在宅勤務について、
自宅の方が集中できる
通勤時間がなくなって効率がよい
オンラインでも仕事に支障はない
と感じる人は少なくありません。
実際、経験豊富な社員なら、オフィスへ行かなくても多くの仕事を進められるでしょう。
ところが同じ働き方を入社したばかりの若手社員に当てはめると、結果が違う可能性があります。
若手社員は、仕事そのものを覚えている途中だからです。
何から始めればよいのか。
どこまで自分で判断してよいのか。
いつ上司へ相談するのか。
どの程度の品質なら完成なのか。
経験豊富な社員にとって当たり前のことが、若手にはまだ分かりません。
そのため在宅勤務の効果を考えるときには、
全社員にとって出社と在宅のどちらがよいのか
ではなく、
その社員がどの成長段階にいるのか
という視点も必要になります。
経験年数によって仕事の見え方が違う
同じ仕事をしていても、経験豊富な社員と若手社員では見えているものが違います。
例えば顧客から一通のメールが届いたとします。
経験豊富な社員なら文章を読んだだけで、
これは急いで回答した方がよい
この部分は上司へ確認した方がよい
この表現は顧客が不満を持っている可能性がある
と判断できるかもしれません。
若手社員には普通の問い合わせに見える可能性があります。
違いは知識だけではありません。
過去に似た経験をしているかどうかです。
ベテラン社員の頭の中には、多くの過去事例が蓄積されています。
現在の出来事と過去の経験を結びつけながら判断できます。
若手には、その材料がまだ少ないのです。
若手は仕事の進め方そのものを学んでいる
新人研修で会社の商品や制度を学んでも、それだけで仕事ができるようになるわけではありません。
若手社員が学ばなければならないのは、
仕事の進め方
そのものです。
例えば上司から、
この件について調べておいてください
と言われたとします。
経験豊富な社員なら、
何のための調査なのか
いつまでに必要なのか
どの程度詳しく調べるのか
どの情報源を確認するのか
どのような形で報告するのか
をある程度推測できます。
若手は、
とにかく全部調べなければ
と考え、必要以上に時間をかけてしまうかもしれません。
仕事では、何をするかだけでなく、
どこまでやれば十分なのか
を判断する能力が重要です。
この感覚は経験を重ねながら身についていきます。
周囲の社員を見ることも仕事の勉強になる
オフィスで若手社員が学んでいるのは、自分に直接教えられたことだけではありません。
隣の席で先輩が電話しています。
上司が別の社員へ助言しています。
同僚が顧客への資料について相談しています。
会議の前に先輩同士が準備しています。
こうした様子を見ることで、
仕事はこのように進めるのか
と理解していきます。
例えば若手が先輩の電話を聞いて、
顧客から質問されても、その場ですべて答える必要はないのか
と気づくことがあります。
誰かが正式に教えたわけではありません。
周囲の仕事を見ることで自然に学んでいます。
経験が少ない時期ほど、こうした観察の価値は大きくなります。
ベテラン社員は頭の中に仕事の地図を持っている
経験豊富な社員が在宅勤務でも仕事を進めやすい理由の一つは、
仕事の地図
をすでに持っているからです。
問題が起きたら誰に相談すればよいのか。
この資料はどこにあるのか。
この案件では誰の承認が必要なのか。
顧客ごとに何を注意すればよいのか。
こうしたことを理解しています。
社内の人間関係もあります。
直接会わなくても、
この問題ならAさんに聞こう
と判断できます。
若手には、その地図がまだありません。
誰が何に詳しいのかさえ分からない場合があります。
オフィスで人と接しながら、
この問題はこの人に聞けばよい
という社内のネットワークを覚えていくことも重要な学習なのです。
若手は何を質問すればよいか分からない
リモートワークでも、チャットを使えば質問できます。
そのため、
分からなければ聞けばよい
と思うかもしれません。
しかし若手社員には、もう一つ難しい問題があります。
何を質問すればよいのか分からないことです。
経験豊富な社員なら、
この部分だけ分からない
と問題を切り分けられます。
若手は、
何となくうまくいかない
という状態になりやすいでしょう。
自分がどこで間違っているのか分からないため、質問そのものを作れません。
近くに先輩がいれば、仕事をしている様子を見て、
そこは先に確認した方がいいよ
と声をかけてもらえることがあります。
本人が質問する前に、周囲が問題へ気づけるのです。
小さな質問ほど対面では聞きやすい
仕事には、わざわざ会議を設定するほどではない小さな疑問が数多くあります。
このメールは今送って大丈夫ですか。
この資料は誰に確認してもらえばいいですか。
この数字はどこから取ればいいですか。
顧客には今日中に返事した方がいいですか。
オフィスなら、隣の先輩へ短時間で質問できます。
リモートワークでは、チャットで質問することになります。
もちろん技術的には簡単です。
しかし若手は、
こんな小さなことでメッセージを送っていいのだろうか
とためらうことがあります。
一つ一つは小さな違いでも、それが毎日積み重なると学習量に差が生まれる可能性があります。
出社には人間関係をつくる意味もある
若手社員は、仕事だけでなく社内の人間関係も一からつくらなければなりません。
同じ部署の先輩。
直属の上司。
他部署の社員。
将来相談できる人。
こうした関係は、仕事を進めるうえで重要な資産になります。
一度関係ができれば、その後はオンラインでも相談しやすくなります。
しかし最初からオンラインだけで関係を築くことは難しい場合があります。
オフィスで何度も顔を合わせる。
少し雑談する。
一緒に昼食を取る。
仕事を手伝ってもらう。
こうした小さな接触が積み重なることで、
