日本各地で長年親しまれてきた銭湯やスナック、伝統工芸などが、後継者不足によって存続の危機に直面しています。
一方で、こうした日本文化を若手起業家が引き継ぎ、新しい発想で再生する動きが広がっています。
注目すべきなのは、単に古い事業を引き継ぐのではなく、伝統的な価値を残しながら、若い世代の顧客を開拓している点です。
実際に、事業承継によって利用者数が2倍になった銭湯や、売上高が1.8倍になったスナックも登場しています。
今回は、若手起業家による日本文化の事業承継について、具体的な事例と経営戦略、資金調達、事業承継の課題を整理し、今後の可能性を考えます。
銭湯とスナックが急速に減少している
日本の伝統的な地域サービスは、長期的な減少傾向にあります。
スナックの店舗数は、2013年の約10万店から2025年には約4万5,000店に減少しました。
約12年間で半数以下になった計算です。
銭湯も同じ期間に約3,000施設から約1,500施設へと減少しています。
こうした減少の背景には、人口減少や経営者の高齢化、後継者不足があります。
特に問題なのは、一定の顧客が存在し、地域から必要とされている事業であっても、経営者の引退によって廃業せざるを得ないケースがあることです。
つまり、事業そのものに需要がなくなったわけではありません。
経営を引き継ぐ人材が不足していることが、事業存続の大きな障害になっているのです。
築76年の銭湯が若手起業家の手で再生
東京都台東区の浅草にある曙湯は、築76年の歴史を持つ銭湯です。
宮造りの建築や藤棚など、昔ながらの銭湯文化を象徴する特徴を備えています。
この銭湯を事業承継したのが、スタートアップ企業のyueです。
同社の大澤秀征社長は26歳です。
80歳を迎える従来のオーナーから承継の打診を受け、複数の候補者の中から将来構想が評価され、事業を引き継ぎました。
承継後は、歴史ある建物や銭湯の雰囲気を残しながら、営業時間や情報発信を見直しました。
具体的には、朝風呂営業を始めるとともに、SNSを活用した情報発信を強化しています。
その結果、1日当たりの来場者数は約150人から約300人へと倍増しました。
特に若い世代の利用者が増加しています。
この事例は、伝統的な事業であっても、顧客との接点を見直すことで成長できる可能性を示しています。
スナックも若い女性経営者が再生
東京都国立市のスナック水中も、若手起業家による事業承継の成功例です。
坂根千里代表は28歳です。
2022年、当時大学生だった坂根氏は、アルバイト先のスナックを70代の女性オーナーから引き継ぎました。
事業承継に際して、融資などによって400万円を調達しています。
従来のスナックは50代以上の男性客が中心でした。
そこで坂根氏は、20代から30代の若者や女性も利用しやすい店舗づくりを進めました。
外装をガラス張りにして店内の様子を見えやすくし、初めて訪れる人の心理的な抵抗を減らしました。
さらに、ノンアルコールや低アルコールの飲料を充実させ、飲酒を目的としない顧客にも利用しやすい環境を整えました。
その結果、売上高は承継前の1.8倍に増加しています。
2026年10月21日には2店舗目を開き、将来的には10店舗への拡大を目指しています。
従来のスナック文化を維持しながら、顧客層を広げた点が特徴です。
伝統工芸にも広がる若手による事業承継
若手起業家による事業承継は、伝統工芸の分野にも広がっています。
大阪府のUP ON THE BRIDGEは、2024年に岡山県の武久守商店から伝統工芸品である張り子の虎の製造販売事業を引き継ぎました。
従業員の多くは20代で、当初は張り子の虎を知らない社員もいたといいます。
それでも、従来の経営者から製法や絵付けの技術を学び、伝統的な製造方法を継承しています。
一方で、販売方法には新しい発想を取り入れています。
期間限定店舗や音楽イベントなどで商品を展示販売し、これまで伝統工芸品に接する機会が少なかった若い世代に訴求しています。
今後は3Dプリンター技術を活用した新製品開発も計画しています。
伝統技術と新しい技術を組み合わせることで、事業の可能性を広げようとしているのです。
事業承継の成功を左右するのは顧客の再発見
これらの事例に共通しているのは、既存事業の価値を否定していないことです。
銭湯では歴史ある建築や入浴文化を残しています。
スナックでは人と人が交流する場所としての機能を維持しています。
伝統工芸では従来の製法や技術を継承しています。
そのうえで、顧客層や販売方法を変えています。
重要なのは、事業が衰退している原因を正確に把握することです。
売上高が減少している場合でも、商品やサービスそのものの魅力が失われたとは限りません。
単に若い世代に知られていないだけかもしれません。
あるいは、店舗に入りにくい雰囲気や営業時間、決済方法などが新規顧客の障害になっている可能性もあります。
事業承継では、既存の価値を守ることと、経営方法を変えることを両立させる必要があります。
ベンチャーキャピタルも事業承継に注目
従来、ベンチャーキャピタルの投資対象は、IT企業や新しい技術を持つスタートアップが中心でした。
