景気対策、設備投資、研究開発、賃上げ、子育て支援、地域活性化など、政府が新しい政策課題に直面すると、その解決策として税制優遇が検討されることがあります。
こうして新しい租税特別措置が作られていきます。
ところが、政策課題が変化したからといって、過去に作られた租特が同じペースでなくなるとは限りません。
制度を利用する企業や個人が生まれ、所管省庁や業界団体も継続を求めるようになるからです。
その結果、新しい制度を作る力は働きやすい一方、古い制度を廃止する力は働きにくくなります。
日本版DOGEで約120件の税優遇を点検しても廃止要望が3件にとどまった背景を考えるうえでも、租特が増えやすく減らしにくい構造を理解することが重要です。
政策課題が生まれると新しい租特が作られる
政府には毎年のように新しい政策課題が生まれます。
企業の設備投資が不足しているのであれば、設備投資を促す政策が必要になります。
国際的な技術競争が激しくなれば、研究開発を支援する必要が出てきます。
賃金が上がらなければ、企業の賃上げを後押しする政策が検討されます。
こうした課題に対して、補助金だけでなく税制優遇を使う方法があります。
一定の行動をした企業について税負担を軽くすれば、企業の行動を政策目的の方向へ誘導できる可能性があるからです。
政策課題が次々と生まれる以上、新しい租特を作ろうとする力も継続的に働きます。
新設には分かりやすい目的がある
新しい租特を作るときには、通常、政策目的が示されます。
例えば、
設備投資を増やす
研究開発を促進する
中小企業を支援する
地域経済を活性化する
といった目的です。
新設時には、
この政策課題を解決するために必要です
という説明がしやすくなります。
対象となる企業や業界からも歓迎されるでしょう。
政府にとっても、新しい政策を打ち出したことを示しやすくなります。
このため新しい制度を作る方向には、比較的強い政治的な力が働きやすくなります。
廃止すると必ず不利益を受ける人が出る
一方、既存の租特を廃止する場合は事情が変わります。
税制優遇を利用している企業にとって、租特は実際の税負担に影響しています。
例えば毎年1000万円の税額控除を利用している企業があるとします。
制度が廃止されれば、単純化すると税負担が1000万円増える可能性があります。
政府から見れば、
特別な優遇措置を終了する
だけでも、企業から見れば、
税負担が増える
ことになります。
新しい制度を作るときには利益を受ける人が生まれますが、古い制度を廃止すると具体的な不利益を受ける人が生まれます。
ここが制度廃止を難しくする大きな理由です。
利用企業が制度を前提に行動するようになる
租特が長期間続くと、企業はその制度を前提として経営判断をするようになる場合があります。
例えば設備投資に税制優遇がある状態が長く続けば、企業は税負担の軽減も含めて投資採算を計算するでしょう。
制度が突然廃止されれば、予定していた投資の採算が変わることがあります。
そのため企業は、
急に廃止されると経営計画に影響する
として継続を求めるようになります。
制度が長く続くほど企業行動の中に組み込まれ、廃止しにくくなるわけです。
業界団体との関係も重要になる
税制優遇の対象になる企業が多数ある場合、個々の企業だけでなく業界団体などが制度の継続を求めることがあります。
例えばある業界全体が利用している税制優遇があったとします。
制度が廃止されれば、業界全体の税負担が増える可能性があります。
そのため業界団体は、
国際競争力を維持するため必要だ
設備投資が減少する
地域雇用に影響する
といった理由を示して制度の延長を求めることがあります。
もちろん、こうした主張に合理性がある場合もあります。
問題は、制度の政策効果とは別に、利用者側から継続を求める力が常に働きやすいことです。
所管省庁にも制度を残す理由がある
租特を所管する省庁も重要です。
例えばある省庁が、特定産業の設備投資を増やすため税制優遇を作ったとします。
数年後に制度を廃止するとなれば、
政策目的は達成されたのか
制度に効果がなかったのか
という説明を求められる可能性があります。
一方、制度を延長する場合には、
政策課題はまだ残っている
さらなる支援が必要だ
と説明できます。
制度を作った側と制度の必要性を評価する側が近いほど、自ら廃止を選ぶことが難しくなる可能性があります。
