第3号被保険者制度をめぐる議論では、「女性の働き控えを生んでいる」という指摘があります。
会社員などに扶養される一定の配偶者は、第3号被保険者として本人が国民年金保険料を直接負担しなくても、原則として基礎年金の権利を得ることができます。
そのため、
扶養から外れないように収入を抑えよう
社会保険料を払わなくて済む範囲で働こう
と考える人が出てきます。
確かに、第3号被保険者制度は働き控えに影響する要因の一つです。
しかし、第3号制度をなくせば女性が一斉に勤務時間を増やすと考えるのも単純すぎます。
働き方には、社会保険だけでなく税金、企業の配偶者手当、育児、介護、勤務時間、職場環境など多くの要因が影響するからです。
働き控えとは何か
働き控えとは、本来ならもう少し働ける人が、税金や社会保険などの制度を意識して勤務時間や収入を抑える行動です。
例えばパートで働く人が、
今年は収入が一定額を超えそうだから年末の勤務を減らそう
と考えるケースがあります。
本人が働きたくないから勤務時間を減らすとは限りません。
制度上の境界を超えることで手取りなどが変わるため、合理的に勤務時間を調整している場合があります。
こうした行動が多数の労働者に広がれば、企業にとっても必要な労働力を確保しにくくなります。
そのため働き控えは、個人の家計だけでなく日本全体の労働供給にも関係する問題です。
第3号制度が働き控えにつながる理由
第3号被保険者本人は国民年金保険料を直接納付しません。
さらに健康保険でも一定の条件を満たして被扶養者になれば、本人に通常の健康保険料が個別に課される仕組みではありません。
ところが、収入や働き方が一定の条件を超えると、勤務先の厚生年金や健康保険に加入したり、社会保険上の扶養から外れたりすることがあります。
すると本人に社会保険料負担が発生します。
この変化を避けるため、
第3号でいられる範囲に収入を抑えよう
と考える人が出てきます。
第3号制度が働き控えに関係するといわれる理由です。
年収の壁が行動を変える
働き控えを理解するうえで重要なのが、いわゆる年収の壁です。
社会保険では、勤務先の社会保険への加入や配偶者の扶養から外れる基準が働き方に影響します。
一定の境界を超えることで新たな社会保険料負担が発生すると、収入を少し増やしただけでは手取りが十分に増えない場合があります。
そこで、
壁を少し超えるくらいなら、その手前で働くのをやめよう
という行動が起こります。
制度によって手取りの増え方が変われば、人の働き方も変わるのです。
しかし第3号だけが壁ではない
ここで注意したいのは、第3号被保険者制度だけが働き控えの原因ではないことです。
働き方に影響する制度は複数あります。
社会保険上の扶養があります。
税制上の配偶者に関係する仕組みがあります。
さらに企業独自の配偶者手当や家族手当が設けられている場合もあります。
それぞれに異なる収入要件などが存在すれば、働く人から見ると複数の壁が並んでいるように感じます。
一つの壁だけをなくしても、別の壁を意識して勤務時間を調整する可能性があります。
配偶者手当がもう一つの壁になる
企業によっては、従業員の配偶者について一定の条件を満たした場合に配偶者手当や家族手当を支給しています。
例えば配偶者の収入が会社の定める一定額以下であることを支給要件としている場合があります。
配偶者の収入が基準を超えると手当がなくなれば、世帯全体の収入に影響します。
すると、
自分の給与を増やした結果、夫の会社から受け取っていた手当がなくなる
ということが起こります。
この場合、社会保険制度を変更しただけでは働き控えがなくならない可能性があります。
企業の賃金制度も働き方に影響しているからです。
税金も働き方を考える材料になる
税金と社会保険は別の制度ですが、家計から見ればどちらも手取りに影響します。
本人の収入が増えれば、所得税や住民税の負担が変化します。
配偶者の所得によっては、配偶者控除や配偶者特別控除などにも影響します。
ただし、税制では収入が一定額を少し超えた瞬間に、増えた収入以上の税金が一律に発生するという単純な仕組みではありません。
それでも「扶養から外れる」という言葉で社会保険と税金が混同され、必要以上に収入を抑えてしまうことも考えられます。
制度の複雑さそのものが働き控えにつながる可能性もあるのです。
育児によって働く時間を増やせない人もいる
働き控えという言葉を使うと、
本当は働けるのに制度のために働いていない
という印象を持ちやすくなります。
しかし実際には、勤務時間を増やしたくても増やせない人がいます。
代表的なのが育児です。
保育園や学校の時間があります。
子どもの送迎があります。
子どもが病気になれば仕事を休まなければならない場合もあります。
夫婦で家事や育児の分担が十分にできなければ、一方の配偶者に負担が集中することもあります。
このような家庭では、第3号制度をなくしたからといって直ちにフルタイム勤務が可能になるわけではありません。
介護も大きな制約になる
介護も同じです。
高齢の親や配偶者などの介護を担っている人は、働く時間を自由に増やせるとは限りません。
介護サービスを利用していても、通院の付き添いや日常生活の支援など家族が担う部分が残る場合があります。
仕事と介護を両立できず、勤務時間を減らしたり離職したりする人もいます。
