人生100年時代を迎え、日本人の平均寿命は大きく伸びました。しかし長生きが当たり前になる一方で、多くの人が直面するリスクがあります。それが認知症です。
かつて税理士の役割は、税務申告や節税対策が中心でした。しかし近年、相続相談の現場では「相続税」よりも前に「認知症になったらどうするか」という相談が増えています。
認知症になると相続対策どころか、自宅の売却や預金の引き出しさえ難しくなる場合があります。
人生100年時代において、税理士は相続税申告だけでなく認知症対策まで語る存在になるのでしょうか。
相続対策を無力化する認知症リスク
多くの人は相続対策というと節税を思い浮かべます。
生前贈与
遺言書
不動産活用
生命保険
こうした対策は確かに重要です。
しかし本人が認知症になってしまうと状況は一変します。
不動産を売却しようとしても契約能力が認められない場合があります。
預金の大口引き出しも制限されることがあります。
新たな相続対策も実行できません。
つまり認知症は、これまで準備してきた相続対策そのものを停止させる可能性があるのです。
相続税対策だけでは資産を守れない時代になっています。
高齢者の最大の資産は判断能力である
人生後半戦では、お金以上に重要な資産があります。
それが判断能力です。
資産が1億円あっても、自分で判断できなければ自由に活用することはできません。
反対に資産がそれほど多くなくても、判断能力が維持されていれば人生の選択肢は広がります。
認知症対策とは財産対策である以前に、人生の選択権を守る対策でもあります。
今回成立した成年後見制度改革も、その考え方を反映しています。
保護することだけでなく、本人の意思を尊重しながら支援する方向へ制度が変わり始めています。
税理士が認知症対策を語る理由
税理士は法律上、医師でも介護専門職でもありません。
それでも認知症対策を語る必要があります。
なぜなら財産の入口と出口を最も多く見ている専門家だからです。
相続税申告の現場では、
「もっと早く準備していれば」
という場面に何度も遭遇します。
認知症発症後に相談へ来られても、選択肢が大きく狭まっていることがあります。
税理士が関与することで、
財産の現状把握
相続人の確認
資産承継計画
納税資金対策
家族との情報共有
などを早期に進めることができます。
税理士は認知症そのものを治療することはできませんが、認知症による資産管理リスクを減らすことはできるのです。
これから重要になる家族信託と任意後見
認知症対策として注目されているのが家族信託です。
元気なうちに信頼できる家族へ財産管理権限を託しておく仕組みです。
認知症になった後も柔軟な資産管理が可能になります。
また任意後見制度もあります。
将来判断能力が低下した場合に備え、自分で後見人を選んで契約しておく制度です。
さらに遺言書や民事信託なども組み合わせることで、多様な備えが可能になります。
重要なのは制度の優劣ではありません。
本人や家族の状況に応じて最適な組み合わせを考えることです。
士業連携がますます重要になる
認知症対策は一人の専門家だけで完結できません。
税理士
司法書士
弁護士
行政書士
FP
介護専門職
医療機関
それぞれが異なる役割を担います。
税理士は税金だけを見るのではなく、全体像を把握するコーディネーター的役割が求められるようになります。
人生100年時代の相談者が求めているのは、制度の説明だけではありません。
「私は何を準備すればいいのか」
という答えです。
専門家同士の連携が大きな価値を生む時代になっています。
税理士は伴走者へ進化する
これからの税理士は申告書を作るだけの存在ではありません。
顧問先や相談者の人生後半戦に寄り添う伴走者になることが期待されています。
年金
退職金
相続
認知症対策
介護費用
資産承継
こうした課題はすべてつながっています。
税金だけを切り離して考えることはできません。
人生100年時代では、税理士自身も長期的な視点を持ち、相談者の人生設計全体を見渡す力が必要になるでしょう。
結論
人生100年時代において、相続税対策だけでは十分とは言えなくなりました。
認知症による判断能力の低下は、資産管理や相続対策そのものを困難にする可能性があります。
だからこそ税理士には、相続税申告だけでなく認知症対策や財産管理の視点も求められるようになります。
これからの税理士は「税金の専門家」から「人生後半戦の伴走者」へ進化していくのかもしれません。
その役割の広がりこそが、人生100年時代における税理士の新たな価値になるのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年6月18日朝刊
「成年後見、終了可能に 改正民法成立、行為限定も認める」