企業は何のために存在するのでしょうか。
商品を売るためでしょうか。利益を上げるためでしょうか。それとも株主に利益を還元するためでしょうか。
もちろん、企業が存続するためには利益が必要です。しかし近年は、それだけでは十分ではないという考え方が広がっています。
そこで注目されているのが「パーパス」です。
パーパスとは、簡単にいえば「企業の存在意義」です。
自社が社会の中でどのような役割を果たし、誰にどのような価値を提供するのか。それを企業経営の中心に置く考え方が「パーパス経営」です。
ただし、立派な言葉を掲げればパーパス経営になるわけではありません。
むしろ難しいのは、社会への貢献と企業としての利益をどのように両立させるかです。
株主第一主義から企業の存在意義へ
企業経営では長い間、利益を上げ、株主に還元することが重要な目的と考えられてきました。
代表的なのが、経済学者ミルトン・フリードマンの考え方です。
フリードマンは1970年、企業経営者の重要な責任は、ルールの範囲内で企業の利益を増やすことにあるという考え方を示しました。
この考え方は、その後の株主重視経営に大きな影響を与えました。
ところが2000年代以降、企業を取り巻く環境が変わってきます。
気候変動、環境問題、人権問題、格差、少子高齢化など、企業活動と社会問題を切り離して考えることが難しくなったからです。
企業が利益を上げていても、その過程で環境や社会に大きな負担を与えていれば、本当に優れた企業といえるのかという問題が生じます。
こうした流れの中で、企業は株主だけでなく、従業員、顧客、取引先、地域社会など幅広い利害関係者に責任を負うという考え方が強くなりました。
2019年には米国の主要企業経営者で構成されるビジネス・ラウンドテーブルが、企業の目的について、株主だけではなく幅広い利害関係者を重視する考え方を打ち出しました。
パーパス経営は、こうした企業観の変化を象徴するものといえます。
パーパスとは企業が社会に存在する理由
パーパスを日本語にすると「目的」や「存在意義」となります。
企業経営では、
「私たちの会社は何のために社会に存在しているのか」
という問いへの答えと考えると分かりやすいでしょう。
例えばアウトドア用品メーカーのパタゴニアは、地球環境を守ることを企業活動の中心に据えてきました。
商品を販売して利益を上げるだけではありません。
事業活動そのものを通じて環境問題に取り組むことを企業の存在意義としているわけです。
ここが一般的な社会貢献活動との大きな違いです。
本業で利益を上げ、その一部を社会貢献に回すというだけではなく、
「社会課題の解決そのものを事業の中に組み込む」
という発想です。
CSRとパーパスは何が違うのか
パーパスと似た言葉としてCSRがあります。
CSRは企業の社会的責任です。
企業には法律を守るだけでなく、環境、人権、地域社会などに配慮して責任ある行動を取ることが求められます。
ただ、CSRは本業とは別の活動として位置づけられる場合があります。
例えば本業とは別に植林活動を行ったり、地域活動に寄付したりすることもCSRです。
これに対してパーパスでは、
「そもそも本業そのものが社会にどのような価値を生み出すのか」
を考えます。
社会貢献を事業の外側に置くのではなく、事業の中心に置こうとするところに特徴があります。
ミッションやビジョンとも少し違う
パーパスはミッションやビジョンとも混同されやすい言葉です。
ミッションは、
「私たちは何をする会社なのか」
という現在の役割を示すものと考えることができます。
一方、ビジョンは、
「将来どのような会社になりたいのか」
という将来像です。
これに対してパーパスは、
「なぜ私たちはこの事業を行うのか」
という、さらに根本的な問いに答えるものです。
整理すると、
パーパスはなぜ存在するのか
ミッションは何をするのか
ビジョンはどこを目指すのか
という関係になります。
厳密な定義は企業や研究者によって異なりますが、経営を考えるうえでは、このように整理すると理解しやすいでしょう。
パーパス経営には二つの目的がある
パーパス経営で特に重要なのが、社会的目的と経済的目的の両立です。
企業には社会に貢献する目的があります。
しかし同時に、利益を上げなければなりません。
どれほど社会的に素晴らしい事業でも、毎年赤字が続けば企業は存続できません。
反対に、高い利益を上げていても社会や環境に大きな負担を与えていれば、長期的に事業を続けることが難しくなる可能性があります。
つまり企業には、
社会にどのような価値を提供するか
そして、
事業としてどのように利益を確保するか
という二つの目的があります。
こうした異なる目的を同時に追求する組織は「二重目的組織」として研究されています。
パーパス経営の難しさは、まさにここにあります。
社会貢献と利益は必ずしも一致しない
社会的目的と経済的目的が常に一致するのであれば、パーパス経営はそれほど難しくありません。
現実には両者が対立することがあります。
例えば環境負荷を減らすために設備投資を増やせば、短期的には利益が減るかもしれません。
取引先の労働環境を改善するために調達先を変更すれば、仕入れ価格が上昇する可能性もあります。
従業員の働きやすさを高めるために人員を増やせば、人件費が増えます。
経営者は、
