人生100年時代を迎え、老後の住まいをどこにするかという問題は、単なる住宅選びではなくなっています。
元気なうちは自宅で暮らしたいと考えていても、年齢を重ねれば介護や医療が必要になる可能性があります。配偶者に先立たれたり、子どもに介護の負担をかけたくないと考えたりする人も少なくありません。
そのようななか、元気なうちに有料老人ホームへ入居し、人生の最期まで暮らすという選択が注目されています。
しかし、高額な入居一時金を支払えば、必ず最期まで暮らせるわけではありません。
税理士・FPの視点から、有料老人ホームを「ついのすみか」にするための施設選び、費用負担、相続・終活への備えについて考えます。
「ついのすみか」としての有料老人ホーム
有料老人ホームには、大きく分けて介護付き、住宅型、健康型があります。
介護付き有料老人ホームは、原則として施設が介護サービスを提供する仕組みです。一方、住宅型有料老人ホームでは、必要に応じて外部の介護サービスなどを利用します。
健康型有料老人ホームは、自立した高齢者の生活支援を中心とする施設であり、介護が必要になった場合には退去が必要になることがあります。
重要なのは、施設の名称や設備だけではなく、介護が必要になったとき、さらに終末期を迎えたときに、どこまで対応してもらえるかという点です。
介護付き有料老人ホームであっても、医療対応や看取りの体制は施設によって異なります。
人生の最期まで同じ場所で暮らしたいのであれば、入居時の快適さだけでなく、将来の身体状況の変化を想定した確認が欠かせません。
高額な入居一時金で得られるもの
日本経済新聞が紹介した千葉県佐倉市の介護付き有料老人ホーム「佐倉ゆうゆうの里」では、元気なうちに1人で入居する場合、入居一時金などが約3,400万円から、管理費や食費などの月額費用が約14万円とされています。
仮に入居時に3,400万円を支払い、月額14万円で20年間生活した場合、単純計算では次のようになります。
入居時費用 3,400万円
月額費用 14万円×12か月×20年=3,360万円
合計 6,760万円
ただし、これは記事に掲載された金額を使った概算です。介護保険サービスの自己負担、医療費、日用品費、追加サービス費、将来の料金改定などは含んでいません。
また、入居一時金の償却方法や返還条件によって実際の負担額は変わります。
これほど大きな金額を支払う価値があるのかという疑問も生じます。
しかし、施設によっては、単に居室や食事を提供するだけでなく、健康管理、介護、医療機関との連携、生活支援、看取りまでを一体的に支える体制を整えています。
長年暮らしてきた場所で、顔なじみの職員に見守られながら最期を迎えられることに価値を感じる人もいるでしょう。
もっとも、高額な施設ほど看取りの質が高いとは限りません。
費用とサービスの内容を分けて評価することが大切です。
看取りまで対応できる施設の条件
紹介された施設では、2025年度に死亡退去した32人のうち19人が施設内で看取られました。
約59%に相当します。
この数字は施設内での看取り実績を示していますが、残る人が施設での看取りを希望していたとは限りません。本人の希望、病状、医療上の必要性などによって最期の場所は異なります。
施設を選ぶ際には、看取りの実績だけでなく、その内容を確認する必要があります。
特に重要なのは、夜間の看護体制、協力医療機関との連携、急変時の対応、終末期の医療方針です。
例えば、夜間に看護師が常駐している施設と、必要に応じて連絡を取る施設では、対応できる医療行為が異なる場合があります。
また、点滴、酸素投与、喀痰吸引などへの対応も一律ではありません。
入居時には健康であっても、将来どのような状態になるかは予測できません。
そのため、現在の健康状態だけを前提に施設を選ぶことは避けたいところです。
本人の意思を尊重する看取りの仕組み
看取りにおいて重要なのは、医療や介護の体制だけではありません。
本人がどのような最期を望んでいるかという意思の尊重です。
紹介された施設では、終末期と診断された入居者について、介護職員や看護職員などがチームを組み、本人や家族の希望を確認しています。
さらに、好きだった音楽や思い出などを共有し、その人らしい最期を支える仕組みを整えています。
このような取り組みは、人生会議とも呼ばれるACP(アドバンス・ケア・プランニング)の考え方にも通じます。
ACPとは、将来の医療やケアについて、本人が家族や医療・介護関係者と繰り返し話し合い、希望を共有する取り組みです。
延命治療を希望するかどうかだけではなく、どこで、誰と、どのように過ごしたいかという生活全体の希望が重要になります。
本人の意思は時間の経過とともに変わることもあります。
一度決めた内容を固定するのではなく、定期的に確認できる環境が望まれます。
入居一時金と返還条件の確認
税理士・FPの立場から特に注意したいのが、入居一時金の契約内容です。
有料老人ホームの入居一時金には、一定期間にわたって償却される仕組みが採用されている場合があります。
例えば、入居一時金3,000万円について、契約で定められた償却期間が10年間であれば、その期間内に退去した場合の返還金が問題になります。
ただし、実際の返還額は、初期償却の有無、償却方法、契約期間などによって異なります。
単純に未経過年数に比例して返還されるとは限りません。
また、入居後短期間で契約が終了した場合には、老人福祉法に基づく短期解約時の返還ルールが適用されることがあります。
契約前には、少なくとも次の事項を確認する必要があります。
- 入居一時金の償却期間と初期償却の有無
- 途中退去や死亡時の返還金の計算方法
- 月額費用に含まれるサービスの範囲
- 介護度の上昇に伴う追加費用
