政府が2027年4月から予定する食料品の消費税率1%への引き下げを巡り、大きな問題となっているのが財源です。年間約5兆円規模の減収を赤字国債に頼らず補うため、政府が候補の一つとして掲げているのが租税特別措置の見直しです。
租税特別措置は特定の政策目的を実現するため、通常の税制とは異なる特例を設ける仕組みです。企業の設備投資や研究開発を後押しする制度などが代表例ですが、一度導入された措置が長期間続き、本当に必要なのか分かりにくくなっているものもあります。
租税特別措置とは何か
税金には原則となるルールがあります。
例えば法人税であれば、企業が得た所得に一定の税率を適用して税額を計算します。
ところが政策上の目的から、一定の条件を満たした企業や個人について税負担を軽くしたり、通常とは異なる計算を認めたりする場合があります。
これが租税特別措置です。
一般に租特と呼ばれています。
補助金のように政府が直接お金を支給するのではなく、税負担を軽減することで政策目的の達成を促すところに特徴があります。
なぜ租税特別措置が必要なのか
政府が租特を設ける目的はさまざまです。
代表的なのが企業の投資促進です。
企業が設備投資をした場合に税負担を軽減すれば、投資を増やす動機になります。
研究開発についても同じです。
新しい技術の研究には多額の資金が必要で、成果が出る保証もありません。
そこで一定の研究開発費について法人税を軽減する仕組みを設けることで、企業の研究開発を後押しします。
ほかにも賃上げ、地域活性化、中小企業支援、住宅取得など、さまざまな政策分野で租特が活用されています。
租特は見えにくい補助金ともいえる
租特を理解するときに重要なのが、補助金との違いです。
補助金の場合、政府が企業などに支払った金額は歳出として予算に表れます。
一方、租特の場合は本来徴収できた税金を徴収しないことで政策を支援します。
政府から直接お金が支払われるわけではありません。
そのため、政策によってどれだけ税収が減少したのかが一般の歳出より見えにくくなります。
こうした性質から租税特別措置は税制を通じた補助金と表現されることもあります。
政策減税には効果の検証が必要
租特そのものが問題なのではありません。
政策目的に沿って十分な効果を生み出しているのであれば、重要な政策手段になります。
問題になるのは、税負担を軽減した金額に見合う効果が本当に生まれているのかという点です。
例えば設備投資減税を設けたとしても、企業が減税制度の有無にかかわらず予定していた投資であれば、減税によって新たな投資を生み出したとは言い切れません。
研究開発減税でも同じ問題があります。
減税がなくても実施していた研究開発に税制優遇を与えているだけなら、政策効果は限定的になります。
そのため租特については、制度を設けるだけでなく、政策効果を継続的に検証することが重要です。
なぜ一度できた租特は廃止しにくいのか
租税特別措置には期限が設定されているものもあります。
本来であれば期限を迎えた時点で政策効果を検証し、必要性が低下していれば終了することになります。
しかし実際には延長される制度もあります。
背景には、その制度によって恩恵を受けている企業や業界の存在があります。
企業にとって税制優遇は事業計画や投資判断にも影響します。
突然制度がなくなれば税負担が増えるため、継続を求める声が出ます。
所管する省庁にとっても、租特は政策を実現するための重要な手段です。
こうして一度導入された制度には、維持を求める力が働きやすくなります。
消費税減税の財源として注目される理由
今回、租特の見直しが特に注目されているのは食品消費税減税の財源問題があるためです。
食料品の税率を8%から1%へ引き下げ、中低所得者への給付も組み合わせれば、実質的な減税規模は年間約5兆円とされています。
政府は赤字国債に頼らず、歳出と歳入の見直しによって財源を確保する方針を示しています。
その候補となったのが租特です。
2026年度末に期限を迎える約120項目の租特を仮にすべて廃止すれば、最大で約1兆円の財源が生まれるとされています。
金額だけを見ると大きな財源です。
すべて廃止するのは現実的ではない
ただし、約1兆円をそのまま減税財源として期待するのは難しいでしょう。
租特にはそれぞれ政策目的があります。
企業の研究開発や設備投資、賃上げ、中小企業支援など、日本経済の成長に関係する制度も含まれています。
財源確保だけを目的として一律に廃止すれば、企業の投資や経営に影響する可能性があります。
実際、各省庁が2026年6月末までに実施した自己点検では、明確に廃止するとした租特は1件にとどまったとされています。
制度を利用している業界や企業、所管省庁などの利害が絡むため、見直しは簡単ではありません。
租特を廃止すると増税になる
もう一つ押さえておきたいのは、租特の廃止は利用者側から見れば税負担の増加になることです。
政府全体で考えると、
食料品の消費税を減税する一方で、別の税制優遇を縮小する
という構図になります。
つまり、減税の財源を別の増税によって確保する側面もあります。
誰の税負担を軽くして、誰の税負担を増やすのかという問題です。
租特見直しの議論では、単に財源が生まれるという説明だけでなく、負担の移転にも目を向ける必要があります。
良い租特と見直すべき租特を分ける
重要なのは租税特別措置をすべて悪い制度と考えないことです。
政策目的が明確で、大きな経済効果が認められる制度であれば残す合理性があります。
一方で、利用件数が少ない制度や政策効果が確認できない制度、社会経済情勢が変化して当初の役割を終えた制度については見直す必要があります。
そこで求められるのが、
どれだけ税収を減らしているのか
誰が利用しているのか
どの程度の政策効果があったのか
制度を廃止した場合に何が起きるのか
という検証です。
単純な件数削減ではなく、費用対効果によって判断することが重要になります。
減税財源探しが税制改革につながる可能性
食品消費税の減税を巡る財源問題は、日本の税制全体を見直すきっかけにもなります。
長期間続いてきた租特について、本当に現在も必要なのかを改めて検証することには意味があります。
一方、年間約5兆円という食品減税の財源を租特だけで確保することは現実的ではありません。
租特、補助金、税外収入、税収の上振れなどを組み合わせても、安定した財源を確保できるかという問題は残ります。
減税を実施する以上、どこかで歳出を減らすか、別の収入を増やす必要があります。
税制には必ず負担と受益の関係があるのです。
結論
租税特別措置とは、設備投資や研究開発、賃上げなど特定の政策目的を実現するため、通常より税負担を軽減する制度です。政府から直接お金を支給する補助金とは異なりますが、本来得られる税収を減らして政策を支援するという性質があります。
食品消費税1%への引き下げを巡っては、租特の見直しによって財源を生み出す案が注目されています。しかし、租特には企業活動や経済成長を支える制度もあり、すべてを単純に廃止できるわけではありません。
重要なのは、制度を残すか廃止するかを政治的な力関係だけで決めるのではなく、税収減に見合った政策効果が生まれているのかを継続的に検証することです。
食品減税をきっかけとして、日本の税制に積み重なってきたさまざまな特例について、本当に必要なものと役割を終えたものを整理できるのか。財源問題と同時に、日本の税制改革そのものが問われています。
参考
日本経済新聞 2026年8月7日 朝刊
食品減税1%の代償 社保財源の聖域崩す 5兆円減収、確保策に限界