企業の不祥事が起きるたびに、「なぜ誰も止められなかったのか」という疑問が投げかけられます。制度やルールが整備されていても、不正が発生する企業は少なくありません。
その背景として近年、企業統治や内部統制の分野で重視されている考え方が「トーン・アット・ザ・トップ(Tone at the Top)」です。
これは、経営者自身の価値観や行動が、組織全体の倫理観やコンプライアンス意識を決定づけるという考え方です。企業文化は規程だけではなく、経営トップの日々の言動によって形づくられるとされています。
トーン・アット・ザ・トップとは
トーン・アット・ザ・トップとは、経営トップが示す姿勢や価値観、行動指針を意味します。
例えば、
・法令を守る姿勢
・誠実な情報開示
・倫理を重視する意思決定
・不正を決して容認しない態度
これらを経営者が自ら実践することで、社員にも同じ価値観が浸透していきます。
反対に、経営者が数字だけを重視したり、ルール違反を黙認したりすれば、その姿勢は組織全体へ広がってしまいます。
経営者の言動は組織文化をつくる
企業文化は、一朝一夕にできるものではありません。
経営者が日常的に発する言葉や判断が積み重なり、社員は「この会社では何が評価されるのか」を学びます。
例えば、
「売上よりも信頼を優先する」
「ルール違反があれば役員でも処分する」
「問題があれば早く報告してほしい」
こうした姿勢を継続して示すことで、社員も安心して正しい行動を選択できるようになります。
逆に、「結果さえ出せばよい」というメッセージが伝われば、不正を正当化する土壌が生まれかねません。
コンプライアンス文化との関係
コンプライアンスは、単に法令を守ることだけではありません。
社会的な責任や企業倫理を重視し、自ら正しい行動を選択する企業文化を育てることも含まれます。
その中心となるのがトーン・アット・ザ・トップです。
経営者がコンプライアンスを経営課題として位置付け、率先して行動することで、社員もコンプライアンスを「守るべきルール」ではなく、「会社の価値観」として受け止めるようになります。
心理的安全性が不正を防ぐ
不正を防ぐ組織には共通点があります。
それは、社員が安心して意見を言える環境があることです。
上司や経営者に対して、
「この処理はおかしいのではありませんか」
「この取引にはリスクがあります」
と率直に発言できる職場では、小さな問題の段階で修正することができます。
一方で、発言すると評価が下がる、あるいは人事上の不利益を受けると感じる職場では、問題が見過ごされ、不正が深刻化しやすくなります。
経営者は、心理的安全性を高めることも重要な役割の一つです。
行動で示すことが最も重要
トーン・アット・ザ・トップは、理念やスローガンだけでは実現しません。
重要なのは、経営者自身が行動で示すことです。
例えば、
・自ら社内ルールを守る
・利益よりも法令遵守を優先する
・内部通報を真摯に受け止める
・不祥事が起きた際には迅速に説明責任を果たす
こうした姿勢は社員に強い影響を与えます。
「経営者が守っていないルールを社員だけが守る」という組織は長続きしません。
企業価値にも直結する
近年では、投資家も企業文化を重要な評価対象としています。
ESG投資やコーポレートガバナンス改革が進む中で、コンプライアンスや企業倫理を軽視する企業は、市場から厳しい評価を受けるようになっています。
反対に、誠実な企業文化を築いている企業は、社員、取引先、投資家など多くのステークホルダーから信頼を得やすくなります。
トーン・アット・ザ・トップは、不正防止だけでなく、中長期的な企業価値の向上にもつながる重要な経営資源なのです。
結論
トーン・アット・ザ・トップとは、経営者の姿勢や行動が組織全体の価値観や企業文化を形成するという考え方です。
どれほど優れた内部統制やコンプライアンス制度を整備しても、経営トップが率先して実践しなければ、その仕組みは十分に機能しません。
社員が安心して意見を述べられる環境を整え、法令遵守と倫理を重視する姿勢を経営者自身が行動で示すことが、不正のない健全な組織づくりと企業価値の向上につながるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年8月3日 朝刊「現場をむしばむ会計不正 予防と見破りの方法は」
COSO「Internal Control – Integrated Framework」
経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」
東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」
一般社団法人日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN) 不正防止・企業倫理関連資料