かつて大企業に勤めることの大きな魅力の一つが企業年金でした。公的年金に加えて企業独自の年金が支給されることで、老後の生活はより安定したものになると考えられていました。
しかし近年、多くの企業が確定給付企業年金(DB)の見直しを進めています。代わりに確定拠出年金(DC)を導入したり、両制度を組み合わせたりする企業が増えています。
果たして確定給付企業年金は将来消えてしまうのでしょうか。企業年金制度の変化から、日本の雇用や老後保障の未来を考えてみたいと思います。
確定給付企業年金とは何か
確定給付企業年金は、将来受け取る給付額があらかじめ決められている企業年金制度です。
例えば、
・勤続35年で年間120万円支給
・退職時の給与水準に応じて給付額を決定
・終身または一定期間支給
といった仕組みです。
従業員から見れば、将来受け取れる年金額が比較的予測しやすいという安心感があります。
一方で、年金資産の運用責任は企業側が負います。
運用がうまくいかなければ企業が追加で資金を拠出しなければならず、その負担は企業経営に直接影響します。
なぜ企業はDBを減らしたいのか
企業がDBを見直す最大の理由は負担の重さです。
低金利時代が長く続いた結果、年金資産の運用収益は低下しました。
その一方で、
・平均寿命の延伸
・受給期間の長期化
・人件費の上昇
などにより企業の負担は増加しています。
DBは将来の給付を約束する制度であるため、企業にとっては「見えない負債」を抱えることと同じです。
会計基準の国際化も影響しています。
企業年金の積立不足は財務諸表に反映されるため、企業価値や株主評価にも影響を与えるようになりました。
企業から見れば、できるだけ負担を予測可能な形に変えたいという動機が生まれます。
確定拠出年金への移行が進む理由
その受け皿となっているのが確定拠出年金(DC)です。
DCでは企業が掛金を拠出し、その後の運用は従業員自身が行います。
将来受け取る金額は運用成果によって変動します。
企業にとっては、
・将来負担が固定化される
・追加拠出リスクがない
・財務負担を把握しやすい
というメリットがあります。
従業員にとっても、
・転職時に持ち運べる
・運用次第で資産を増やせる
・税制優遇が大きい
という利点があります。
現在の企業年金改革の中心にあるのは、企業が負っていた運用リスクを個人へ移転する流れだといえます。
DBは本当に時代遅れなのか
しかし、DBにはDCにはない価値があります。
最大の特徴は老後資金の見通しが立てやすいことです。
DCでは運用結果によって将来の資産額が変わります。
株価が下落したタイミングで退職すれば、想定していた老後資金を確保できない可能性もあります。
一方、DBは企業が給付額を保証するため、従業員は市場変動リスクを直接負いません。
特に投資経験の少ない人や高齢層にとっては大きな安心材料となります。
そのため、単純にDBが古く、DCが新しいという話ではありません。
どちらにも長所と短所があります。
企業年金は二極化する可能性
今後の企業年金制度は二極化すると考えられます。
一つは大企業です。
人材確保や福利厚生の競争力維持のため、一定のDBを残す企業は今後も存在するでしょう。
もう一つは中小企業です。
負担の重いDBを維持することは難しく、DCや中小企業向け制度へ移行する流れが進む可能性があります。
また、DBとDCを組み合わせたハイブリッド型も増えると考えられます。
実際に現在でも多くの企業が、
・退職一時金
・DB
・DC
を組み合わせて運用しています。
完全なDB廃止よりも、リスク分散型の制度設計が主流になる可能性が高いでしょう。
企業年金から資産形成支援へ
企業の役割も変わりつつあります。
かつては、
「老後まで会社が面倒を見る」
という発想でした。
しかし現在は、
「資産形成の機会を提供する」
という考え方へ移行しています。
その象徴がDCや継続的な金融教育です。
企業は年金を約束するのではなく、
・投資教育
・ライフプラン支援
・資産形成情報の提供
を行う方向へ進んでいます。
老後保障の主体が企業から個人へ移り始めているともいえるでしょう。
老後資金は誰が準備する時代になるのか
企業年金改革の本質は制度変更ではありません。
それは老後資金を誰が準備するのかという社会全体の変化です。
高度経済成長期には、
会社が雇用を守り、
企業年金が老後を支え、
公的年金が不足分を補う、
という構造がありました。
しかし人口減少と高齢化が進む現在、その仕組みを維持することは容易ではありません。
今後は企業年金に加えて、
・iDeCo
・NISA
・個人年金保険
・継続就労
などを組み合わせながら、自ら老後資金を準備する時代になっていくと考えられます。
結論
確定給付企業年金がすぐに消えることはないでしょう。
しかし企業の負担増加や雇用環境の変化を考えると、制度の縮小や見直しは今後も続くと考えられます。
将来の企業年金は、DB中心からDCとの併用型へ、そして個人の資産形成を支援する仕組みへと変化していく可能性があります。
重要なのは、企業年金があるから安心と考えることではありません。企業年金、公的年金、iDeCo、NISAなどを総合的に活用しながら、自らの老後資金を設計する視点を持つことです。
企業年金の再編は、終身雇用時代から自己選択時代への移行を象徴する出来事なのかもしれません。
参考
厚生労働省「企業年金制度の概要」
企業年金連合会「企業年金に関する統計資料」
厚生労働省「就労条件総合調査」
日本経済新聞 2026年6月2日朝刊「伊藤忠系タキロン、退職一時金やめ給料上げ 労使交渉1年、揺らぐ終身雇用背景に」