子どもが借金を抱えて返済できなくなったとき、親としては「自分の預貯金で何とかしてあげたい」と考えるかもしれません。
特に退職金を受け取った後でまとまった金融資産があると、数百万円程度なら払えると思ってしまうことがあります。
しかし、老後資金と現役時代のお金には大きな違いがあります。
現役時代であれば、失った資産をその後の給与から取り戻せる可能性があります。一方、退職後は収入が年金中心となり、取り崩した資産を再び蓄えることが難しくなります。
子どもの借金問題を解決した結果、親自身の老後生活が立ち行かなくなっては本末転倒です。
家族を支えることと、自分の老後資金を差し出すことは分けて考える必要があります。
退職金は余ったお金ではない
退職時に1000万円、2000万円というまとまった退職金を受け取ると、金融資産が一気に増えます。
そのため、
「500万円くらいなら子どものために使っても大丈夫だろう」
と考えることがあります。
しかし、退職金は臨時収入というより、その後の長い老後生活を支えるための重要な資産です。
60歳で退職したとしても、90歳まで生きれば30年間あります。
100歳までなら40年間です。
その間には日常生活費だけでなく、
住宅の修繕
家電の買い替え
医療費
介護費
配偶者の生活費
など、さまざまな支出が発生します。
退職時点では必要額を正確に予測できません。
だからこそ、まとまった退職金があるというだけで「使えるお金」と判断するのは危険です。
老後は失った資産を取り戻しにくい
現役時代と老後の最大の違いは、人的資本です。
40歳で500万円を失ったとしても、その後20年以上働き続けるのであれば、給与収入から再び貯蓄できる可能性があります。
ところが70歳で500万円を失った場合はどうでしょうか。
再び500万円を働いて貯めることは簡単ではありません。
年金生活では、
収入は大きく増えにくい
一方で、
資産は生活費によって徐々に減っていく
という状態になりやすくなります。
このため老後の500万円は、現役時代の500万円とは意味が違います。
単純な金額だけで判断してはいけません。
子どもの借金は一度で終わるとは限らない
さらに注意したいのが、借金の再発です。
たとえば子どもに300万円の借金があることが分かり、親が全額返済したとします。
これで借金問題が完全に解決するなら、まだ判断しやすいでしょう。
しかし実際には、
別のカードローンがあった
知人からも借りていた
税金を滞納していた
新たに借金をした
ということが起こる可能性があります。
特に借金を繰り返している場合は、借金そのものではなく、借金を生み出す原因を解決する必要があります。
肩代わりが問題を長期化させることもある
親による借金の肩代わりが、結果的に本人の問題を長期化させることもあります。
借金をする。
返済できなくなる。
親に相談する。
親が返済する。
しばらくすると再び借金をする。
この循環ができてしまうと、本人は借金による最終的な経済的負担を十分に経験しないまま問題を繰り返す可能性があります。
親としては子どもを救っているつもりでも、結果として、
「困ったら親が払ってくれる」
という状態をつくってしまうことがあります。
本人が自分の収入と支出を見直し、自分自身で問題に向き合うことが必要です。
親に法律上の返済義務があるとは限らない
成人した子どもが借金をしたからといって、親が当然に返済義務を負うわけではありません。
本人が契約した借金は、原則として本人の債務です。
親子であるという理由だけで、
「親なんだから払ってください」
という請求に応じなければならないわけではありません。
ただし、親自身が保証人や連帯保証人になっている場合は別です。
その場合には保証契約に基づいて親自身が支払い義務を負う可能性があります。
子どもの借金が発覚したときは、まず、
「自分は保証人になっているのか」
を確認することが重要です。
自宅を売ってまで返すべきなのか
借金額が大きくなると、
「自宅を売れば返せる」
という話になることがあります。
確かに自宅に十分な資産価値があれば、売却代金を返済に充てることはできます。
しかし、親が老後に住む自宅を失うことの影響は非常に大きなものです。
売却後は、
賃貸住宅へ移る
家賃を払い続ける
新しい住宅を購入する
子どもと同居する
など、別の住居を確保しなければなりません。
住宅を売って借金を返せば、それで問題が終わるわけではありません。
その後の住居費まで含めて考える必要があります。
持ち家には老後の生活基盤という役割がある
老後の持ち家には、単なる資産以上の意味があります。