- 医療対応が困難になった場合の退去条件
- 施設の運営状況と事業継続への備え
高額な契約ほど、重要事項説明書や入居契約書を十分に確認することが必要です。
長生きするほど増える生活費への備え
有料老人ホームへの入居を検討する際には、入居時の資金だけでなく、その後の生活費を確保する必要があります。
例えば、月額費用が20万円の場合、年間240万円、20年間では4,800万円になります。
月額費用が25万円であれば、20年間で6,000万円です。
ここに入居一時金や医療費などが加わります。
一方、年金収入が年間240万円ある人と、年間120万円の人では、必要な金融資産が大きく異なります。
重要なのは、施設の費用総額だけを見るのではなく、年金収入と資産取り崩し額を組み合わせて資金計画を立てることです。
特に、夫婦で入居する場合や、どちらかが先に亡くなった場合の費用変化にも注意が必要です。
また、将来の物価上昇や施設利用料の改定も考慮しなければなりません。
人生100年時代の老後資金計画では、90歳までではなく、100歳程度まで生活が続く可能性も想定することが重要です。
自宅を売却して入居する場合の税金
有料老人ホームへの入居資金を確保するため、自宅を売却する人もいるでしょう。
その場合、税金への配慮が必要です。
自宅の売却では、一定の要件を満たすと、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる居住用財産の特別控除が利用できます。
すでに施設へ転居している場合でも、原則として住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却するなど、所定の要件を満たせば適用できる場合があります。
ただし、家屋の利用状況や所有関係などによって適用可否が変わります。
自宅を売却する時期によって、税負担が大きく変わる可能性があるため、入居前から検討しておくことが望まれます。
また、自宅を残して施設に入居する場合には、固定資産税、管理費、修繕費などの負担が続きます。
空き家になった自宅をどうするかは、施設入居と一体で考える必要があります。
施設入居と相続・財産管理の問題
高齢者施設への入居は、相続や財産管理とも密接に関係します。
入居時には判断能力に問題がなくても、将来、認知症などによって財産管理が難しくなる可能性があります。
預貯金の管理、不動産の売却、施設費用の支払いなどについて、本人が判断できなくなった場合の備えが必要です。
選択肢としては、任意後見契約、財産管理等委任契約、家族信託などが考えられます。
ただし、それぞれ仕組みや権限、費用、利用できる場面が異なります。
特に家族信託は、すべての財産管理や身上保護を代替できる制度ではありません。
また、施設入居時に身元保証人や緊急連絡先を求められることもあります。
子どもがいない人や親族に負担をかけたくない人は、身元保証等サービスの内容や費用、事業者の信頼性についても確認が必要です。
施設への入居だけで終活が完成するわけではありません。
財産管理、医療・介護の意思決定、死後の手続きまで含めて準備することが大切です。
施設選びは元気なうちに始めることが重要
施設選びで避けたいのは、介護が必要になってから慌てて決めることです。
入院や病気をきっかけに短期間で施設を探す場合、十分な比較ができないことがあります。
元気なうちであれば、複数の施設を見学し、職員の対応や入居者の生活状況を確認できます。
可能であれば、食事を体験したり、入居者の話を聞いたりすることも有効です。
また、施設が提供するサービスについて、良い面だけではなく、対応できないことを説明してもらう姿勢も重要です。
特に、終末期にどのような状態になったら病院へ移る必要があるのかは、具体的に確認しておきたい事項です。
施設側の説明と契約書の内容が一致しているかも確認する必要があります。
入居後の生活は長期間に及ぶ可能性があるため、設備の豪華さ以上に、日常生活の安心感や職員との信頼関係を重視することが大切です。
結論
人生100年時代における「ついのすみか」は、単に老後を過ごす住宅ではありません。
介護が必要になったときも、医療が必要になったときも、そして人生の最期を迎えるときも、自分らしく暮らせる場所であることが求められます。
有料老人ホームには数千万円の入居費用が必要になる場合がありますが、高額な費用を支払えば安心が保証されるわけではありません。
重要なのは、費用、介護体制、医療連携、看取りへの対応、契約条件を総合的に評価することです。
さらに、施設入居と同時に、老後資金、自宅の処分、財産管理、相続、死後の手続きまで考えておく必要があります。
子どもに介護の負担をかけたくないという思いも、自分の最期を自分で決めたいという希望も、事前の準備があってこそ実現に近づきます。
税理士・FPとして強調したいのは、老後の住まい選びを単なる支出の問題として考えないことです。
老後資金は、できるだけ多く残すことだけが目的ではありません。人生の最期まで自分らしく暮らすために、必要なときに適切に使うことにも大きな意味があります。
元気なうちから将来の住まいを考え、家族と希望を共有し、資金計画を整えておくことが、安心できる人生100年時代への備えになります。
参考
日本経済新聞 2026年11月7日 朝刊「ついのすみかはどこ 有料老人ホーム『よろしければみとります』」
厚生労働省「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」
厚生労働省「有料老人ホームの設置運営標準指導指針」
国税庁「マイホームを売ったときの特例」
国税庁「マイホームを売ったときの3,000万円の特別控除の特例」