かつて多重債務といえば、消費者金融やクレジットカードによる借金が社会問題でした。
テレビCMでは借金問題の相談窓口が盛んに紹介され、多重債務者という言葉も広く知られていました。
ところが最近は、多重債務という言葉を耳にする機会が減っています。
だからといって問題が解決したわけではありません。
むしろ現代の多重債務は、以前より見えにくい形で広がっている可能性があります。
その背景には、金融サービスの進化とキャッシュレス社会の到来があります。
今回は、若者の多重債務がなぜ見えにくくなったのかについて考えてみます。
借金の形が変わった
かつて借金は分かりやすいものでした。
消費者金融でお金を借りる。
クレジットカードでキャッシングする。
ローン契約を結ぶ。
いずれも利用者には「借金をしている」という意識がありました。
しかし現在は状況が異なります。
後払い決済、スマホ決済、サブスクリプションサービスなどが普及し、「借金をしている感覚」が薄くなっています。
利用者は商品やサービスを手に入れていますが、お金は後から支払います。
実質的には信用を利用しているにもかかわらず、借金という認識を持ちにくくなっているのです。
スマホが財布になった時代
現金中心の時代は、お金が減る感覚がありました。
財布から一万円札を出せば、その重みを実感できます。
しかしスマホ決済では画面をタップするだけです。
支出の痛みが小さくなります。
行動経済学ではこれを「支払いの痛みの減少」と呼びます。
支払う苦痛が小さくなるほど、人はお金を使いやすくなります。
若者にとってスマートフォンは生活の一部です。
その中に決済機能まで組み込まれた結果、お金を使う心理的ハードルが大きく下がっています。
複数サービス利用で全体像が見えない
現代の多重債務が見えにくい最大の理由はここにあります。
昔は借金先が限られていました。
しかし現在は、
・後払い決済A社
・後払い決済B社
・クレジットカード
・スマホキャリア決済
・サブスクリプション契約
など、多数のサービスが存在します。
利用者自身が総額を把握できなくなることがあります。
毎月の支払額は小さく見えても、合計すると大きな負担になっているケースは少なくありません。
借金が分散されているため、危険信号が見えにくくなっているのです。
SNSが消費を加速させる
金融環境の変化に加えて、SNSの影響も無視できません。
SNSでは常に最新のファッションやガジェット、旅行情報が流れてきます。
若者は友人やインフルエンサーの生活を日常的に目にしています。
すると、
「自分も欲しい」
「自分も体験したい」
という気持ちが生まれます。
その瞬間に後払い決済が利用できれば、購入への心理的障壁はさらに下がります。
消費を促す仕組みと信用供与の仕組みが同じスマホの中に存在しているのです。
法制度が追いついていない現実
金融サービスの進化は非常に速く進んでいます。
一方で法制度は慎重に作られるため、どうしても後追いになります。
後払い決済の中には割賦販売法の適用を受けないものもあります。
信用情報の共有や与信管理が十分ではないケースもあります。
その結果、利用者保護の仕組みが従来型のクレジットカードほど整備されていない場合があります。
見えない借金が増える一因になっています。
本当に必要なのは金融教育
この問題を法律だけで解決することは難しいでしょう。
最終的に重要なのは金融リテラシーです。
若者が理解すべきことは単純です。
「後で払う」は「今借りている」と同じだということです。
支払い時期が先になるだけで、支払義務は既に発生しています。
便利なサービスほど、その本質を理解する必要があります。
金融教育は投資や資産運用だけではありません。
借金や信用の仕組みを理解することも同じくらい重要なのです。
結論
若者の多重債務が見えにくくなったのは、借金が減ったからではありません。借金の形が変わったからです。
後払い決済やスマホ決済の普及によって、お金を借りている感覚が薄れ、複数サービスの利用によって全体像も見えにくくなりました。さらにSNSが消費を刺激し、キャッシュレス社会が支出の痛みを和らげています。
これからの時代は、借金をしないこと以上に、信用を使っていることを自覚する力が重要になります。金融サービスが便利になるほど、利用者側の金融リテラシーが求められる時代になっているのです。
参考
日本経済新聞 朝刊 2026年6月20日
<家計の法律クリニック>後払い決済、法規制なし
弁護士 志賀剛一氏