住宅ローンを完済していれば、住居費を一定程度抑えることができます。
もちろん固定資産税や修繕費などは必要ですが、賃貸住宅のように毎月家賃を支払い続ける必要はありません。
その自宅を子どもの借金返済のために売却すると、老後の生活費構造そのものが変わる可能性があります。
数百万円の借金を返すために住宅を売却した結果、その後何十年間も家賃を支払うことになれば、本当に家計にとって有利だったのかを考えなければなりません。
まず親自身に必要な老後資金を確保する
子どもを援助する前に、親自身の生活に必要なお金を計算しておくことが重要です。
年金収入はいくらあるのか。
毎月の生活費はいくらか。
住宅費はいくらか。
住宅修繕費はいくら必要になりそうか。
医療や介護のためにどの程度の余裕資金を持っておくか。
配偶者が一人になった場合でも生活できるか。
こうしたことを確認します。
そのうえで初めて、
「子どもに援助できる余力はいくらあるのか」
を考えるべきです。
順番を逆にしてはいけません。
子どもの借金を返した後、残った資産で自分たちが生活できるかを考えるのではなく、自分たちの生活資金を確保した後で援助可能額を考えるのです。
援助額には上限を決める
家族への援助では、あらかじめ上限を決めておくことも重要です。
たとえば、
老後生活に必要な資産には手を付けない
援助は余裕資金の範囲内にする
追加の借金が発覚しても無制限に肩代わりしない
といったルールです。
家族の問題では、その場の感情によって判断しやすくなります。
一度100万円を援助すると、
「あと50万円だけ」
「これで最後だから」
と追加支援を求められることがあります。
その都度判断していると、最終的にいくら援助したのか分からなくなることもあります。
最初から境界線を決めておくことが、自分自身を守ることにつながります。
お金を渡さない支援もある
子どもを助ける方法は、お金を渡すことだけではありません。
借金の一覧を作る。
家計を確認する。
不要な支出を整理する。
弁護士などの専門家に相談する。
任意整理や個人再生、自己破産などを検討する。
こうした支援もあります。
親が借金を全額返済してしまえば、その瞬間だけは問題が消えます。
しかし本人の家計管理が変わらなければ、再発する可能性があります。
一方、本人自身が債務整理や家計改善に取り組めば、時間はかかっても問題の根本的な解決につながる可能性があります。
老後資金には親自身を守る役割がある
親が子どものために資産を使いたいと考えること自体は、決して不自然ではありません。
ただし、老後資金には親自身の生活を守るという明確な目的があります。
親が自分の資産をすべて子どもの借金返済に使い、その後生活できなくなれば、今度は子どもが親を経済的に支えなければならなくなる可能性があります。
それでは問題が一周しただけです。
親が経済的に自立して生活できることも、長い目で見れば子どもへの支援になります。
家族だからこそ断ることも必要になる
子どもから、
「今回だけ助けて」
と言われれば、断るのは簡単ではありません。
しかし、援助を断ることが必ずしも子どもを見捨てることではありません。
「お金は出せないが、一緒に専門家へ相談する」
「借金の整理は手伝う」
「生活を立て直す方法は一緒に考える」
という支援もできます。
親が問題そのものを引き受けるのではなく、本人が問題を解決する過程を支える。
この違いは、借金問題では非常に重要です。
結論
子どもの借金を知った親が、
「自分が払えば解決する」
と考えるのは自然なことかもしれません。
しかし、特に退職後の親にとって老後資金は、単なる余剰資金ではありません。
これから何十年にもわたる生活費、医療費、介護費、住宅費を支えるためのお金です。
しかも老後に一度失った資産を、再び労働収入によって取り戻すことは容易ではありません。
子どもの借金を返す前に、
親に法律上の返済義務があるのか。
本人が債務整理できないのか。
借金を生み出した原因は解決しているのか。
親自身の老後資金は十分に残るのか。
これらを確認する必要があります。
家族を助けることと、老後資金を差し出すことは同じではありません。
親自身が経済的に自立した生活を守ることも、長期的に見れば家族を守ることにつながります。
子どもの借金問題に直面したときこそ、「いくら払えるか」から考えるのではなく、「どこまでなら支援しても親自身の生活を守れるのか」という境界線を持つことが大切なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月9日朝刊
「息子の連帯保証、母の苦悩 債務巡る請求訴訟」
民法
破産法
民事再生法