「社会のためになるから実施する」
だけでは判断できません。
同時に、
「どこまでなら企業として持続できるのか」
を考える必要があります。
パーパス経営は利益を否定する経営ではありません。
むしろ社会的価値を生み出しながら、継続的に利益を確保できる仕組みをつくる経営だと考えるべきでしょう。
ROICとの両立が重要になる
この点で興味深いのがオムロンの考え方です。
オムロンは社会的ニーズの創造を重視し、社会課題を発見し、技術によって解決することを経営の重要な考え方としています。
一方で、社会的価値だけを追求しているわけではありません。
ROICも重視しています。
ROICとは投下資本利益率です。
事業に投入した資本から、どれだけ効率的に利益を生み出したかを見る指標です。
つまり、
社会に役立っているか
だけではなく、
資本を有効に使って利益を生み出しているか
も同時に確認するわけです。
これはパーパス経営を考えるうえで非常に重要な視点です。
社会的価値と経済的価値のどちらか一方を選ぶのではなく、両方を成立させる事業をつくる必要があります。
最大の問題はパーパスが社員に届かないこと
パーパス経営では、もう一つ大きな問題があります。
経営者が立派なパーパスをつくっても、社員の行動が変わらないことです。
ホームページや統合報告書に美しい言葉を掲載するだけなら難しくありません。
問題は、
「その言葉が日々の仕事とどう関係するのか」
を社員が理解できるかどうかです。
例えば、
「持続可能な社会を実現する」
というパーパスを掲げても、営業担当者が目の前の売上目標しか評価されないのであれば、行動は変わりにくいでしょう。
現場では、
売上を優先するのか
顧客利益を優先するのか
環境負荷を減らすのか
短期利益を守るのか
といった具体的な判断が毎日のように発生します。
そこで初めてパーパスの本当の意味が問われます。
パーパスを自分ごとにできるか
パーパス経営では、社員が企業のパーパスを「自分ごと」として考えられることが重要です。
会社が決めた言葉を暗記することではありません。
自分の仕事が、
「会社の存在意義とどのようにつながっているのか」
を理解できる状態をつくる必要があります。
そのためには経営トップからの一方的な説明だけでは十分ではありません。
現場での対話が必要になります。
例えば、
「この仕事は社会にどのような価値を生み出しているのか」
「利益と社会的価値が衝突した場合にどう判断するのか」
「自分たちの部署ではパーパスをどう実現できるのか」
といった問題を社員同士で考えることが重要です。
パーパスは掲げるものではなく、日々の意思決定に使われて初めて意味を持つのではないでしょうか。
パーパスウォッシュにも注意が必要
パーパス経営が広がれば、当然ながら形式だけ取り入れる企業も出てきます。
社会貢献を掲げているものの、実際の事業活動や経営判断がまったく変わっていない状態です。
これは「パーパスウォッシュ」と呼ばれることがあります。
環境問題でいうグリーンウォッシュに近い問題です。
壮大なパーパスを掲げながら、評価制度は短期利益だけ。
社会との共生を掲げながら、取引先には過度なコスト削減を要求する。
従業員を大切にすると掲げながら、職場では人材を使い捨てる。
これではパーパスへの信頼は失われます。
むしろ掲げた理念と実態の差が大きいほど、社員や顧客から厳しく見られる可能性があります。
パーパスは経営判断の基準でなければならない
企業がパーパスをつくるとき、格好いい文章を考えることに意識が向きがちです。
しかし本当に重要なのは、その後です。
新規事業を始めるか。
事業から撤退するか。
どこに投資するか。
どの取引先と付き合うか。
社員をどのように評価するか。
顧客にどのような商品やサービスを提供するか。
こうした具体的な経営判断にパーパスが反映されているかが問われます。
言い換えれば、
「パーパスに反するから、利益が出てもやらない」
という判断ができるかどうかです。
そこまで踏み込んで初めて、パーパスは単なる企業理念ではなく経営の軸になります。
結論
パーパス経営とは、社会貢献を掲げる経営ではありません。
企業が、
「なぜ自分たちは社会に存在するのか」
を明確にし、その答えを実際の事業や経営判断につなげることです。
そのためには社会的価値だけではなく、経済的価値も必要です。
企業である以上、利益を上げなければ事業を続けることはできません。
したがってパーパス経営の本当の難しさは、
「社会のためか、利益のためか」
という二者択一ではなく、
「社会的価値を生み出しながら、どのように持続的な利益を生み出すのか」
を考えることにあります。
そして、その答えをつくるのは経営者だけではありません。
現場の社員一人ひとりが、自分の仕事と企業の存在意義との関係を考え、日々の判断に落とし込む必要があります。
パーパスは美しい言葉をつくった瞬間に完成するものではありません。
社員が迷ったときに判断基準となり、企業の投資や事業選択を実際に変える。
そこまで浸透して初めて、パーパスは企業の存在意義として機能するのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年8月10日朝刊
エコノミクス トレンド
企業のパーパスを再考する
若林直樹・京都大学教授