株式を売買すると聞くと、多くの人は東京証券取引所を思い浮かべるでしょう。しかし近年は、証券取引所以外でも株式を売買できる「PTS(私設取引システム)」の存在感が急速に高まっています。
ネット証券を利用する個人投資家を中心に利用が広がり、日本株市場全体に占める売買シェアは10%を超えるまで成長しました。こうした状況を受け、金融庁はPTS制度そのものの見直しを検討し始めています。
今回は、PTSの仕組みと制度改正が検討される背景について分かりやすく解説します。
PTSとは何か
PTSとは「Proprietary Trading System」の略で、日本語では「私設取引システム」と呼ばれます。
証券取引所ではなく、金融商品取引業者などが運営する電子取引市場であり、上場株式の売買を行うことができます。
現在、日本では主に次のようなPTSが運営されています。
・ジャパンネクスト証券(JNX)
・大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)
・ジャパン・オルタナティブ・マーケット(JAX)
利用者はネット証券を通じて通常の株式売買とほぼ同じ感覚で利用できます。
PTSが普及した理由
PTSが急速に利用を伸ばした背景には、投資家にとっての利便性があります。
代表的なメリットは次のとおりです。
夜間取引ができる
PTSでは東京証券取引所の取引時間外でも売買できる時間帯があります。
決算発表や海外市場の動きを見てすぐに売買できる点は、大きな魅力です。
細かな価格で注文できる
PTSでは株価の刻み幅(呼び値)が東証より細かいケースがあります。
そのため、より有利な価格で売買が成立する可能性があります。
売買コストを抑えられる場合がある
ネット証券各社はPTS利用時に手数料を優遇するケースがあります。
個人投資家にとって利用しやすい環境が整備されたことも、取引増加につながっています。
なぜ金融庁は制度見直しを検討しているのか
現在の制度では、PTSの市場シェアが一定水準を超えると、金融商品取引所への移行を求める仕組みになっています。
金融庁の監督指針では、売買代金ベースで過去6か月間の市場シェアが10%を超えるなど一定条件を満たす場合、取引所免許の取得を求める考え方が示されています。
ところが近年は個人投資家によるAI関連株や半導体株の売買が急増し、JNXの市場シェアは継続的に10%を超える状況となりました。
制度をそのまま適用すると、PTS側は取引制限によってシェアを抑えるか、取引所へ移行するかという難しい判断を迫られることになります。
取引所への移行は簡単ではない
PTSが証券取引所へ移行するには、高いハードルがあります。
取引所になると、現在の制度では東京証券取引所の上場銘柄をそのまま売買できなくなる可能性があります。
また、取引所には次のような重要な役割があります。
・上場企業の審査
・上場維持管理
・インサイダー取引監視
・相場操縦監視
・市場運営
これらを整備するには、多額のシステム投資や人的体制が必要となります。
そのため、単純にPTSを取引所へ移行させることは現実的ではないとの見方が強まっています。
米国市場との違い
米国では「UTP(Unlisted Trading Privileges)」という制度があります。
これは、一つの取引所に上場している株式を、他の取引所でも売買できる仕組みです。
さらに、市場全体で不正取引を監視する共通の監視体制も整備されています。
このような制度があるため、複数市場が競争しながらも市場全体としての透明性が維持されています。
日本でも同様の仕組みを参考に、市場競争と投資家保護を両立させる制度改革が議論される可能性があります。
今後の制度改正で考えられる論点
金融庁が設置する検討会では、次のようなテーマが議論されると考えられます。
・市場シェア10%ルールの見直し
・PTSから取引所への移行条件
・市場監視体制の強化
・東証との競争促進
・システム整備費用の負担
・投資家保護とのバランス
制度設計次第では、日本の株式市場全体の競争環境が大きく変わる可能性があります。
投資家への影響
今回の制度見直しは、個人投資家にも無関係ではありません。
PTSが成長すれば、夜間取引や価格競争など投資家の利便性はさらに向上する可能性があります。
一方で、市場が複数に分散すると価格形成や流動性、不公正取引への監視体制をどのように維持するかが重要になります。
今後は、東証一極集中を緩和しながら、安全性と競争を両立できる制度設計が求められるでしょう。
結論
PTSは、証券取引所を補完する新たな株式売買インフラとして急速に存在感を高めています。夜間取引や細かな価格設定など投資家の利便性を向上させる一方、市場シェアの拡大によって現行制度との整合性が課題となっています。
金融庁が検討を始める制度見直しは、単なるルール変更ではなく、日本の株式市場の競争力や災害・システム障害時の市場の強靱性にも関わる重要なテーマです。今後の議論では、投資家保護と市場競争をいかに両立させるかが最大の焦点になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
私設取引「PTS」、制度見直し検討 金融庁 シェア10%上限引き上げ議論 売買活況で対応急ぐ