所有者にとってどれほど価値があるのか
という考え方です。
使用価値は、
その資産を使い続けることで将来どれほどの経済的利益を生み出すのか
という考え方です。
税務では基本的に客観的価値が中心になります。
しかし、現実の財産には市場価格が存在しないものも数多くあります。
そのため、客観的価値をどのような方法で測定するのかという、もう一段階難しい問題が出てきます。
財産評価基本通達が必要になる理由
相続税法が「時価で評価する」と定めるだけですべて解決するのであれば、詳細な評価基準は必要ありません。
しかし現実には、土地、借地権、非上場株式、営業権、山林、農地など、単純な市場価格だけでは評価しにくい財産が数多く存在します。
相続が発生するたびに納税者と税務当局がゼロから時価を議論していたのでは、安定した税務行政は難しくなります。
そこで、多数の財産について統一的な評価方法を示す必要があります。
その実務上の基準として大きな役割を果たしているのが財産評価基本通達です。
ただし、ここには難しい問題があります。
評価方法を統一すれば公平性や予測可能性は高まります。
その一方で、画一的な計算方法によって算定した評価額が、現実の経済価値から離れてしまう可能性があります。
評価制度には、統一性と個別事情への対応という二つの要請があるのです。
評価を巡る問題の本質
財産評価の議論では、
「どの計算式を使うのか」
という技術的な問題に目が向きがちです。
しかし、その前に考えなければならない問題があります。
そもそも、その計算によって何の価値を測ろうとしているのかという問題です。
市場で売却できる価格を測るのか。
会社を支配できる価値を測るのか。
配当を受け取る権利としての価値を測るのか。
将来生み出す利益を測るのか。
何を価値と考えるかが変われば、適切な評価方法も変わります。
特に非上場株式では、この問題が重要です。
同じ会社の同じ種類の株式であっても、経営支配権を持つ大株主と少数株主とでは、株式を所有する経済的な意味が大きく異なるからです。
取引相場のない株式の評価制度を見直す場合にも、単に「計算方法をどう変更するか」だけではなく、「何を株式の価値として測定するのか」という根本的な議論が欠かせません。
結論
財産評価を理解するためには、最初に「価値とは何か」を考える必要があります。
物の価値には、客観的価値、主観的価値、使用価値という異なる考え方があります。
税法が基本としているのは、市場で通常成立すると考えられる客観的交換価値です。
しかし、すべての財産について市場価格が存在するわけではありません。
特に非上場株式では、市場価格が存在しないうえ、会社を支配する大株主と配当などを目的とする少数株主とでは、同じ株式でも経済的な意味が異なります。
だからこそ非上場株式の評価は難しいのです。
財産評価基本通達の見直しを考える際にも、評価方式や計算式だけを見るのでは十分ではありません。
「そもそも税法は何を価値として測ろうとしているのか」
この根本的な問いから考えることが、財産評価制度を理解する出発点になります。
参考
税のしるべ 2026年8月3日 連載「続・傍流の正論~税相を斬る」第101回「評価論①、物の価値」 弁護士・税理士 品川芳宣
相続税法第22条
企業会計審議会「固定資産の減損に係る会計基準」