この人なら質問しても大丈夫だ
という関係ができます。
若手にとって出社は、社内の人間関係をつくる機会でもあるのです。
経験豊富な社員ほど在宅勤務のメリットを生かしやすい
一方、経験豊富な社員には在宅勤務が大きなメリットになる場合があります。
仕事の進め方が分かっています。
必要な社内ネットワークも持っています。
一人で判断できる範囲も広くなっています。
そのため通勤時間をなくし、集中できる環境で仕事をすることで生産性を高められる可能性があります。
例えば一日かけて重要な報告書を書くなら、会話の多いオフィスより自宅の方が集中できる人もいるでしょう。
つまり、
在宅勤務は生産性が高い
出社は生産性が高い
と一律に決めることは難しいのです。
社員の経験や仕事の内容によって効果が違います。
若手だけを出社させても育成できない
若手社員には出社が重要なら、
若手だけ出社を増やせばよい
と思うかもしれません。
しかし、それでは十分ではありません。
若手が会社へ来ても、教えるベテラン社員が全員在宅勤務なら、周囲から学べないからです。
若手社員がオフィスにいます。
上司は自宅です。
先輩も自宅です。
質問はオンラインで行います。
これでは若手が会社へ来る意味が小さくなります。
若手育成を目的に出社を増やすなら、
若手を誰と一緒に働かせるのか
まで考える必要があります。
ベテラン社員には教えるための出社が求められる
ここで企業に難しい問題が生まれます。
経験豊富な社員ほど、自分自身の仕事だけを考えれば在宅勤務でも問題がないかもしれません。
しかし若手を育成するためには、オフィスへ来てもらう必要があります。
つまりベテラン社員の出社には、
自分の仕事をするため
だけではなく、
他人を育てるため
という役割が加わります。
個人の生産性だけを見れば、
今日は自宅で働いた方が効率がよい
という判断になるかもしれません。
組織全体で見れば、
今日は若手と一緒に働いた方が将来の生産性につながる
という判断になる場合があります。
短期的な個人効率と長期的な人材育成をどう両立させるかが重要です。
出社日数ではなく成長段階で考える
すべての若手社員に週5日の出社が必要とは限りません。
また、すべてのベテラン社員が自由に在宅勤務をすればよいわけでもありません。
重要なのは、
その社員が今どの段階にいるのか
です。
入社直後なら、周囲を見る時間を多くした方がよいかもしれません。
基本的な仕事を一人でできるようになれば、在宅勤務を増やせるかもしれません。
新しい職種へ異動した社員なら、年齢に関係なく再び対面で学ぶ機会が必要になる場合があります。
つまり経験年数だけでなく、
その仕事についてどの程度自立しているのか
を見る必要があります。
AIは若手の質問相手になる
AIの普及によって、若手社員の学び方も変わります。
これまでなら先輩に聞いていた基本的な質問をAIに聞けます。
専門用語を説明してもらう。
資料の構成を考えてもらう。
メールの文章を確認してもらう。
分からない制度について説明してもらう。
AIなら何度質問しても嫌な顔をしません。
そのため若手が一人で学べる範囲は大きく広がります。
これはリモートワークとの相性もよいでしょう。
しかしAIがいるから、若手が人間から学ぶ必要がなくなるわけではありません。
AIには職場の文脈まで分からないことがある
仕事では一般的な正解だけでは足りない場合があります。
この顧客にはどこまで説明するのか。
この問題はいつ上司へ報告するのか。
この会社ではどの程度の品質が求められるのか。
この数字が動いたとき、なぜベテラン社員は気にするのか。
こうした判断には、会社や顧客、過去の経験など具体的な文脈があります。
AIから一般的な知識を学び、人間から現場の判断を学ぶ。
これからの若手育成では、この組み合わせが重要になる可能性があります。
若手の出社は勤務ではなく投資でもある
若手社員の出社を考えるとき、
その日にどれだけ仕事を処理できたか
だけを見ると、本当の効果を見落とします。
先輩の商談を見た。
他部署の社員と知り合った。
上司へ小さな質問をした。
会議終了後に判断理由を教えてもらった。
こうしたことは、その日の成果として数字には表れにくいでしょう。
しかし数年後に本人が一人で判断できるようになるための土台になります。
若手がオフィスで学ぶ時間は、現在の仕事を処理する時間であると同時に、
将来の生産性を高めるための投資
でもあるのです。
結論
若手社員と経験豊富な社員では、在宅勤務や出社から得られる効果が同じとは限りません。
経験豊富な社員は、仕事の進め方を理解し、社内の人間関係も持っています。
そのため一人で仕事を進めやすく、在宅勤務のメリットを十分に生かせる場合があります。
一方、若手社員は仕事を覚えている途中です。
先輩の仕事を見る。
小さな疑問を質問する。
上司が判断する様子を見る。
社内で相談できる人を増やす。
こうした経験そのものが人材育成になります。
ただし若手だけを会社へ来させても意味はありません。
教える先輩や上司も同じ場所にいる必要があります。
AIが発達すれば、若手は基本的な知識を一人でも学びやすくなるでしょう。
それでも、現実の仕事で何を重視し、どのように判断するのかは、人間と一緒に働くことで身につく部分があります。
これから問われるのは、
全社員を何日出社させるか
という一律のルールだけではありません。
誰が、誰と、何を学ぶために出社するのかです。
若手の出社を単なる勤務場所の問題としてではなく、将来の人材を育てるための投資として考えることが重要になるのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月8日 朝刊 コンサル、若手に出社回帰促す AI普及、対人スキル重視