地方の健康問題を考えるとき、自動車との関係を避けて通ることはできません。
都市部では電車やバスを利用し、駅まで歩く生活が一般的です。一方、地方では買い物、通院、通勤など、生活のあらゆる場面で自動車が必要になります。
東京大学の研究グループによる調査では、1日の平均歩数が最も多かった東京都豊島区は7,750歩だったのに対し、最も少なかった宮崎県小林市は4,026歩でした。
その差は約3,700歩です。
地方の歩数を増やすために、自動車を使わないよう呼びかければよいのでしょうか。
現実はそれほど単純ではありません。
人口減少と高齢化が進む地方では、自動車を利用しながら、どう歩く機会を確保するかという発想が必要です。
地方では車が生活インフラになっている
地方では、自動車をぜいたく品として考えることはできません。
スーパーまで数キロある。
病院まで公共交通では行きにくい。
勤務先まで鉄道が通っていない。
バスは1日に数本しかない。
こうした地域では、自動車がなければ日常生活そのものが成り立たない場合があります。
そのため「健康のために車をやめて歩きましょう」という呼びかけには限界があります。
歩いて行ける距離に目的地がなければ、本人の健康意識だけでは解決できないからです。
車は便利だから歩かなくて済む
自動車の最大の利点は、目的地の近くまで直接移動できることです。
しかし健康という視点から見ると、この便利さには別の側面があります。
自宅の玄関から車まで歩く。
車で勤務先へ行く。
駐車場から職場まで歩く。
帰宅時も同じです。
移動距離が長くても、実際に歩く距離は極めて短くなることがあります。
都市部では駅までの徒歩や乗り換えが自然な身体活動になりますが、車中心の生活では、この身体活動が発生しにくくなります。
便利になるほど歩かなくても生活できるという逆説です。
高齢者にとって車を手放すことは簡単ではない
高齢社会では、さらに難しい問題が生じます。
年齢を重ねると、運転能力の低下を考えて免許返納を検討する人も増えます。
しかし、免許を返納した後の移動手段がなければ生活に大きな影響が出ます。
買い物へ行けない。
病院へ行きにくい。
友人に会えない。
地域活動に参加できない。
外出そのものが減ってしまう可能性があります。
運転をやめることで交通事故のリスクを下げる一方、外出機会まで減れば身体活動や社会参加が減少する可能性があります。
高齢者の移動問題は、交通安全だけではなく健康問題でもあるのです。
外出しなくなることにも注意が必要
歩数を増やすために車の利用を減らしても、その結果として外出自体が減ってしまえば意味がありません。
例えば車ならスーパーへ行けた人が、車を利用できなくなったことで宅配だけを利用するようになれば、買い物に伴っていた身体活動までなくなる可能性があります。
通院もオンライン化されれば便利になりますが、外出の機会は減ります。
デジタル化や宅配サービスは、高齢者の生活を支える重要な仕組みです。
一方で、便利なサービスが身体活動や人との交流を減らす側面にも目を向ける必要があります。
便利さと健康をどう両立させるかが課題になります。
車を使いながら歩けばよい
そこで必要なのが、自動車と歩行を対立させない考え方です。
車を利用しても構いません。
その前後で少し歩けばよいのです。
例えば大型商業施設へ車で出掛けた場合、歩くことが可能な人は少し離れた駐車場所を利用する方法があります。
買い物のついでに店内を歩くこともできます。
公園まで車で行き、そこから散歩する方法もあります。
車で移動したから運動にならないと考えるのではなく、車を歩くための移動手段として利用することもできます。
地方の生活実態に合った方法です。
買い物は重要な身体活動になる
日常生活の中で特に注目したいのが買い物です。
買い物では、駐車場から店舗まで歩きます。
店内を移動します。
商品を探します。
荷物を持ちます。
これらも身体活動です。
健康のためのウオーキングには参加しない人でも、生活のための買い物には出掛けます。
だからこそ、買い物という日常行動を健康づくりに生かす発想があります。
商業施設に歩きやすい動線や休憩場所を整備すれば、高齢者も外出しやすくなります。
健康政策と商業政策がつながる部分です。
公共交通は歩くためのインフラでもある
