老後をどこで暮らすのかは、誰にとっても重要な問題です。
自宅で暮らし続ける人もいれば、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームへ移る人もいます。
さらに富裕層向けの高級老人ホームでは、入居一時金が1億円を超え、2億円を超える施設まで登場しています。
広い居室で暮らし、食事や家事の負担を減らし、24時間の看護体制や医療機関との連携を利用する。介護が必要になれば介護居室へ移り、最終的にはみとりまで受ける。
十分な資産を持つ高齢者には、こうした老後を選ぶことができます。
一方、資産や所得に余裕がなければ、選べる住まいやサービスは限られます。
現役時代に生じた所得や資産の差が、人生の最終段階における住まいの選択肢の差として表れる。
これが終のすみか格差です。
老後の住居費格差とは何か
老後の住まいに必要なお金は、人によって大きく異なります。
持ち家で住宅ローンを完済していれば、住居費を比較的抑えて生活できる場合があります。
一方、賃貸住宅で暮らし続ければ、老後も家賃の支払いが続きます。
老人ホームへ入居する場合には、さらに差が広がります。
比較的低い費用で利用できる施設がある一方、民間の高級老人ホームでは数千万円から1億円を超える前払金が必要になることがあります。
月額利用料や食費、医療費、介護費なども必要です。
同じ高齢者でも、老後の住居に使える金額には大きな違いがあります。
現役時代の資産形成が老後の選択肢を左右する
老後の住まいの選択肢は、退職した時点で突然決まるわけではありません。
現役時代からの資産形成が大きく影響します。
どれだけ貯蓄してきたのか。
株式や投資信託などの金融資産をどれだけ持っているのか。
自宅を所有しているのか。
その自宅にどの程度の資産価値があるのか。
退職金や年金はいくらあるのか。
こうした長年の積み重ねによって、老後に使えるお金が決まります。
高級老人ホームに2億円を支払える人は、老後になって突然富裕層になったわけではありません。
経営者として企業を育てたり、高所得の仕事を続けたり、不動産や金融資産を長期間保有したりして形成した資産が、老後の住まいの選択肢につながっています。
自宅という資産の差も大きい
老後の住まいを考えるときには、金融資産だけでなく自宅も重要です。
例えば東京都心に長期間自宅を所有してきた人の場合、地価上昇によって不動産価値が大きく上昇していることがあります。
その自宅を売却すれば、高級老人ホームの入居資金を準備できる可能性があります。
反対に、売却しても大きな資金にならない住宅の場合には、同じ方法は使えません。
つまり、現役時代にどこに住宅を取得したかという違いまで、老後の住み替え能力に影響することがあります。
住宅価格の格差が、時間を経て終のすみかの選択肢の格差につながるわけです。
医療と介護サービスにも差が生まれる
終のすみか格差は、部屋の広さや建物の豪華さだけの問題ではありません。
より重要なのが、医療や介護への安心です。
高級老人ホームのなかには、看護職員が24時間常駐している施設があります。
敷地内に診療所があったり、医療機関との連携を充実させたりしているところもあります。
介護が必要になれば、同じ施設内の介護居室へ移れる場合もあります。
最終的にみとりまで対応する施設もあります。
もちろん、高額な施設でなければ適切な医療や介護を受けられないという意味ではありません。
日本には公的な医療保険や介護保険があります。
しかし、公的制度による基本的なサービスに加えて、どれだけ手厚い生活支援や住環境を確保できるかについては、経済力による差が生じます。
広い居室を選べることも資産の力
高齢になると、広い住宅は必要ないと考える人もいます。
一方、長年広い自宅で暮らしてきた人にとって、老人ホームへの入居を理由に生活空間を大幅に縮小することには抵抗があるかもしれません。
高級老人ホームには、100平方メートルを超える居室を用意している施設があります。
夫婦それぞれの寝室を持つ。
自宅からお気に入りの家具を持ち込む。
家族や友人を居室に招く。
こうした生活を維持するには相応の費用が必要です。
資産が多ければ、高齢になってもそれまでの生活水準を大きく変えずに住み替えられる可能性が高くなります。
資産があるほど早く老人ホームを選べる
老後の住まいにおける格差は、施設の価格だけではありません。
入居するタイミングにも表れます。
十分な資産を持つ人は、まだ介護が必要でない60代や70代から高齢者住宅へ移ることができます。
自分で複数の施設を見学する。
体験入居する。
好きな居室を選ぶ。
元気なうちから新しい人間関係をつくる。
こうした選択が可能になります。
一方、経済的に余裕がなければ、自宅での生活が難しくなるまで住み替えを先送りせざるを得ないことがあります。
