個人事業税は、すべての個人事業者に課税されるわけではありません。地方税法では、課税対象となる業種があらかじめ列挙されており、その範囲に該当する場合にのみ課税されます。
一方で、法人事業税は原則としてすべての法人事業が対象です。この違いはなぜ生まれたのでしょうか。
近年では、カイロプラクティックやコインパーキングなど、新しい事業形態が増えたことで、「法律に書かれていない業種まで課税できるのか」が裁判で争われるようになりました。
今回は、個人事業税が「限定列挙方式」を採用している理由を考えてみます。
法律には七十種類の業種が列挙されている
地方税法では、個人事業税の対象となる業種を具体的に列挙しています。
大きく分けると、
- 第一種事業
- 第二種事業
- 第三種事業
の三つに分類され、合計約70業種が定められています。
例えば、
第一種事業には、
- 物品販売業
- 製造業
- 不動産貸付業
- 駐車場業
- 請負業
などが含まれます。
第三種事業には、
- 医業
- 歯科医業
- 獣医業
- 弁護士業
- 税理士業
- 公認会計士業
などの専門職が含まれています。
つまり、「個人で事業をしている」というだけでは課税されず、「法律に列挙された業種」に該当して初めて課税対象になります。
なぜ個人だけ限定列挙なのか
法人は営利活動そのものが存在目的です。
そのため法人事業税では、「どの業種か」を細かく区別する必要はありません。
しかし個人の場合は事情が異なります。
個人には、
- 生活
- 趣味
- 副業
- 一時的な収入
などが混在しています。
例えば、
- 自宅で時々講演をする
- ネットで不用品を売る
- 趣味の延長で作品を販売する
こうした活動まで一律に事業税を課すと、課税対象が極めて曖昧になります。
そこで地方税法は、あらかじめ対象業種を限定する方式を採用しました。
これは納税者にとっても、行政にとっても判断基準を明確にするための制度です。
限定列挙には重要な意味がある
法律に業種が列挙されているということは、「列挙されていないものは原則として課税しない」という意味でもあります。
これを法律用語では「限定列挙」といいます。
もし行政が、
「似た仕事だから」
「実質的には同じだから」
という理由だけで課税範囲を広げることが認められるなら、法律で列挙した意味がなくなってしまいます。
そのため裁判所は、課税対象を安易に拡大することには極めて慎重です。
新しい仕事はどこに分類されるのか
現代では、新しいビジネスが次々に生まれています。
例えば、
- AIコンサルタント
- YouTuber
- インフルエンサー
- Webライター
- オンライン講師
- アプリ開発者
こうした職業は、地方税法が制定された当時には存在していませんでした。
そのため、
「どの業種に当たるのか」
という問題が生じます。
裁判所は、その名称ではなく、実際にどのような契約を結び、どのようなサービスを提供しているのかという実態から判断しています。
カイロプラクティック事件が示したもの
今回の講義資料で紹介されている代表例が、カイロプラクティック事件です。
課税庁は、この事業を第一種事業である「請負業」として課税しました。
しかし東京高等裁判所は、
「請負契約ではなく準委任契約として考えるのが適切である」
と判断しました。
さらに、
地方税法は課税対象を限定列挙している以上、準委任契約による事業まで「請負業」に含めることはできないと判断しています。
この判決は、限定列挙方式を重視した代表的な裁判例となりました。
租税法律主義との関係
憲法では、新しい税金を課したり課税範囲を広げたりするには法律が必要とされています。
これを租税法律主義といいます。
個人事業税では、
「法律に書かれているか」
が極めて重要になります。
裁判所は、
「似ているから」
「実質は同じだから」
という理由だけで課税することは認めていません。
課税する以上、法律の文言に照らして明確に該当する必要があります。
この考え方が、近年の地方税訴訟に共通する基本姿勢となっています。
税理士が注意すべきポイント
個人事業税では、所得金額よりも「業種認定」が重要になることがあります。
新しい事業について相談を受けた場合には、
- どのような契約なのか
- 誰が責任を負うのか
- どのような役務を提供しているのか
- 地方税法上のどの業種に近いのか
を整理することが欠かせません。
また、自治体ごとに従来の運用が異なっていた事例もあるため、裁判例の動向を踏まえた判断が重要になります。
結論
個人事業税が限定列挙方式を採用しているのは、個人の生活と事業を明確に区別し、公平で分かりやすい課税を実現するためです。
この制度の下では、「法律に書かれている業種かどうか」が課税の出発点となります。そのため、新しいビジネスについても、安易な類推や拡張解釈ではなく、地方税法の文言と制度趣旨に基づいて慎重に判断することが求められます。
近年の裁判例は、限定列挙方式と租税法律主義の重要性を改めて確認するものとなっており、税理士にとっても制度理解を深める貴重な指針となっています。
参考
近畿税理士会研修会(周辺専門講座)
「地方税をめぐる最近の動向等―注目すべき裁判例の検討を中心に―」
講師 和歌山大学経済学部教授 片山直子先生
地方税法
東京高等裁判所令和2年11月18日判決(個人事業税・カイロプラクティック事件)