企業の会計不正が後を絶ちません。近年も上場企業における粉飾決算や不適切会計が相次いで発覚し、市場の信頼を揺るがしています。
こうした問題が起きるたびに、監査法人や会計士の責任が議論されます。しかし、本当に問われるべきなのは監査の失敗だけなのでしょうか。
日本公認会計士協会の南成人会長は、最近の会見で「経営者の意識に大きな問題があった」と指摘しました。そして、米国のように経営者自身が財務情報の正確性に責任を負う制度の導入が必要との考えを示しています。
今回は、会計不正の本質と経営者責任について考えてみたいと思います。
会計不正の主役は経営者である
会計不正が発覚すると、多くの場合「監査法人は何をしていたのか」という声が上がります。
もちろん監査の品質は重要です。しかし、不正を指示し、あるいは黙認する立場にあるのは経営者です。
売上の前倒し計上、架空取引の計上、在庫の水増し、利益操作などは、現場担当者だけで実行できるものではありません。
経営トップが数字至上主義に陥り、
「今期だけ何とかしてくれ」
「株価を維持したい」
「銀行との約束を守りたい」
といった圧力をかければ、不正は発生しやすくなります。
つまり会計不正は会計の問題というより、経営の問題なのです。
米国では経営者が宣誓している
米国では2002年に制定された「サーベンス・オクスリー法(SOX法)」によって、CEOやCFOが財務報告の正確性を宣誓することが義務付けられています。
経営者は、
「この財務情報に重要な虚偽はありません」
「内部統制は適切に機能しています」
と自ら署名し、責任を負います。
もし虚偽が判明した場合には、民事責任だけでなく刑事責任が問われる可能性もあります。
そのため米国企業の経営者は、財務報告を単なる経理部門の仕事とは考えません。
自らの責任問題として真剣に向き合うのです。
日本は経営者責任が曖昧だった
一方、日本でも金融商品取引法に基づく内部統制報告制度はありますが、米国ほど経営者責任が明確とはいえません。
不正が発覚しても、
「担当者が勝手にやった」
「把握できなかった」
という説明で終わるケースも少なくありません。
結果として、
不正を起こした会社は社会的信用を失う一方で、
経営者個人への責任追及は限定的という状況が続いてきました。
南会長が「ほとんど何の罰則もなく進んできた」と指摘する背景には、こうした日本特有の構造があります。
内部統制より大切な経営者の倫理観
制度を整備することは重要です。
しかし制度だけで不正をなくすことはできません。
どれだけ厳格な内部統制を構築しても、不正を行う意思を持った経営者が存在すれば抜け道は生まれます。
逆に経営者が高い倫理観を持っていれば、細かなルールがなくても組織は健全に運営されます。
会計不正の多くは、
能力不足ではなく倫理観の欠如から生まれています。
だからこそ経営者教育やガバナンス強化が重要になるのです。
中小企業にも無関係ではない
この問題は上場企業だけの話ではありません。
中小企業でも、
・銀行融資のための利益操作
・補助金申請のための数字調整
・税務対策を超えた粉飾
などが問題になることがあります。
特にオーナー経営企業では経営者の影響力が絶大です。
トップが数字の誠実性を重視するかどうかで、会社の文化は大きく変わります。
税理士や会計士も単なる数字の専門家ではなく、
「その処理は適切ですか」
「将来問題になりませんか」
と経営者に助言する役割がますます重要になるでしょう。
監査法人にも変革が求められる
今回の議論では、上場企業を担当する監査法人の最低人数引き上げも検討されています。
背景には近年の不正事案で、中小規模監査法人の監査体制が十分だったのかという問題意識があります。
企業活動が複雑化し、AIやデジタル技術が進展する中で、監査にも高度な専門性が求められています。
今後は監査法人の規模拡大や統合も進む可能性があります。
ただし、監査法人が大きくなれば不正がなくなるわけではありません。
重要なのは規模ではなく品質です。
監査人が経営者に対して厳しい姿勢を維持できるかが問われています。
結論
会計不正は会計の問題ではなく、経営者の問題です。
どれほど優秀な監査人がいても、経営者が不正を容認すれば不祥事は起こります。
これからの日本企業には、米国型の経営者責任制度の導入だけでなく、経営者自身の倫理観と説明責任が求められるでしょう。
投資家、従業員、取引先から信頼される企業になるためには、利益以上に「誠実な情報開示」を重視する経営姿勢が不可欠です。
会計不正を防ぐ最大の内部統制は、実は経営者自身の良心なのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年6月23日 朝刊
「会計士協会会長、不正『経営者の意識問題』 制度見直し言及」