企業価値を考える際、多くの人はまず財務諸表を見ます。
- 売上高
- 利益
- 純資産
- 現預金
- 自己資本比率
などです。
しかし近年、「会計には表れない企業価値」が急速に重要になっています。
例えば、
- 優秀な人材
- ブランド力
- 顧客コミュニティ
- 技術ノウハウ
- データ
- ソフトウェア
- サブスクリプション基盤
- AI活用能力
- SNS上の信頼
- 経営文化
などです。
実際、時価総額の高い企業ほど、財務諸表に載っていない価値の比率が大きいとも言われています。
今回の企業価値担保権制度も、「見えない資産」をどう評価するかが重要なテーマになっています。
今回は、会計に載らない企業価値とは何か、そして企業や金融機関はそれをどう測ろうとしているのかを整理します。
なぜ「見えない資産」が重要になったのか
かつての企業価値は比較的わかりやすいものでした。
- 工場
- 土地
- 設備
- 在庫
など、有形資産が中心だったからです。
つまり、
「モノを持っている会社が強い」
という時代でした。
しかし現在は違います。
例えばIT企業では、
- サーバー設備よりソフトウェア
- 工場よりエンジニア
- 不動産よりデータ
のほうが価値を持つ場合があります。
さらに、
- プラットフォーム
- サブスク契約
- 顧客ネットワーク
- AIモデル
- アルゴリズム
など、「物理的に存在しない価値」が企業価値を左右する時代になっています。
つまり企業価値の中心が、
「有形資産」から
「無形資産」
へ移っているのです。
会計はなぜ「見えない資産」を載せにくいのか
ここで問題になるのが会計制度です。
会計は本来、
- 客観性
- 検証可能性
- 保守性
を重視します。
つまり、
「本当に価値があるのか分からないもの」
は簡単には資産計上できません。
例えば、
- 社員の能力
- ブランド価値
- 顧客満足
- 経営理念
- 社内文化
などは重要でも、数値化が難しいのです。
そのため、多くの無形価値は会計上「見えない」状態になります。
最も重要なのに載らない「人材価値」
特に難しいのが人材です。
現在の企業価値のかなりの部分は、
- 優秀なエンジニア
- 営業ネットワーク
- 熟練技術者
- 経営チーム
などによって支えられています。
しかし会計上、人材は資産ではなく「費用」です。
例えば、
- 採用費
- 教育費
- 研修費
は基本的に期間費用として処理されます。
つまり企業が人材育成に成功しても、その価値は貸借対照表にはほとんど現れません。
これは現代経済と会計制度のズレの象徴とも言えます。
「のれん」は見えない資産を表しているのか
無形価値をめぐる代表的論点が「のれん」です。
M&Aで企業を買収する際、純資産を超えて支払った部分は「のれん」として計上されます。
つまり、
- ブランド
- 顧客基盤
- 技術力
- 将来収益力
などを含めた超過価値です。
しかし問題は、
「その価値は本当に存在するのか」
という点です。
日本基準ではのれんを定期償却します。
一方IFRSでは原則非償却で減損テストを行います。
これは、
- 見えない価値を慎重にみる日本
- 将来価値を重視する国際基準
という違いでもあります。
つまり、のれん問題は単なる会計技術論ではなく、
「企業価値をどう考えるか」
という思想の違いなのです。
AI時代は「データ」が資産になるのか
今後さらに重要になるのがデータ価値です。
例えば、
- 顧客行動データ
- 購買履歴
- 医療データ
- 物流データ
- AI学習データ
などは巨大な競争力になります。
しかし会計上は、その多くが十分に資産化されていません。
AI時代では、
「何を持っているか」
ではなく、
「どれだけ学習データを持っているか」
が競争優位になる可能性があります。
つまり企業価値の源泉がさらに無形化していくのです。
金融機関は何を見始めているのか
近年の銀行融資でも、変化が始まっています。
特に事業性融資では、
- 顧客継続率
- サブスク比率
- LTV
- 解約率
- 技術者定着率
- リピート率
などを重視する動きがあります。
これは、
「担保を見る融資」
から、
「事業モデルを見る融資」
への変化です。
今回の企業価値担保権制度も、その流れの一部です。
中小企業こそ「見えない資産」が重要になる
実は中小企業でも、見えない資産は極めて重要です。
例えば、
- 社長の信用
- 地域での評判
- 職人技術
- 長年の取引先
- 社員定着率
- 顧客紹介ネットワーク
などです。
地方企業では、
「決算書に表れない信用」
が経営を支えているケースも少なくありません。
しかし、こうした価値は後継者不在や人材流出で一気に失われることがあります。
つまり、
「見えない資産」
は強みである一方、非常に脆い資産でもあるのです。
企業は「見えない資産」を開示する時代へ
今後は企業側にも変化が求められます。
従来は、
- 売上
- 利益
- 資産額
を開示すれば一定の説明責任を果たせました。
しかし今後は、
- 人材戦略
- DX投資
- 顧客基盤
- 知財戦略
- データ活用
- サステナビリティ
- 組織文化
などの説明も重要になります。
実際、統合報告書では非財務情報の開示が増えています。
つまり企業価値の説明が、
「財務中心」
から、
「事業全体の説明」
へ変わり始めているのです。
会計は「未来価値」を測れるのか
ここで根本的な問題があります。
それは、
「会計は未来をどこまで表現できるのか」
という問題です。
会計は本来、過去取引を整理する仕組みです。
一方、企業価値は将来期待によって決まります。
つまり、
- 会計は過去中心
- 企業価値は未来中心
という構造的ズレがあります。
AI・無形資産・データ経済が進むほど、このズレはさらに大きくなる可能性があります。
「見えない資産」の時代に必要な視点
これからの時代は、
「貸借対照表に載っているもの」
だけでは企業を理解できなくなります。
むしろ重要なのは、
- 人材は育っているか
- 顧客は離れていないか
- データは蓄積されているか
- 技術優位性はあるか
- 組織文化は健全か
- AI活用は進んでいるか
といった部分です。
つまり、
「数字を見る力」
だけでなく、
「事業を見る力」
が重要になる時代です。
結論
現代企業の価値は、会計に載る有形資産だけでは測れなくなっています。
- 人材
- ブランド
- データ
- 顧客基盤
- 技術
- 組織文化
などの「見えない資産」が、企業競争力を左右する時代になっています。
一方で、会計制度は客観性や保守性を重視するため、こうした価値を十分に表現しきれていません。
企業価値担保権制度の開始は、
「何を企業価値とみなすのか」
という問いを、日本社会に改めて突きつけています。
今後は企業・金融機関・投資家のすべてに、
「財務諸表の外側を見る力」
が求められる時代になるのかもしれません。
参考
・日本経済新聞 2026年5月26日朝刊
「『企業価値担保権』制度始まる 対象や手法、手探りの銀行」
・金融庁
「事業性融資の推進等に関する資料」
・経済産業省
「伊藤レポート」
・国際会計基準審議会(IASB)
「のれん及び減損に関する資料」