キャッシュレス決済を利用する店舗にとって、決済手数料はできるだけ安い方が有利です。
同じ100万円の売上でも、決済会社へ支払う手数料が少なければ、それだけ店舗に残る金額が増えるからです。
そのため複数の決済会社が加盟店を獲得しようと競争すると、手数料率の引き下げが競争手段の一つになります。
しかし、店舗にとって歓迎される手数料の値下げが、決済会社にとっては収益力の低下につながる場合があります。
今回の参考記事では、スマートフォン決済の普及を背景に新興の決済サービス会社が相次いで参入し、競争が激しくなるなか、全東信が加盟店をつなぎとめるため手数料率を引き下げた結果、収益率が低下したことが紹介されています。
キャッシュレス市場が拡大することと、決済会社が利益を増やせることは必ずしも同じではないのです。
加盟店獲得競争とは何か
キャッシュレス決済サービスを提供する会社にとって重要なのが、そのサービスを利用する加盟店を増やすことです。
どれだけ便利な決済サービスを作っても、利用できる店舗がほとんどなければ、消費者にとって使いやすいサービスにはなりません。
反対に、多くの飲食店や小売店などで利用できれば、消費者にとって利便性が高まります。
そのため決済サービス会社は、加盟店を獲得するために競争します。
今回の参考記事で取り上げられた全東信も、飲食店を中心に加盟店を増やしていました。
ピーク時の加盟店数は約20万店に達したとされています。
決済ビジネスでは、加盟店の数やそこで取り扱われる決済額が事業規模を左右する重要な要素になるわけです。
新しい会社が参入すると競争が激しくなる
市場に存在する決済サービスが少なければ、店舗側の選択肢も限られます。
しかし、キャッシュレス市場が拡大して多くの会社が参入すると状況が変わります。
参考記事では、スマートフォン決済の普及を背景に、新興の決済サービス会社が相次いで参入したことが説明されています。
店舗から見れば、複数のサービスを比較して選べるようになります。
すると決済会社側は、
自社を選んでもらう
既存の加盟店に利用を続けてもらう
という二つの競争に直面します。
新規加盟店の獲得だけではありません。
すでに契約している加盟店を他社に奪われないことも重要になるのです。
手数料率の引き下げが競争手段になる
加盟店が決済サービスを選ぶ際に重要になる条件の一つが手数料です。
仮に同じようなサービスを提供する二つの会社があるとします。
一方の手数料率が高く、もう一方が低ければ、店舗が低い方に魅力を感じる可能性があります。
特にキャッシュレス売上が大きな店舗では、わずかな手数料率の違いでも年間では大きな金額になります。
そのため決済会社にとって、手数料率の引き下げは加盟店を獲得したり維持したりするための手段になります。
今回の参考記事でも、全東信は競争が激しくなるなか、加盟店をつなぎとめるために手数料率を引き下げたとされています。
つまり値下げは、単に加盟店へサービスするためではありません。
競合他社へ加盟店が移ることを防ぐための競争でもあったわけです。
店舗にとってはわずかな差でも大きい
手数料率の違いが加盟店獲得競争につながる理由は、売上規模が大きくなるほど金額差も大きくなるからです。
たとえば年間のキャッシュレス売上が1億円ある店舗を考えてみます。
仮に手数料率が3パーセントなら、単純計算で年間300万円です。
2パーセントなら200万円です。
差は100万円になります。
手数料率ではわずか1ポイントの違いでも、年間では大きな差になることがあります。
なお、これらの手数料率は仕組みを説明するための仮定であり、今回の参考記事に具体的な料率が記載されているわけではありません。
実際の条件は契約によって異なります。
だからこそ店舗側は手数料率に敏感になり、決済会社側では値下げが加盟店獲得の競争手段になりやすいのです。
加盟店を増やすことには大きな意味がある
決済会社にとっては、手数料率を多少引き下げても加盟店を増やすことに意味がある場合があります。
たとえば手数料率が高くても利用店舗が少なければ、取り扱う決済額そのものが大きくなりません。
一方、手数料率を引き下げることで多くの加盟店を獲得できれば、サービス全体で取り扱う決済額が増える可能性があります。
また、利用できる店舗が増えることは、その決済サービスを利用する消費者の利便性にもつながります。
決済サービスでは、店舗と利用者の双方が増えることでサービスの価値が高まりやすい面があります。
ただし、今回の参考記事では、全東信が手数料率の引き下げによってどの程度加盟店を維持できたのかなど、具体的な効果までは説明されていません。
