企業を狙った詐欺は年々高度化し、経理部門だけで防ぐことは難しくなっています。実際に発生している事例の多くは、経理担当者のミスではなく、「社長の指示に従った結果」として起きています。
つまり、経理詐欺は現場の問題ではなく、経営の問題です。
では、経営者は何をすべきなのでしょうか。結論から言えば、対策は多くありません。むしろ、やるべきことは極めてシンプルです。
本稿では、実務の観点から、社長が取るべき“たった1つの対策”を明確にします。
なぜ経理では防げないのかという構造
経理部門には通常、厳格な承認フローが存在します。
- 作成者と承認者の分離
- ダブルチェック
- システム統制
しかし、詐欺はこの仕組みの外側で起こります。
典型的なのは、
- 社長を装った緊急指示
- 「今日中」「極秘」といった圧力
- 相談を禁じるメッセージ
といったケースです。
このとき、経理担当者の頭の中では「通常フロー」と「社長指示」が衝突します。
そして多くの場合、優先されるのは社長指示です。
つまり、どれだけ統制を整備しても、「社長の一言」で崩れる構造になっています。
社長自身が“最大のリスク要因”になる理由
経営者にとって耳の痛い話ですが、現実として最も悪用されやすい存在は社長です。
理由は明確です。
- 社長の指示は絶対視されやすい
- 緊急対応を正当化できる
- 例外処理の根拠になる
さらに、組織文化として
- 社長に確認しづらい
- 忙しそうで遠慮する
- 判断を仰ぐことをためらう
といった空気があると、リスクは一気に高まります。
詐欺グループはこの構造を熟知しています。
したがって、経理を守るためには、社長自身が「悪用される前提」で動く必要があります。
社長がやるべき“たった1つの対策”
結論はシンプルです。
「金銭に関する例外指示は、必ず直接確認を受ける」ことを自ら宣言することです。
これだけです。
具体的には次のように明確化します。
- メールやチャットだけで送金指示はしない
- 例外的な支払は必ず電話または対面で確認させる
- 昼夜問わず確認を受けることを許容する
- 確認がない支払は無効とする
重要なのは、「ルールを作ること」ではなく、「社長自身がそれを言い切ること」です。
この一言があるかどうかで、経理担当者の行動は大きく変わります。
なぜこの対策だけで防げるのか
詐欺の多くは「確認できない状況」を作ることで成立します。
- 今すぐ対応しないといけない
- 他人に相談できない
- 本人に確認できない
この3つが揃ったとき、判断ミスが起こります。
逆に言えば、
必ず本人確認をする
というルールが徹底されれば、詐欺は成立しません。
どれだけ巧妙なメールや音声であっても、最終的に本人確認が入る限り、そこで止まります。
ルールを機能させるための前提条件
ただし、この対策には前提があります。
それは「確認しやすい関係性」です。
- 社長に気軽に連絡できるか
- 夜間や休日でも遠慮せず確認できるか
- 確認することが評価されるか
この環境がなければ、ルールは形骸化します。
したがって、社長がやるべきことはもう一つあります。
「確認してくれてありがとう」と言うことです。
この一言が、組織の安全性を大きく高めます。
経営者が見落としがちな本質
多くの経営者は、
- システムを強化すればよい
- 経理に注意喚起すればよい
と考えがちです。
しかし、それだけでは不十分です。
なぜなら、詐欺は「仕組み」ではなく「人」を突破してくるからです。
そして、その突破口として最も使われるのが「社長の権威」です。
つまり、経営者が守るべきは資金ではなく、「自分の名前の使われ方」です。
結論
経理詐欺を防ぐために、社長がやるべきことは多くありません。
しかし、その1つは決定的に重要です。
例外的な金銭指示は、必ず直接確認させることを自ら宣言すること
このルールがあるだけで、詐欺の大半は防ぐことができます。
経理担当者に責任を求める前に、まず経営者自身が“突破されない仕組み”を作ることが必要です。
それが、結果として会社全体を守る最もシンプルで強力な対策になります。
参考
企業実務 2026年5月号
実際に起きた経理にまつわる詐欺被害と実務防衛策