このような人に対して、
第3号制度があるから働いていない
と考えるのは適切ではありません。
社会保険制度を変えるだけでなく、介護サービスや仕事との両立支援なども必要になります。
働く時間を増やしたくない人もいる
さらに、すべての人が収入最大化を目標に働いているわけではありません。
家庭生活とのバランスを重視して短時間勤務を選ぶ人もいます。
趣味や地域活動などに時間を使いたい人もいます。
配偶者の転勤などによって安定した仕事を持ちにくいケースもあります。
本人が短時間労働を希望しているのであれば、それ自体を働き控えとして問題視する必要はありません。
政策上問題になるのは、
もっと働きたいのに制度が原因で働く時間を抑えている
ケースです。
本人の希望による短時間労働と、制度による就業調整を区別して考える必要があります。
企業側の事情も働き方に影響する
働く側だけでなく、企業側の事情もあります。
社会保険の適用対象になると、企業にも社会保険料の事業主負担が発生します。
そのため企業によっては、人件費を抑えるため短時間労働者の勤務時間を一定範囲に抑えたいと考える可能性があります。
つまり、
本人はもっと働きたい
のに、
企業側が勤務時間を増やさない
というケースも考えられます。
社会保険の適用拡大を進める場合には、労働者の行動だけでなく企業の雇用行動がどう変わるかも重要になります。
なぜ厚労省は実態調査をするのか
第3号被保険者制度の見直しに向けて、厚生労働省が実態調査を進める理由もここにあります。
第3号被保険者がどのような理由で現在の働き方を選んでいるのかを把握しなければ、制度改革の効果を予測できません。
第3号でいたいから勤務時間を抑えているのか。
育児のためなのか。
介護のためなのか。
希望する仕事が見つからないのか。
配偶者手当など別の制度が理由なのか。
理由によって必要な政策は変わります。
参考記事では、厚生労働省が約2万人を対象とするアンケート調査を計画し、第3号になった理由や、制度が縮小された場合に働き方をどう変えるかなどを調べるとされています。
制度をなくした場合の行動を調べる意味
例えば、第3号被保険者に、
第3号制度がなくなったら働く時間を増やしますか
と尋ねたとします。
多くの人が勤務時間を増やすと答えるのであれば、第3号制度が働き控えに大きく影響している可能性があります。
一方、
制度が変わっても育児のため勤務時間を増やせない
介護があるので変えられない
という人が多ければ、第3号制度だけを変更しても労働供給はそれほど増えない可能性があります。
制度改革の目的が働き控えの解消であるなら、実際に人の行動がどう変わるかを調べる必要があるのです。
第3号縮小だけでは十分ではない
仮に第3号被保険者制度を縮小したとしても、働き控えを本格的に減らすためには他の政策も必要になります。
健康保険の被扶養者制度との整合性を考える必要があります。
企業の配偶者手当の見直しも関係します。
保育や介護サービスを利用しやすくすることも重要です。
柔軟な勤務時間や在宅勤務など、仕事と家庭を両立しやすい職場環境も必要です。
さらに、社会保険に加入した後も働く時間を増やせば手取りが増えていくことを分かりやすく伝える必要もあります。
働き控えは一つの制度から生まれているのではなく、複数の制度と生活上の事情が重なって生じているからです。
女性だけの問題として考えない
第3号被保険者には女性が多いため、働き控えも女性の問題として語られることが多くあります。
しかし、本質的には性別だけの問題ではありません。
制度上は男性が第3号被保険者になることもできます。
また、女性が育児や介護のために勤務時間を減らさざるを得ない背景には、家庭内で家事や育児の負担が偏っていることなども関係します。
女性にもっと働いてもらうために第3号をなくす
というだけでは、問題の一部しか捉えられません。
誰でも働きたい時間だけ働ける環境をどのように作るのかという視点が必要です。
結論
第3号被保険者制度は、女性の働き控えに影響する要因の一つです。
第3号でいられる範囲を超えることで社会保険料負担が発生する場合には、収入や勤務時間を抑える動機が生まれます。
しかし、第3号制度だけで働き控えのすべてを説明することはできません。
税金があります。
健康保険の扶養があります。
企業の配偶者手当があります。
さらに育児や介護、職場環境、本人が希望する働き方なども影響します。
したがって、第3号制度を縮小すれば自動的に女性の労働時間が増えるとは限りません。
重要なのは、
制度が原因で働けない人
と、
生活上の事情で働けない人
を分けて考えることです。
厚生労働省が第3号被保険者の実態調査を進める意味もここにあります。
誰が、なぜ第3号になっているのか。
制度が変わったら働き方をどう変えるのか。
それを把握しなければ、有効な改革は設計できません。
第3号被保険者制度と働き控えの問題は、単なる年金制度の問題ではありません。
税制、健康保険、企業の賃金制度、育児、介護、そして家庭内の役割分担まで含めて、働きたい人が働きたいだけ働ける社会をどう作るのかという問題なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月5日朝刊 厚労省「年金3号」縮小へ調査 働き控えの実態把握