最低賃金は全国一律ではありません。
同じ仕事をしていても、働く都道府県によって適用される最低賃金は異なります。大都市圏では高く、地方では低い傾向があるため、その差が地域間の人材移動にも影響しています。
最低賃金は働く人の生活を守る制度です。それにもかかわらず、なぜ全国で同じ金額にしないのでしょうか。
今回は、地域別最低賃金に差が生じる理由と、その格差が地域経済に与える影響について考えます。
最低賃金は都道府県ごとに決まる
最低賃金には、大きく分けて地域別最低賃金と特定最低賃金があります。
私たちが通常、最低賃金と呼んでいるものは地域別最低賃金です。
地域別最低賃金は、各都道府県で働くすべての労働者に原則として適用されます。正社員だけでなく、パート、アルバイト、契約社員なども対象です。
国の中央最低賃金審議会が全国の引き上げ目安を示した後、各都道府県の地方最低賃金審議会が地域の実情を踏まえて具体的な金額を決めます。
そのため、国が示す全国加重平均と、各都道府県で実際に適用される最低賃金は同じではありません。
都道府県はランク分けされてきた
最低賃金の目安を示す際には、都道府県を経済状況に応じて複数のランクに分ける仕組みが用いられてきました。
現在は、主にA、B、Cの3つの区分をもとに目安が示されます。
Aランクには、東京や大阪など賃金水準や所得水準が比較的高い地域が含まれます。
Bランクには、中間的な経済状況にある地域が分類されます。
Cランクには、賃金水準や企業の支払い能力が相対的に低い地域が含まれます。
ランク分けには、地域の所得、賃金、消費、雇用、企業経営の状況など、複数の指標が使われます。
最低賃金は生活費だけでなく、地域経済全体の状況を見ながら決められているのです。
物価や家賃の違いが最低賃金に影響する
地域別最低賃金に差がある理由の一つが、生活費の違いです。
都市部では、家賃や交通費などの負担が地方より高い傾向があります。そのため、同じ生活水準を維持するためには、より高い賃金が必要になります。
一方、地方では住宅費が比較的低い地域もあります。
こうした生活費の差を最低賃金に反映することには、一定の合理性があります。
ただし、食料品や電気料金、通信費など、地域による差が小さい支出も少なくありません。
地方だから生活費が必ず安いとは限らず、自動車の維持費や暖房費など、地方特有の負担が生じることもあります。
地域差を単純に物価だけで説明することは難しくなっています。
一般的な賃金水準にも差がある
最低賃金は、その地域で支払われている一般的な賃金水準にも影響を受けます。
大都市には大企業の本社や成長産業が集まりやすく、平均賃金も高くなる傾向があります。
一方、地方では中小企業や小規模事業者が雇用の中心となっている地域が多く、企業の収益力や賃金の支払い能力に差があります。
最低賃金を大都市と同じ水準まで一気に引き上げれば、地方の企業にとって人件費負担が急増する可能性があります。
その結果、採用の抑制、営業時間の短縮、事業所の閉鎖などにつながることも考えられます。
地域別最低賃金は、こうした企業経営への影響も考慮して決められています。
最低賃金の差が人材流出を招く
地域ごとの最低賃金の差は、働く場所を選ぶ判断にも影響します。
隣接する都道府県で最低賃金に大きな差があれば、より高い賃金を求めて県境を越えて働く人が増える可能性があります。
特に若い世代にとって、賃金水準は就職先や居住地を選ぶ重要な条件です。
地方の最低賃金が低いままであれば、都市部への人口流出が進み、地域企業の人手不足がさらに深刻になるおそれがあります。
実際に、近年は隣接県への人材流出を防ぐため、国の目安を上回る最低賃金の引き上げを決める地域が増えています。
最低賃金が企業の負担になる一方で、低いままでは人材を確保できないという難しい問題が生じているのです。
地方が目安を上回る動き
国が示す最低賃金の目安には、法的な強制力があるわけではありません。
各都道府県の地方最低賃金審議会は、地域の雇用情勢や生活費などを踏まえて、目安を上回る引き上げを決めることができます。
近年は、多くの都道府県が国の目安を超える引き上げを実施しています。
背景には、人手不足の深刻化や近隣地域との賃金競争があります。
ただし、大幅に引き上げる代わりに、適用開始日を遅らせる地域も見られます。
最低賃金は金額だけでなく、いつから適用されるかによっても、労働者の収入や企業の負担が変わります。
今後は引き上げ額と発効日の両方を見る必要があります。
全国一律の最低賃金には課題もある
地域格差をなくすため、最低賃金を全国一律にすべきだという意見もあります。
全国一律になれば、住む地域によって賃金の最低ラインが変わる不公平感は小さくなります。
地方から都市部への人材流出を抑える効果も期待できます。
一方で、企業の生産性や収益力には大きな地域差があります。
都市部の企業と地方の小規模事業者に同じ最低賃金を適用すれば、地方企業の負担が急激に増える可能性があります。
全国一律化を進めるのであれば、価格転嫁の支援や生産性向上、社会保険料負担の軽減などを同時に進める必要があります。
最低賃金の格差だけをなくしても、地域経済の格差がそのままであれば、問題の根本的な解決にはなりません。
結論
地域別最低賃金に差があるのは、物価、一般的な賃金水準、企業の支払い能力などが都道府県ごとに異なるためです。
A、B、Cのランク分けは、こうした地域経済の違いを最低賃金の目安に反映するための仕組みです。
一方で、最低賃金の地域差が大きくなれば、若者や働き手が賃金の高い都市部へ移動し、地方の人手不足を深刻化させる可能性があります。
地域経済へ配慮して最低賃金を抑えれば人材が流出し、引き上げれば中小企業の経営が厳しくなるという難しい関係があります。
これから求められるのは、最低賃金の引き上げだけではありません。地方企業が継続的に賃金を支払えるよう、生産性向上や価格転嫁を支援し、地域全体の稼ぐ力を高めることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年7月30日 朝刊
最賃1176円、現実路線の4.9%決着 政府目標後退、中小にも配慮