退職金制度は会社が自由に廃止できるのか 社員に不利な制度変更が問題になる理由編

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退職金は、すべての会社に法律で導入が義務づけられている制度ではありません。

それなら会社は、

来年から退職金を廃止します

と自由に決められるのでしょうか。

問題はそれほど単純ではありません。

会社が退職金制度を設け、就業規則や退職金規程などによって支給条件を定めている場合、その内容は社員の労働条件として重要な意味を持ちます。

すでに働いている社員について退職金を減額したり廃止したりすれば、労働条件の不利益変更が問題になることがあります。

そのため企業が退職金制度を大きく変更するときには、既存社員と新入社員を分けたり、旧制度から新制度へ段階的に移行したりすることがあります。

退職金制度は、会社が一度作れば絶対に変えられない制度ではありません。

しかし会社が好きなように突然変更できるものでもないのです。

退職金制度そのものは法律上の義務ではない

まず重要なのは、会社には一般的に退職金制度そのものを設ける法律上の義務があるわけではないということです。

退職金制度がない会社もあります。

その会社が最初から、

退職金制度はありません

という労働条件で社員を採用すること自体が直ちに問題になるわけではありません。

毎月の給与を高くする会社もあります。

企業型確定拠出年金を充実させる会社もあります。

退職金を手厚くする会社もあります。

どのような報酬制度を採用するかは、企業の人材戦略によって異なります。

問題になるのは、すでに退職金制度を持つ会社が途中で制度を変更するときです。

就業規則との関係

常時10人以上の労働者を使用する会社は、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長へ届け出る必要があります。

