道路、橋、学校、鉄道などの公共工事には、多くの建設労働者が携わります。
当然ながら、公共工事の事業費には建設現場で働く人たちの労務費も含まれています。
では自治体は、公共工事に必要な人件費をどのように見積もっているのでしょうか。
その重要な基準の一つが公共工事設計労務単価です。
公共工事設計労務単価は、国や自治体が公共工事の予定価格を積算するときに使用する、建設労働者の労務費の基礎となる単価です。
神奈川県では2026年度の普通作業員の設計労務単価が1日当たり2万6800円となっています。2023年度の2万3900円から約12%上昇しました。
建設業の人手不足や賃金上昇が進めば、設計労務単価も上昇します。
それは建設労働者の待遇改善につながる一方、公共工事の事業費を押し上げる要因にもなります。
公共工事設計労務単価とは工事費を積算するための単価
公共工事を発注するとき、国や自治体は工事に必要な費用を積算して予定価格を算定します。
例えば道路工事であれば、どれだけの資材が必要なのか、どのような建設機械を使用するのか、何人の労働者がどれだけ働くのかなどを積み上げていきます。
そのうち労務費を計算する基礎となるのが公共工事設計労務単価です。
建設現場にはさまざまな職種があります。
普通作業員、特殊作業員、鉄筋工、型わく工、大工、左官、交通誘導警備員など、必要となる技能や仕事内容は異なります。
そのため設計労務単価も職種ごとに設定されています。
さらに賃金水準には地域差があるため、地域ごとにも単価が設定されています。
実際に労働者へ支払われる賃金そのものではない
公共工事設計労務単価について最も注意したいのは、建設労働者に実際に支払われる日給そのものではないという点です。
設計労務単価は、公共工事費を積算するための基礎となる単価です。
そのため、例えば普通作業員の設計労務単価が1日2万6800円だからといって、すべての普通作業員がその金額をそのまま日給として受け取るという意味ではありません。
公共工事には労働者本人の賃金以外にも、企業側が負担する法定福利費や現場管理に必要な費用などがあります。
実際の賃金は雇用形態、経験、技能、企業の賃金制度、地域の労働需給などによって異なります。
設計労務単価と実際の手取り賃金を同じものとして考えないことが重要です。
実際の賃金を調査して毎年見直す
公共工事設計労務単価は、一度決めたら長期間固定されるものではありません。
建設労働者の実際の賃金水準などを調査し、その結果を踏まえて原則として毎年度見直されます。
建設業の労働市場は変化します。
人手不足が強まり、建設会社が人材を確保するため賃金を引き上げれば、市場の賃金水準も上昇します。
反対に実際の賃金が変化しているのに、公共工事の積算だけ古い低い単価を使い続ければ問題が生じます。
発注者が想定する工事費と、建設会社が実際に必要とする人件費との間に大きな差が生まれるからです。
そのため実際の労働市場の変化を公共工事費へ反映する必要があります。
単価が低すぎると公共工事そのものが成立しにくくなる
自治体財政だけを考えれば、設計労務単価は低い方が公共工事費を抑えられるように見えます。
しかし単価を実勢より低く設定すれば、別の問題が起きます。
例えば自治体が実際には1人当たり2万5000円程度の労務費が必要な工事について、2万円程度で積算したとします。
建設会社から見れば、その予定価格では必要な人材を確保して工事を完成させることが難しくなります。
採算が合わないと判断すれば、入札に参加しない可能性があります。
その結果、入札参加者が集まらず工事を発注できないことも考えられます。
公共工事を適切に実施するためには、現実の賃金水準を反映した予定価格を設定する必要があるのです。
建設業の人手不足が単価を押し上げる
公共工事設計労務単価の上昇を考えるうえで重要なのが、建設業の人手不足です。
建設業では技能労働者の高齢化が進んでいます。
今後、多くの熟練労働者が引退すれば、必要な人材を確保することがさらに難しくなる可能性があります。
若い世代に建設業を選んでもらうためには、賃金や労働環境を改善する必要があります。
建設会社が人材確保のために賃金を引き上げれば、その動きが実態調査を通じて設計労務単価にも反映されます。
つまり設計労務単価の上昇は、単なる公共工事費の値上げではありません。
建設労働市場そのものの変化を反映している面があります。
神奈川県では3年間で約12%上昇した
川崎市の公共事業を見るうえでも、設計労務単価の上昇は重要です。