記事から確認できるのは、競争激化のなかで加盟店をつなぎとめるために手数料率を引き下げ、その結果として収益率が低下したという点です。
値下げすると一件当たりの収益が減る
手数料の値下げには当然ながら代償があります。
決済会社から見れば、手数料は重要な収益源だからです。
単純な例で考えてみます。
100万円の取扱額に対して3万円の手数料収入を得ていた会社が、値下げによって2万円しか受け取れなくなれば、同じ取扱額でも収入は1万円減ります。
その分を補うためには、取扱額を増やすなど別の方法で収益を確保する必要があります。
値下げによって加盟店が大幅に増えれば、全体として収益を伸ばせる可能性があります。
しかし加盟店や取扱額が十分に増えなければ、手数料率の低下だけが収益を圧迫することになります。
価格競争には、この難しさがあります。
全東信では収益率低下につながった
今回の参考記事では、この問題が全東信の経営悪化の一つの背景として説明されています。
同社はクレジットカード加盟店に対して、カード会社に先行して売上代金を入金し、手数料収入を得ていました。
しかしスマートフォン決済の普及を背景に新興の決済サービス会社が相次いで参入しました。
競争が激しくなるなか、全東信は加盟店をつなぎとめるために手数料率を引き下げました。
その結果、収益率が低下したとされています。
さらに2020年以降は新型コロナウイルス感染症の拡大によって、主な加盟店である飲食店が時短や休業を余儀なくされました。
2021年3月期の年収入高は約50億円まで減少し、その後も大幅な赤字が続いたとされています。
値下げ競争だけで経営破綻したわけではありませんが、競争激化による収益率の低下が経営を厳しくした要因の一つだったことが分かります。
安いサービスが必ずしも持続可能とは限らない
店舗にとって決済手数料が安くなることは基本的にはメリットです。
しかし、サービスを提供する会社が継続して事業を運営できなければ、そのメリットも続きません。
決済事業者にはシステムの維持や加盟店管理など、サービスを提供するためのコストがあります。
今回の参考記事では、各決済事業者の具体的なコスト構造までは説明されていません。
それでも全東信の事例からは、加盟店を維持するための手数料率引き下げが収益率低下につながったことを確認できます。
店舗側から見れば、
手数料が安いか
という視点だけでなく、
その条件でサービスを安定して提供し続けられるのか
という視点も重要になります。
決済会社と加盟店は、長期間にわたって売上代金の流れを支える関係になるからです。
値下げ競争は利用者にも影響する
価格競争によって決済手数料が下がれば、店舗にとってキャッシュレス決済を導入しやすくなる可能性があります。
その結果、キャッシュレス決済を利用できる店舗が増えれば、消費者の利便性も高まります。
一方、過度な競争によって決済会社の経営が不安定になれば、別の問題が生じます。
今回の参考記事では、全東信の破産によって、サービスを利用していた加盟店の中に最大で1カ月分の売上代金が入金されない店舗が出たとされています。
さらにカード決済が利用できなくなることで客離れを招き、資金繰りに支障を来す事業者が多数出る可能性も指摘されています。
決済会社の競争は、決済会社だけの問題ではありません。
加盟店の利益や資金繰り、さらには顧客が利用できる決済環境にもつながっているのです。
結論
決済手数料の値下げ競争は、キャッシュレス市場が拡大し、多くの決済事業者が加盟店を獲得しようと競争することで起こります。
店舗にとって決済手数料はコストです。
そのため同じようなサービスなら、手数料率が低い方が加盟店を獲得しやすくなる可能性があります。
決済会社は新しい加盟店を獲得するだけでなく、既存の加盟店を競合他社に奪われないためにも手数料率を引き下げることがあります。
しかし、手数料は決済会社にとって重要な収益源でもあります。
値下げしても加盟店や取扱額が十分に増えなければ、収益力が低下する可能性があります。
今回の参考記事では、全東信が加盟店をつなぎとめるために手数料率を引き下げ、その結果として収益率が低下したことが紹介されています。
店舗にとって手数料の値下げは歓迎すべきことに見えます。
しかし、その低い手数料を決済会社が長期間維持できるかどうかは別問題です。
キャッシュレス市場では、加盟店にとっての安さと、決済会社にとっての持続可能な収益の両方が成り立つことが重要なのです。
参考
企業実務 2026年9月 キャッシュレス時代の盲点 懸念される小規模飲食店の連鎖倒産