監査法人が巨額賠償を受けたらどうなるのか 監査法人にも経営破綻リスクがある理由編

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監査法人は企業の財務諸表をチェックする側です。

そのため、一般の事業会社よりも安定した存在という印象を持つかもしれません。

しかし、監査法人も経営体です。

職員に給与を払い、オフィスやシステムを維持し、事業を継続するための収益を確保しなければなりません。

そして監査法人には、一般企業とは少し違った大きな経営リスクがあります。

監査上の問題による巨額の損害賠償です。

中国恒大集団をめぐっては、恒大の清算人がPwCの関係3社に最大約580億元、日本円で約1兆3,000億円規模の損害賠償を求めています。

仮に監査法人がこのような巨額賠償を負うことになれば、何が起こるのでしょうか。

監査法人にも売上と費用がある

監査法人も事業を行う組織です。

主な収益源の1つは企業から受け取る監査報酬です。

一方で監査には多くの人員が必要になります。

公認会計士だけでなく、監査スタッフ、IT専門家、企業価値評価の専門家など多くの人材が関与します。

大手監査法人では研修、品質管理、情報システム、サイバーセキュリティなどにも多額の費用がかかります。

したがって監査法人にも通常の企業と同じように収益と費用があり、資金繰りがあります。

無限に損失を負担できるわけではありません。

監査報酬に比べて賠償請求額が巨大になる

監査ビジネスの大きな特徴は、受け取る報酬と潜在的な損害賠償額との間に大きな差が生じる可能性があることです。

監査法人が受け取るのは、基本的には監査業務に対する報酬です。

しかし監査対象となる大企業では、株式、社債、銀行融資、取引債務など巨額の資金が動いています。

その財務諸表に重大な問題が発生すれば、多数の関係者が損害を受ける可能性があります。

監査報酬の何倍、何十倍、場合によってはそれ以上の損害賠償請求を受ける可能性があるのです。

恒大をめぐる最大約1兆3,000億円規模の請求は、このリスクの大きさを示しています。

請求された金額をそのまま支払うわけではない

ただし、損害賠償を請求された金額と実際に支払う金額は同じではありません。

訴訟では、監査法人に責任があるのかが争われます。

責任が認められた場合でも、どの範囲の損害について責任を負うのかが問題になります。

さらに裁判の途中で和解することもあります。

したがって、1兆円を請求されたからといって、監査法人が1兆円を支払うことが決まったという意味ではありません。

中国恒大をめぐる訴訟についても、責任や賠償額は今後の審理で判断されることになります。

損害賠償保険だけですべて対応できるとは限らない

専門家が業務上の問題によって損害賠償責任を負うリスクに備える方法の1つが保険です。

監査法人についても、一定の賠償リスクに備える仕組みがあります。

しかし、極端に巨額の損害が発生した場合まで、すべてを保険だけで賄えるとは限りません。

保険には補償限度額があります。

契約条件によっては補償されない損害も考えられます。

さらに大規模な監査法人ほど、潜在的な賠償リスク自体が巨大になります。

そのため監査法人にとって、訴訟リスクは単なる保険の問題ではありません。

経営そのものに関係する問題です。

お金だけでなく顧客流出も起こる

重大な監査問題が発生した場合、監査法人への影響は損害賠償だけではありません。

むしろ怖いのは信用の低下です。

監査法人の商品は信用だからです。

企業側が、

この監査法人に監査を任せ続けて大丈夫なのか、

と考えれば、別の監査法人へ変更する可能性があります。

新規顧客の獲得も難しくなるかもしれません。

さらに優秀な公認会計士や専門家が別の事務所へ移れば、人材面でも競争力が低下します。

損害賠償、顧客流出、人材流出が同時に起これば、監査法人の経営は急速に悪化する可能性があります。

国際ネットワークでは他国にも影響する

ビッグ4では、この問題がさらに複雑になります。

法律上は各国や地域のメンバー事務所が独立しています。

ある国のメンバー事務所に巨額の損害賠償責任が発生しても、他国のメンバー事務所が当然にその債務を負うとは限りません。

一方、ブランドは世界共通です。

ある国で重大な監査問題が発生すれば、別の国の顧客もそのニュースを目にします。

法律上の責任を分離できても、ブランドへの影響まで完全に分離することは難しいのです。