介護が必要になってから急いで施設を探せば、本人が十分に比較できない場合もあります。
資産の差は、施設の豪華さだけでなく、自分で選択できる時間の差にもつながります。
子どもに頼らない老後にもお金が必要になる
高級老人ホームの記事で注目されるのが、子どもに老後の世話を頼らず、自分の資産を使って安心を確保するという考え方です。
これは今後さらに重要になる可能性があります。
子どもがいない人もいます。
子どもがいても遠方や海外で生活している場合があります。
子ども自身も仕事や子育てを抱えています。
そこで、食事、家事、見守り、介護などを家族ではなくサービスによって確保する考え方が広がります。
しかし、家族が無償で担ってきた役割を外部サービスへ置き換えれば、その分だけお金が必要になります。
子どもに頼らない老後を実現するには、一定の経済力が必要になるという側面があります。
長生きするほど資産格差が重要になる
人生100年時代には、老後期間そのものが長くなります。
65歳で仕事を辞めて100歳まで生きれば、老後は35年間あります。
元気な期間だけではありません。
介護が必要になるかもしれません。
認知症になる可能性もあります。
配偶者に先立たれ、一人で暮らす期間が長くなることもあります。
長寿化は喜ばしいことですが、長期間の生活を支える資金も必要になります。
そのため、資産を多く持つ人とそうでない人では、年齢を重ねるほど選択肢の差が大きくなる可能性があります。
公的制度が支える部分も大きい
もっとも、終のすみか格差を考えるときには、公的制度の存在も忘れてはいけません。
日本では医療保険や介護保険によって、高齢者の医療や介護を社会全体で支える仕組みがあります。
所得や資産が少ない人を支える制度もあります。
したがって、資産が少なければ医療や介護そのものを受けられないという単純な構図ではありません。
問題になるのは、公的制度が保障する部分を超えた選択肢です。
どの地域で暮らすのか。
どれほど広い居室を選ぶのか。
食事や生活支援をどこまで充実させるのか。
どれだけ手厚い見守りを確保するのか。
こうした生活の質に関わる部分では、個人の経済力が大きく影響します。
老後資金は生活費だけではない
老後資金を考えるとき、多くの人は毎月の生活費と年金を比較します。
しかし、人生100年時代には、それだけでは不十分です。
自宅の修繕費。
高齢者住宅への住み替え費用。
老人ホームの入居一時金。
介護費用。
医療費。
身元保証や死後事務などの費用。
人生の後半には、現役時代には想像しにくかった支出が発生する可能性があります。
そのため、老後資金は何歳まで毎月いくら必要かだけではなく、住まいと介護をどうするのかまで含めて考える必要があります。
資産を残すだけでなく使う力も問われる
終のすみか格差には、資産額だけでは説明できない側面もあります。
十分な資産があっても、老後にそれを使うことへ強い不安を持つ人がいます。
一方、老後の安心や生活の質を高めるため、計画的に資産を取り崩す人もいます。
2億円の老人ホームへ入居することが誰にとっても適切なわけではありません。
しかし、資産を持つ目的を、自分や家族の安心した生活を実現するためと考えれば、老後に計画的に使うことも資産形成の最終段階といえます。
人生100年時代には、資産を増やす力だけでなく、適切に使い切る力も重要になります。
結論
終のすみか格差とは、現役時代に形成された所得や資産の差が、高齢期の住まい、医療、介護、生活支援などの選択肢の差として表れることです。
十分な資産を持つ高齢者であれば、元気なうちから高級老人ホームへ移り、広い居室や充実した生活サービスを利用しながら、将来の介護やみとりまで一つの施設で準備することができます。
一方、経済的な余裕が少なければ、住み替えの時期や施設、追加的なサービスについて選択肢が限られる場合があります。
もちろん、日本には医療保険や介護保険をはじめとする公的な仕組みがあり、老後の基本的な生活を支える役割を担っています。
それでも、公的制度を超えてどのような住環境やサービスを選べるかについては、個人の資産による差が残ります。
人生100年時代の資産形成は、老後までにいくら貯めるかだけの問題ではありません。
自宅をどうするのか、どこで暮らすのか、介護が必要になったらどうするのか、最期をどこで迎えたいのかを考え、そのために資産をどのように使うのかまで設計する必要があります。
終のすみか格差は、現役時代の経済格差が人生の最後まで続く可能性を示すと同時に、私たちに老後の住まいと資産の使い方を早い段階から考える必要性を問いかけています。
参考
日本経済新聞 2026年8月20日朝刊 「終のすみか」の現実(中)入居一時金2億円超ホーム 老後楽しむ富裕層に需要