地方の公共交通を維持する意味も、健康という視点から考え直すことができます。
バスを利用する場合、自宅からバス停まで歩きます。
目的地の近くで降りた後も歩きます。
鉄道でも同じです。
自動車のように玄関から目的地まで直接移動できないため、公共交通の利用には自然に歩行が伴います。
公共交通は運転できない人の移動手段というだけではありません。
住民が外出し、歩き、人と接するための社会インフラでもあります。
利用者数や採算性だけでは測れない価値があります。
小さな拠点をどうつくるか
人口が減少する地方で、すべての住宅の近くにスーパーや病院を配置することはできません。
そこで重要になるのが、生活に必要な機能を一定の場所に集める考え方です。
スーパー。
診療所。
薬局。
行政窓口。
金融機関。
交流施設。
こうした機能がある程度まとまっていれば、そこまでは車や公共交通で移動し、その地域内では歩くという生活が可能になります。
長距離を徒歩だけで移動する必要はありません。
車やバスと徒歩を組み合わせればよいのです。
地方における歩ける街は、都市部と同じ形である必要はありません。
高齢者には休める場所も必要になる
高齢者が歩きやすい環境を考えるとき、距離だけを見るべきではありません。
途中で休めるかどうかも重要です。
1000メートルを一度に歩くのは難しくても、途中にベンチがあれば歩ける人もいます。
日陰がある。
トイレがある。
道路を安全に横断できる。
段差が少ない。
こうした環境が外出への心理的な負担を小さくします。
歩数を増やすためには、歩道をつくるだけでは不十分です。
歩き続けなくてもよい街をつくることも大切です。
移動そのものが介護予防になる
高齢者の移動には、目的地へ到着すること以外にも意味があります。
外出すれば身体を動かします。
人と会います。
会話をします。
季節の変化を感じます。
自分で買い物をします。
こうした行動は、自立した生活を続けるうえで重要です。
移動を単なる交通問題として考えると、できるだけ効率的に目的地へ運ぶことが中心になります。
しかし健康という視点を加えると、自分で移動する過程そのものにも価値があることが分かります。
高齢社会では、移動政策と介護予防を一緒に考える必要があります。
地方こそ分野を超えた連携が必要になる
地方の歩数不足を健康福祉部門だけで解決することは難しいでしょう。
交通政策が必要です。
都市計画が必要です。
商業政策も必要です。
企業の協力も必要です。
高齢者福祉とも関係します。
例えば自治体がウオーキングイベントを開催するだけではなく、公共交通を利用して商業施設へ行き、買い物をしながら歩く仕組みをつくることも考えられます。
健康のためだけに人を動かすのではなく、生活そのものを身体活動につなげる発想です。
車社会だからこそ工夫できる
地方の歩数が少ないという結果だけを見ると、自動車社会そのものが問題であるように感じるかもしれません。
しかし、車が必要な地域で車を否定しても問題は解決しません。
大切なのは現実の生活を出発点にすることです。
車で移動する。
その先で歩く。
公共交通も組み合わせる。
買い物を外出機会にする。
地域の中心部では徒歩で回れるようにする。
一つの交通手段だけで生活を完結させるのではなく、複数の移動方法を組み合わせることが重要になります。
結論
地方の健康づくりを考えるとき、自動車を悪者にするべきではありません。
人口密度が低く、公共交通が限られている地域では、車は生活を支える重要なインフラです。
一方で、車だけで移動が完結すれば、歩く機会が少なくなることも事実です。
だからこそ必要なのは、車を手放すことではなく、車社会の中に歩く機会を組み込むことです。
車で買い物へ行って歩く。
車で公園へ行って歩く。
公共交通を使って歩く。
生活拠点の中を歩く。
高齢者が途中で休みながら歩ける街をつくる。
高齢社会で目指すべきなのは、車か徒歩かを選ぶ社会ではありません。
必要なときには車を使い、歩けるところでは自然に歩く。
その両方を選択できる地域をつくることが、地方の移動と健康を両立させる現実的な方法なのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年10月6日朝刊 歩かぬ地方、都市との差1日30分 「スニーカービズ」通勤で歩数稼げ