期限があっても延長できる
租税特別措置には適用期限が設けられているものがあります。
一見すると、期限が来れば自然に制度がなくなるように思えます。
しかし実際には、期限が来る前に所管省庁が延長を要望することができます。
そして税制改正で延長が認められれば、制度はさらに続きます。
例えば当初3年間の制度でも、
3年間延長
さらに3年間延長
ということを繰り返せば、結果として長期間続くことになります。
形式的には期限付きでも、実質的には恒久制度に近づくことがあるのです。
政策目的が広いほど終了判断が難しい
制度の政策目的が非常に明確なら、終了の判断もしやすくなる可能性があります。
例えば特定の一時的な問題に対応する制度であれば、その問題が解消された時点で終了できます。
ところが、
企業の競争力強化
経済成長
地域活性化
中小企業支援
といった政策目的は、完全に達成したと判断することが難しくなります。
いつまでたっても、
まだ十分ではない
という説明が可能だからです。
政策目標が抽象的であるほど、租特を終了する明確な基準を設定しにくくなります。
小さな制度ほど残ってしまうこともある
財政への影響が非常に小さい租特については、
わざわざ廃止するほどではない
と考えられる場合もあります。
しかし小規模な制度が多数残れば、税制全体は複雑になります。
企業側にも制度を調べるコストがかかります。
行政側にも制度の管理や適用実態を把握する事務負担が生じます。
一つ一つの金額が小さいからといって、制度を残し続けることが必ず合理的とは限りません。
財源効果とは別に、税制を簡素化するという視点も必要になります。
大きな租特ほど廃止が難しくなる
一方、大きな税収減を伴う租特には多くの企業が関係している可能性があります。
そのため財源確保という点では魅力的な見直し対象ですが、廃止の難易度は高くなります。
制度を利用する企業が多ければ、廃止によって影響を受ける企業も増えます。
設備投資や研究開発などへの影響も慎重に検証しなければなりません。
つまり、
廃止しやすい租特は財源効果が小さい
財源効果の大きな租特は廃止しにくい
という構造が生じる可能性があります。
日本版DOGEが直面する難しい問題です。
制度が既得権化する仕組み
租特が長期間続くと、
制度があるのが通常の状態
と考えられるようになります。
本来は通常の税制から外れた特別措置だったものが、企業にとっては通常の税負担を計算する前提になります。
すると制度を廃止することが、
特別扱いをやめる
のではなく、
増税する
と受け止められるようになります。
こうして制度の継続を求める力がさらに強くなります。
これが租特の既得権化です。
日本版DOGEで問われるのは廃止の仕組み
参考記事では、約120件の優遇制度を点検しながら、各省庁が正式に廃止を求めたのは3件でした。
これは単に各省庁が見直しに消極的だったというだけではなく、制度そのものに廃止しにくい構造があることを示しています。
租特改革を進めるのであれば、
各省庁に自主的な廃止を求める
だけでは限界があります。
期限が来たら継続の必要性を改めて証明する仕組みや、第三者的な視点から政策効果を検証する仕組みなどが重要になります。
新設する制度には入口があります。
同じように、効果を失った制度を終了させる出口も必要なのです。
結論
租税特別措置が増えやすいのは、新しい政策課題が生まれるたびに税制を使った支援策を作る力が働く一方、既存制度を廃止する力は働きにくいからです。
新しい租特を作れば、設備投資や研究開発などを支援するという分かりやすい政策目的があります。
しかし一度制度を作れば利用企業が生まれ、業界団体や所管省庁などから継続を求める声が出ます。
長期間続けば、企業も制度を前提に経営判断をするようになり、さらに廃止が難しくなります。
期限付きの制度でも延長を繰り返せば、実質的な恒久制度になりかねません。
日本版DOGEで本格的に租特を見直すのであれば、新しい制度を作ること以上に、政策効果を失った制度を終了させる仕組みが重要になります。
租特が増える理由だけでなく、なぜ減らないのかを見ること。
それが税制優遇改革を理解する重要な視点です。
参考
日本経済新聞 2026年9月4日朝刊「日本版DOGE、税優遇廃止は3件どまり 財源捻出、年10万円」