神奈川県の普通作業員について、2023年度の公共工事設計労務単価は1日当たり2万3900円でした。
2026年度には2万6800円となっています。
2900円の上昇で、約12%高くなっています。
1人1日だけなら2900円の差です。
しかし大型公共事業では、多数の労働者が何年にもわたって働きます。
仮に延べ10万人分の作業が必要であれば、単純化すると1日当たり2900円の差でも2億9000万円になります。
実際の工事費は職種や工程などによって異なりますが、大型事業ほど労務単価上昇の影響が大きくなることが分かります。
労務単価が上がると予定価格も上がりやすくなる
公共工事設計労務単価が上昇すると、同じ工事内容でも積算上の労務費は増えます。
例えば同じ人数、同じ工期、同じ工事内容であっても、1人当たりの労務単価が10%上昇すれば、労務費部分は基本的に増加する方向になります。
さらに建設資材価格も同時に上昇していれば、工事費全体は一段と大きくなります。
自治体が数年前に策定した事業計画では、当時の労務単価や資材価格を前提として事業費を見積もっている場合があります。
実際に発注する段階で単価が大幅に上昇していれば、当初の事業費では工事を実施できなくなる可能性があります。
長期の大型公共事業ほど、こうした価格変動の影響を受けやすくなります。
賃金上昇を抑えればよいという問題ではない
公共工事費が増えていると、設計労務単価の引き上げを抑えればよいように見えるかもしれません。
しかし建設労働者の賃金を実勢より低く見積もれば、担い手不足をさらに深刻にする可能性があります。
賃金水準が他産業に比べて魅力的でなければ、若い人材が建設業へ入ってこなくなるかもしれません。
人材不足が深刻化すれば、道路や橋の補修、災害復旧など社会に不可欠な工事を行う人そのものが不足します。
公共インフラを維持するためには、建設業で働く人が持続的に確保されなければなりません。
適切な賃金を工事価格に反映することは、公共インフラを維持するための費用でもあるのです。
自治体には事業費増加という形で跳ね返る
一方、自治体にとって労務単価上昇は確実に財政負担となります。
大型公共事業では人件費だけで数十億円、数百億円規模になることがあります。
労務単価が上昇すれば、当初予定していた事業費を上回る可能性があります。
追加財源を一般財源だけで賄えなければ、地方債の発行額を増やすことも考えられます。
すると地方債残高が増え、将来の元金返済も増えます。
さらに金利が上昇していれば、追加発行した地方債の利払い負担も大きくなります。
労務単価の上昇は工事費だけで終わらず、地方債や将来の公債費にも影響する可能性があるのです。
賃金上昇と公共事業費上昇は表裏一体になる
日本経済全体では、持続的な賃金上昇が重要な課題になっています。
建設業でも賃金が上昇し、働く人の所得が増えることは望ましい変化です。
しかし発注者である自治体から見ると、賃金上昇は公共事業費の増加になります。
つまり同じ現象を、労働者側から見るか自治体財政側から見るかによって意味が変わります。
賃金が上がる経済では、公共サービスを提供するコストも上がります。
長く続いた低賃金と低物価を前提とした公共事業費が、そのまま維持できるとは限りません。
自治体財政にも賃金と物価が上昇する経済への対応が必要になります。
結論
公共工事設計労務単価とは、国や自治体が公共工事の予定価格を積算するときに、建設労働者の労務費を計算する基礎として使う単価です。
普通作業員や鉄筋工など職種ごと、地域ごとに設定され、実際の賃金水準などの調査を踏まえて原則として毎年度見直されます。
ただし設計労務単価は、建設労働者が実際に受け取る日給そのものではありません。
公共工事費を適正に積算するための基準です。
建設業の人手不足や賃金上昇によって設計労務単価が上がれば、同じ工事を行っても自治体が負担する工事費は増える方向に働きます。
一方で単価を実態より低く抑えれば、建設会社が必要な人材を確保できず、公共工事そのものが成立しにくくなる可能性があります。
建設労働者の待遇改善と公共事業費の上昇は、切り離して考えることができません。
賃金が上昇する経済では、道路や学校などを造り、維持するための価格も上昇します。
公共工事設計労務単価は、賃金上昇が自治体の公共事業費へどのように伝わっていくのかを理解するための重要な仕組みなのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月19日 川崎市、大型投資続き市債発行増 30年ぶり高金利 逆風