税金の話をしていると、
「国税庁がルールを変えたらしい」
「国税庁が新しい課税を始めた」
という表現を耳にすることがあります。
最近では信託型ストックオプションの課税問題や暗号資産課税などを巡り、「国税庁が法律を変えたのではないか」という議論も見られました。
しかし、そもそも国税庁は法律を作る権限を持っているのでしょうか。
税理士として実務に携わっていると、この点が意外に誤解されていることに気付きます。
今回は税務行政の仕組みを整理しながら、国税庁の本当の役割について考えてみます。
税金は誰が決めるのか
結論から言えば、税金を決めるのは国税庁ではありません。
税金のルールは国会が制定する法律によって決まります。
所得税法
法人税法
消費税法
相続税法
などの税法はすべて国会で成立した法律です。
税率や課税対象、控除制度などの基本的なルールも法律で定められています。
日本国憲法第84条は、
「新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることを必要とする」
と定めています。
これを租税法律主義といいます。
つまり、税金は行政機関の判断ではなく、法律によって決めなければならないという原則です。
国税庁の役割とは何か
国税庁は税法を執行する行政機関です。
主な役割は、
・税務調査
・申告内容の確認
・税金の徴収
・納税相談
・通達の作成
などです。
法律を作るのではなく、法律を適用する立場にあります。
税務署や国税局も同じです。
税務職員は法律に基づいて課税処分を行います。
その意味では、国税庁は裁判官ではなく行政官です。
なぜ国税庁がルールを作っているように見えるのか
では、なぜ多くの人が「国税庁がルールを作っている」と感じるのでしょうか。
その理由の一つが通達です。
通達とは、国税庁が税務職員向けに示す業務上の指針です。
例えば、
「このような場合は必要経費として取り扱う」
「この取引は消費税の課税対象と考える」
といった運用基準が示されます。
全国の税務署が同じ基準で税務行政を行うために必要なものです。
しかし、通達は法律ではありません。
法律そのものを変更する効力はありません。
通達と法律の違い
ここが非常に重要なポイントです。
法律は国会が制定します。
通達は国税庁が作成します。
法律は国民を拘束します。
一方、通達は本来、税務職員を拘束する内部ルールです。
納税者は法律には従わなければなりませんが、通達そのものに従う義務はありません。
仮に通達が法律の趣旨を逸脱している場合には、裁判所がその通達を採用しないこともあります。
税務訴訟では、
「通達に従っていたか」
ではなく、
「法律に照らして正しいか」
が判断されるのです。
信託型ストックオプション問題が示したもの
近年話題となった信託型ストックオプション問題は、この論点を理解するうえで非常に興味深い事例です。
国税庁は2023年にQ&Aを公表し、権利行使時に給与所得課税が生じるとの見解を示しました。
これに対し、
「国税庁が新しい税金を作った」
という批判もありました。
しかし、国税庁の立場は、
「新しい税金を作ったのではなく、既存の所得税法を解釈した結果である」
というものです。
一方で企業側は、
「その解釈は法律の文言や従来の実務と整合しない」
と主張しています。
つまり争点は、法律を作ったかどうかではなく、法律をどう解釈するかという点にあります。
解釈はなぜ重要なのか
税法は膨大で複雑です。
しかも、すべての取引を法律に書き切ることは不可能です。
新しいビジネスモデルや金融商品が登場するたびに、
「この取引は法律上どう扱うのか」
という問題が生じます。
そのため、法律の解釈が重要になります。
国税庁は日々の税務行政の中で解釈を示しています。
しかし、その解釈が常に正しいとは限りません。
最終的な判断権限を持つのは裁判所です。
裁判所は何を判断するのか
税務訴訟では、裁判所が法律の解釈を判断します。
裁判所は国税庁の見解を参考にしますが、そのまま受け入れるわけではありません。
実際に過去には、
国税庁の解釈が否定された判決
通達の適用が認められなかった判決
課税処分が取り消された判決
も数多く存在します。
つまり、国税庁は税法を解釈する立場にはありますが、その解釈を最終的に確定する権限は持っていないのです。
税理士に求められる視点
税理士にとって重要なのは、
「通達に書いてあるから正しい」
と考えることではありません。
法律
政令
省令
通達
判例
裁決
これらを総合的に検討しなければなりません。
特に新しい取引やグレーゾーンの論点では、法律の趣旨や過去の判例まで確認する必要があります。
税理士の仕事は単なる計算業務ではなく、法律の解釈を支援する専門職でもあるのです。
結論
国税庁は法律を作る機関ではありません。
税法を執行し、解釈し、運用する行政機関です。
税金を決めるのは国会であり、その根拠となるのが租税法律主義です。
もっとも、税法の世界では解釈が大きな意味を持ちます。
そのため、国税庁の見解が実務に与える影響は非常に大きく、多くの人にとっては「ルールを作っている」ように見えることもあります。
しかし最終的に法律の意味を判断するのは裁判所です。
税務行政を理解するためには、法律を作る国会、法律を執行する国税庁、法律を解釈する裁判所という三者の役割を正しく理解することが大切なのではないでしょうか。
参考
・日本国憲法第84条
・国税庁「国税庁の概要」
・国税庁「税務運営方針」
・金子宏『租税法』(弘文堂)
・中里実ほか『租税法概説』(有斐閣)
・最高裁判所 税務訴訟関係判例集