ここでも、

責任はローカル、

信用はグローバル、

という国際監査ネットワーク特有の構造が表れます。

監査法人が消滅した実例もある

監査法人の存続リスクを考えるうえで象徴的なのが、かつて世界有数の会計事務所だったアーサー・アンダーセンです。

当時、世界の大手会計事務所は現在のビッグ4ではなくビッグ5と呼ばれていました。

その一角がアーサー・アンダーセンでした。

しかし米国のエネルギー大手エンロンの会計不祥事をめぐって信用が大きく損なわれ、監査業務を継続することが困難になりました。

重要なのは、監査法人にとって経営を支える最大の資産の1つが信用だということです。

工場や商品がなくなったわけではなくても、監査人としての信用を失えば事業を続けることが難しくなります。

ビッグ4の1社がなくなると企業も困る

監査法人の破綻を普通の企業の倒産と同じように考えることができない理由があります。

現在、世界の大企業の監査はビッグ4に大きく依存しています。

もしビッグ4のうち1社が大幅に縮小したり、監査市場から退出したりすれば、企業側にも影響します。

単純に考えれば選択肢が4社から3社に減ります。

しかし実際には、それ以上に厳しくなる場合があります。

ある監査法人が企業に対して別の業務を提供しているため独立性の問題が生じるケースもあります。

競合企業との関係などから、企業が監査法人を自由に選べない場合もあります。

巨大な多国籍企業を監査できる人員や海外ネットワークを持つ監査法人も限られています。

形式上3社残っていても、実際に選択できる監査法人がさらに少なくなる可能性があります。

厳しい責任追及と監査市場維持のバランス

ここに監査制度の難しい問題があります。

監査法人に重大な過失があれば、適切な責任を負わせる必要があります。

責任をほとんど問われないのであれば、監査品質を維持する規律が弱くなる可能性があります。

一方、1件の監査問題によって巨大監査法人が消滅するほどの責任を負わせれば、監査市場そのものが不安定になる可能性があります。

大企業を監査できる法人が減れば、監査法人同士の競争も弱くなります。

監査法人の独立性にも影響するかもしれません。

したがって監査法人の損害賠償制度は、被害を受けた側の救済だけでなく、監査制度全体をどう維持するかという問題とも関係しています。

恒大問題がPwCだけの問題ではない理由

中国恒大をめぐる訴訟は、PwCにとって大きな問題です。

しかし監査業界全体から見れば、さらに重要な意味があります。

今回、中核組織にまで責任が及ぶ可能性が議論されています。

仮に国際ネットワークの中核組織について広い責任が認められる方向になれば、他のビッグ4もネットワーク構造や品質管理、訴訟リスクへの対応を見直す必要が出てくる可能性があります。

各国のメンバー事務所をどこまで管理するのか。

問題が起きた場合に誰が損失を負担するのか。

世界共通ブランドをどのような法的構造で維持するのか。

恒大問題は、こうした国際監査ネットワークの基本設計に関わる問題でもあります。

結論

監査法人も経営体である以上、巨額の損害賠償によって経営が悪化する可能性があります。

しかも監査法人の場合、問題は賠償金だけではありません。

重大な監査問題が発生すれば、顧客が離れ、人材が流出し、ブランドへの信用が低下する可能性があります。

そして監査法人にとって信用は事業そのものを支える重要な資産です。

過去には、世界有数の会計事務所だったアーサー・アンダーセンが監査市場から事実上姿を消しました。

現在はビッグ4体制です。

もしさらに1社が大幅に縮小すれば、大企業の監査を誰が担うのかという別の問題が生じます。

監査法人には適切な責任を負わせなければなりません。

同時に、監査法人が少数に集中している現在の市場では、1社の経営危機が監査制度全体に波及する可能性も考える必要があります。

中国恒大問題は、監査法人の責任を問うだけではなく、世界の監査市場が巨大な訴訟リスクに耐えられる構造になっているのかという問題も突きつけています。

次回は、かつてのビッグ5の一角だったアーサー・アンダーセンが、エンロン事件をきっかけになぜ事実上消滅したのかを取り上げます。

参考

日本経済新聞 2026年9月29日朝刊 恒大不正、逃げられぬPwC

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