企業活動では、取引先や外注先との間で多額の資金が動くことがあります。しかし、そのお金が何の対価として支払われたのかを説明できなければ、思わぬ税務リスクを招くことがあります。
2026年4月、東京地裁は、外注先から個人口座に振り込まれた約2億7000万円について、その受領者が主張する「業務委託報酬」ではなく、「贈与により取得した金員」と認定し、必要経費の計上も認めない判決を下しました。
この事案は、税務上の所得区分だけでなく、「必要経費とは何か」「証拠の重要性とは何か」を考える上で非常に示唆に富んでいます。
事件の概要
問題となったのは、データ分析事業を営む会社グループに所属していた役員兼従業員の男性です。
男性は取引先向け業務の中心的な立場にあり、複数の外注先とのやり取りにも関与していました。
平成28年から令和元年までの間、複数の外注先から男性個人名義の口座へ約2億7000万円が振り込まれていました。
形式上は男性名義の請求書も作成されており、請求額と振込額はほぼ一致していました。
しかし、その請求書には、
・具体的な作業内容
・作業時間
・単価
・成果物
などがほとんど記載されていませんでした。
税務当局は、この金員を雑所得として課税するとともに、必要経費は認められないとして更正処分を行いました。
納税者の主張
男性側は次のように主張しました。
外注先から再外注業務を受託しており、その報酬として金員を受け取った。
また、その業務を実施するために複数のメンバーへ報酬や労務費を支払っていたため、それらは必要経費に該当する。
つまり、
受け取ったお金=事業収入
支払ったお金=必要経費
という構図です。
もしこの主張が認められれば、課税対象となる所得は大きく減少することになります。
裁判所が重視したポイント
東京地裁は、納税者の主張を認めませんでした。
最大の理由は、
「再外注業務の存在を裏付ける客観的証拠が存在しない」
という点でした。
裁判所は、
・契約書が存在しない
・具体的な業務内容が不明
・成果物が確認できない
・作業記録がない
・請求書の記載が極めて抽象的
といった事情を総合的に考慮しています。
税務上は「実際に仕事をした」と口頭で説明するだけでは足りません。
誰が、いつ、どのような業務を行ったのかを客観的資料で証明する必要があります。
本件では、その証明ができなかったと判断されました。
贈与と認定された理由
裁判所はさらに踏み込み、
外注先が会社に対して行った水増し請求の差額が、納税者個人の口座へ流れていた可能性が高い
と認定しました。
その結果、
再外注報酬ではなく、外注先から納税者への利益供与
であると判断されたのです。
税法上、お金を受け取った理由が説明できなければ、税務当局はその実態に基づいて課税関係を判断します。
契約書の名称や請求書の形式だけでなく、実際の経済的実態が重視されるという典型例といえます。
なぜ必要経費は認められなかったのか
裁判所は、納税者が一部のメンバーに対して飲食費や報酬の上乗せを行っていた可能性自体は否定していません。
しかし、
・誰に
・いくら
・何の目的で
・どの業務に関連して
支払われたのかが明確ではありませんでした。
税務上の必要経費は、
「収入を得るために直接必要だった支出」
であることを納税者自身が立証しなければなりません。
領収書が存在するだけでは不十分です。
その支出と収入との関連性まで説明できなければ、必要経費として認められないことがあります。
本件では、その関連性の立証ができなかったため、必要経費の計上は否定されました。
中小企業経営者や個人事業主への教訓
この判決から学べることは非常に多いです。
第一に、契約書を作成することです。
口約束だけで業務を行う慣習は今も存在しますが、多額の資金が動く場合には極めて危険です。
第二に、業務記録を残すことです。
メール、チャット、成果物、議事録などは重要な証拠になります。
第三に、支出の根拠資料を保存することです。
領収書だけでなく、なぜその支出が必要だったのかを説明できる資料も保管しておくべきです。
第四に、個人口座と事業資金を混同しないことです。
特に法人関係者が個人口座で資金を受け取る行為は、税務上の疑念を招きやすくなります。
税理士に求められる役割
税理士は申告書を作成するだけではありません。
将来の税務調査を見据えて、
・契約書の整備
・証憑管理
・取引記録の保存
・資金管理体制の構築
を支援することも重要な役割です。
今回の事案は、「本当に仕事をしたかどうか」ではなく、「それを証明できるかどうか」が争点となりました。
税務の世界では、事実そのものだけでなく、その事実を裏付ける証拠が極めて重要なのです。
結論
今回の東京地裁判決は、税務上の所得認定や必要経費の判断において、実態と証拠がどれほど重要であるかを改めて示した事例です。
納税者は再外注業務の対価であると主張しましたが、その業務実態を示す客観的資料を提示できませんでした。その結果、多額の金員は贈与と認定され、必要経費も認められませんでした。
税務調査や裁判で問われるのは、「説明できること」ではなく、「証明できること」です。
契約書、請求書、業務記録、支出の根拠資料を日頃から整備しておくことが、最大の税務リスク対策になるといえるでしょう。
参考
税のしるべ 2026年5月25日
「外注先からの贈与と認定された金員を巡り地裁判決、再受注業務の証拠なく必要経費と認められず」
東京地方裁判所 令和6年(行ウ)第137号判決(2026年4月21日)