しかし、最近では伝統的な事業を引き継ぐ企業にも投資機会が生まれています。
銭湯事業を手掛けるyueには、ニッセイ・キャピタルが投資しています。
投資家が注目するのは、供給が減少している一方で、需要が残っている市場です。
銭湯やスナックが減少しても、それらを利用したい顧客が一定数存在するのであれば、経営改善によって収益を拡大できる可能性があります。
さらに、1店舗の成功モデルを他の地域に展開できれば、事業規模の拡大も期待できます。
yueは今後2年間で10施設から20施設の承継を目指しています。
ただし、伝統的な事業は店舗ごとに立地や建物、顧客構成が異なります。
ITサービスのように同じ仕組みを全国へ展開することが容易とは限りません。
投資家にとっては、収益性だけでなく、事業承継後の運営体制や成長の再現性を見極めることが重要になります。
事業承継には資金調達と経営管理が欠かせない
若手起業家が伝統的な事業を引き継ぐ場合、資金面の課題もあります。
事業承継では、事業の譲渡代金だけでなく、設備改修費や運転資金が必要になる場合があります。
特に銭湯は、ボイラーや配管などの設備更新に多額の資金が必要になることがあります。
建物が古い場合には、修繕費用や耐震性への対応も重要です。
また、スナックなどの飲食店では、店舗改装費や人件費、仕入れ資金などを確保しなければなりません。
承継前に売上高が安定していても、設備投資や借入金返済によって資金繰りが悪化する可能性があります。
そのため、事業承継では過去の売上高だけでなく、営業利益やキャッシュフロー、設備更新計画を確認することが必要です。
特に若手起業家の場合、金融機関からの借入れに加え、出資や補助金などを組み合わせた資金調達も検討対象になります。
ただし、補助金は採択や交付が保証されるものではありません。
補助金に依存しなくても事業を継続できる資金計画が基本となります。
事業承継では税務と法務の確認も重要
伝統的な事業を承継する場合、税務や法務の確認も欠かせません。
例えば、個人経営の銭湯やスナックを引き継ぐ場合には、事業譲渡という方法が考えられます。
この場合、建物や設備、棚卸資産、営業上の権利など、何を譲渡対象とするのかを明確にする必要があります。
資産の種類によって、消費税や所得税の取扱いも異なります。
また、法人が経営する事業を株式譲渡によって承継する場合には、会社の資産だけでなく、借入金や潜在的な債務も引き継ぐことになります。
そのため、財務内容や契約関係を事前に調査するデューデリジェンスが重要です。
さらに、銭湯や飲食店では、営業許可や施設基準、賃貸借契約などの確認も必要です。
事業譲渡による営業許可の承継については、制度上の手続きや適用条件を確認しなければなりません。
伝統文化を守るという理念だけでは、事業承継は成功しません。
税務、法務、財務、労務を含めた総合的な準備が求められます。
地域文化の承継は地方創生にもつながる
銭湯やスナック、伝統工芸は、単なる商業活動ではありません。
地域住民の交流や歴史、生活文化を支える役割も担っています。
例えば、銭湯は高齢者の交流の場であると同時に、若者や観光客にとっても地域文化を体験できる場所になります。
スナックも、世代や職業を超えて人々が交流する場所として、新たな価値を持つ可能性があります。
伝統工芸では、地域に蓄積された技術や製法を次世代に引き継ぐことができます。
こうした事業が廃業すると、店舗や設備だけでなく、長年培われた技術や地域の人間関係まで失われる可能性があります。
若手起業家による事業承継は、地域経済の活性化だけでなく、文化資産を守る役割も果たします。
人口減少が進む地方では、地域に残る事業の価値を再評価し、新たな担い手につなぐ仕組みづくりが重要になるでしょう。
結論
若手起業家による銭湯やスナック、伝統工芸の事業承継は、日本の中小企業経営に新しい可能性を示しています。
従来の事業承継は、親族内承継や従業員承継が中心でした。
しかし、後継者不足が深刻化するなかでは、事業に魅力を感じた外部の若手起業家が引き継ぐ方法も重要になります。
特に注目したいのは、伝統的な事業が必ずしも成長できないわけではないという点です。
銭湯では来場者数が2倍になり、スナックでは売上高が1.8倍になりました。
これらは、既存の価値を守りながら、顧客層や運営方法を見直すことで成長できる可能性を示しています。
一方で、事業承継には資金調達や設備投資、税務、法務、経営管理などの課題もあります。
今後は、若手起業家の発想力と、従来の経営者が持つ技術や経験を組み合わせることが重要になるでしょう。
日本には、まだ十分に活用されていない歴史的建築物や伝統技術、地域サービスが数多く存在しています。
これらを単に保存するのではなく、持続可能な事業として次世代につなぐことが求められます。
事業承継は、衰退する事業を救済するためだけの手段ではありません。
日本文化の価値を再発見し、新しい市場を生み出す成長戦略にもなり得るのです。
参考
日本経済新聞 2026年10月23日朝刊
サーチライト「銭湯やスナック、20代起業家が日本文化承継 若者目線で顧客2倍に」