退職に関する事項は就業規則の必要記載事項です。

また退職手当について定める場合には、適用される労働者の範囲、退職手当の決定や計算、支払いの方法、支払い時期などを就業規則に定める必要があります。

会社によっては就業規則本体とは別に、

退職金規程

を設けています。

たとえば、

誰が退職金の対象になるのか

勤続何年以上で支給するのか

退職金をどのように計算するのか

自己都合退職と会社都合退職で違いがあるのか

いつ支払うのか

といった内容を定めます。

社員はこうしたルールを前提として働くことになります。

退職金規程とは何か

退職金規程は、退職金の具体的な支給ルールを定めたものです。

たとえば、

基本給掛ける勤続年数に応じた支給率

という方法で退職金を計算する会社があるとします。

別の会社では、職務や等級などに応じて毎年ポイントを付与し、退職時の累積ポイントから退職金を計算することもあります。

社員から見ると、この規程によって、

今後この会社で働き続ければ、退職時にどの程度の退職金を受け取れるのか

を見込むことができます。

住宅購入や老後資金などの人生設計に退職金を組み込んでいる人もいます。

そのため制度変更によって将来の退職金が大幅に減ると、社員への影響は大きくなります。

不利益変更とは何か

会社が労働条件を社員に不利な方向へ変更することを、一般に労働条件の不利益変更と呼びます。

たとえば、

退職金2000万円を見込めた制度を1000万円程度に減らす

退職金制度そのものを廃止する

といった変更は、社員にとって重大な不利益となる可能性があります。

労働契約法では、会社と労働者が合意して労働契約の内容を変更することができます。

一方、会社が就業規則を変更することによって、一方的に労働者の不利益に労働条件を変更することには原則として制約があります。

ただし一定の場合には、変更後の就業規則を周知し、その変更が合理的であれば変更後の就業規則によることがあります。

つまり、

社員に不利だから絶対に変更できない

というわけでも、

就業規則を書き換えれば自由に変更できる

というわけでもありません。

何を基準に合理性を見るのか

就業規則による不利益変更が合理的かどうかを考える際には、さまざまな事情が考慮されます。

代表的なのが、

社員が受ける不利益の程度

変更する必要性

変更後の内容が相当かどうか

労働組合などとの交渉状況

といった事情です。

たとえば会社の経営状況に大きな問題がないにもかかわらず、

人件費を減らしたいから来月から退職金を半分にする

という変更と、

制度を持続可能にするため長期間かけて報酬体系全体を組み替える

という変更では事情が違います。

制度変更の理由や変更方法が重要になります。

退職金は社員の期待が大きい

退職金の変更が特に問題になりやすい理由の一つが、長期間にわたって積み上がる制度だからです。

たとえば58歳の社員がいたとします。

22歳から36年間勤務し、

60歳で2000万円程度の退職金を受け取る

ことを前提に老後設計をしていたとします。

会社から突然、

来年から制度を廃止します

と言われれば影響は非常に大きくなります。

若い社員なら新制度のもとで長期間資産形成する時間があります。

しかし退職直前の社員には時間がありません。

同じ制度変更でも、年齢や勤続年数によって社員が受ける影響が大きく違うのです。

退職金には後払い賃金という考え方もある

退職金については、長年の勤務に対する報償という性格だけでなく、賃金の後払いという性格が指摘されることがあります。

従来型の日本企業では、若い時期の賃金を比較的低く抑え、勤続年数が長くなるにつれて賃金や退職金を厚くする仕組みが広くみられました。

この考え方に立てば、退職金は単なる会社からのプレゼントではありません。

現役時代を含む長期間の賃金関係の一部と考えることができます。

そのため長年働いた後になって退職金を大幅に減らせば、

これまで積み上げてきたものを途中で変更された

という社員の不満が大きくなります。

退職金制度の変更が慎重に行われる理由です。

新入社員だけ新制度にする方法がある

そこで企業が採用する方法の一つが、

新入社員から新制度を適用する

という方法です。

たとえば2026年4月以降に入社する社員については従来型の退職一時金を設けず、

企業型DCへ拠出する

毎月の給与へ反映する

といった新しい報酬制度を適用します。

一方、それ以前に入社した社員については従来制度を維持したり、一定の経過措置を設けたりします。

これなら既存社員がそれまでの制度を前提として形成してきた期待への影響を抑えることができます。

同じ会社でも入社年度によって退職給付制度が違うことがあるのは、このためです。

経過措置を設ける方法もある

すべての既存社員を旧制度のままにするとは限りません。

途中から新制度へ移行する場合もあります。

そのときに重要になるのが経過措置です。

たとえば、

制度変更日までに積み上げた退職金相当額を保全する

今後の勤務分だけ新制度へ移す

一定年齢以上の社員は旧制度を継続する

数年間かけて段階的に制度を変更する

といった方法が考えられます。

つまり、

昨日までの制度を今日から全部なくす

のではなく、

過去に積み上げた部分と将来の部分を分ける

という考え方です。

社員への急激な影響を抑えることができます。

退職金を給与へ振り替えれば解決するとは限らない

会社が退職金を廃止する代わりに、

その分を毎月の給与へ上乗せします

と説明することがあります。

一見すると社員に不利益がないように思えます。

しかし単純には判断できません。

退職金と給与では税制が違うからです。

一定の退職一時金には退職所得控除などがあります。

一方、給与として受け取れば給与所得として課税され、社会保険料にも影響する場合があります。

したがって、

退職金1000万円をなくす代わりに、生涯で給与を1000万円増やす

としても、社員の税引き後の手取りが同じになるとは限りません。

制度変更の影響は額面だけでは判断できません。

企業にも制度を変更する理由がある

もちろん企業が退職金制度を見直すこと自体には合理的な理由がある場合があります。

人材市場が変化しているからです。

従来型の退職金制度は、

新卒で入社する

同じ会社に長期間勤務する

定年時に大きな退職金を受け取る

という働き方と相性がよい制度です。

しかし中途採用が増えると、長期勤続者ほど有利な退職金制度が採用競争で不利になることがあります。

40歳で転職してきた高度専門人材にとって、

勤続30年や40年で大きく増える退職金

は魅力が小さい場合があります。

それなら現在の給与を高くしたり、企業型DCへ毎年掛金を拠出したりする方が分かりやすくなります。

退職金制度は人材戦略でもある

退職金制度を、

老後のお金

だけで考えると企業の制度変更を理解しにくくなります。

企業にとって退職金は人材戦略の一部でもあります。

長く働いてほしい会社なら、勤続年数に応じて大きく増える退職金制度に意味があります。

外部から専門人材を積極的に採用したい会社なら、現在の給与を高くする方が有効かもしれません。

転職を前提とする人材を採用したい会社なら、持ち運びやすい企業型DCとの相性がよい場合があります。

つまり退職金制度の変更は、

人件費を減らすかどうか

だけの問題ではありません。

どのような人材を採用し、どのように働いてもらいたいのかという経営戦略と結びついています。

結論

退職金制度そのものは、すべての会社に法律で設置が義務づけられているわけではありません。

しかし会社が退職金制度を設け、就業規則や退職金規程などによって支給条件を定めている場合、その制度は社員の重要な労働条件になります。

そのため既存社員の退職金を大幅に減額したり、制度を廃止したりする場合には、労働条件の不利益変更が問題になることがあります。

会社が一方的に、

来月から退職金をなくします

と決めれば必ず有効になるわけではありません。

一方で、退職金制度は一度導入したら永久に変更できないものでもありません。

制度変更の必要性や社員が受ける不利益、変更内容の相当性、労使交渉の状況などを踏まえ、合理性が問われます。

そのため企業は、

新入社員から新制度にする

過去に積み上げた部分を保全する

一定年齢以上は旧制度を維持する

段階的に新制度へ移行する

といった経過措置を設けることがあります。

人材流動化が進めば、退職金制度を見直す企業は今後も出てくると考えられます。

そのとき社員にとって重要なのは、

退職金がなくなるのか

だけを見ることではありません。

給与はいくら増えるのか。

企業型DCなどへどれだけ拠出されるのか。

過去に積み上げた退職給付はどう扱われるのか。

税金や社会保険料を含めた生涯手取りはどう変わるのか。

こうした報酬全体を見る必要があります。

退職金制度の変更は、単なる福利厚生の見直しではなく、社員の長期的な労働条件そのものに関わる問題なのです。

参考

日本経済新聞 2026年8月31日夕刊 退職金、なくなるの? 人材流動化で見直しも

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