ブロックチェーンを利用して社債などの権利を管理するセキュリティートークンは、世界各国で活用が進んでいます。
ところが、その使われ方は日本と海外で必ずしも同じではありません。
日本では、デジタル社債を個人投資家向けに発行し、ポイントや電子マネーなどの特典を組み合わせる事例が目立ちます。
一方、海外では機関投資家による取引を含めた市場の整備が進んでいます。
なぜ日本のデジタル社債は個人向けが多いのでしょうか。
その背景を見ると、日本でデジタル社債に期待されている役割が見えてきます。
日本では個人向け発行が中心
日本のセキュリティートークン社債市場は、まだ大きな市場ではありません。
BOOSTRYによると、国内のセキュリティートークン社債の累計発行額は395億円で、発行件数は19件です。
そのうち16件が個人投資家向けで、機関投資家向けは3件でした。
件数で見ると、日本では個人向け商品が中心になっていることが分かります。
通常の社債市場では機関投資家が大きな役割を担っています。
デジタル社債では、それとは違う市場が形成されつつあります。
個人向けとデジタル化は相性がよい
デジタル社債の特徴の一つが、小口化しやすいことです。
従来の社債では、多額の資金を運用する機関投資家へ大口で販売する方法が効率的でした。
一方、デジタル基盤を利用して多数の投資家の保有情報などを管理できれば、個人へ少額ずつ販売する商品も設計しやすくなります。
1万円。
5万円。
10万円。
こうした金額から購入できれば、これまで社債投資をしたことがなかった個人も参加しやすくなります。
デジタル化のメリットを個人向け市場で生かしやすいわけです。
ポイントを組み合わせられる
日本のデジタル社債で特徴的なのが、ポイントなどの特典との組み合わせです。
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは、ドン・キホーテなどで利用できるポイントを組み合わせたデジタル社債を発行しました。
丸井グループもエポスカード会員向けのデジタル社債で、エポスポイントを組み合わせています。
こうしたポイントは個人投資家だからこそ価値を持ちます。
機関投資家がドン・キホーテの店舗でポイントを使うわけではありません。
企業が個人へ直接社債を販売することで、金融商品と消費サービスを結びつけることができます。
企業にとって顧客開拓の意味がある
個人向けデジタル社債は、単なる資金調達ではありません。
社債を購入した人にポイントを渡す。
そのポイントを自社店舗で使ってもらう。
商品やサービスを知ってもらう。
継続的な顧客になってもらう。
このような流れをつくることができます。
企業から見ると、社債保有者は資金の提供者であると同時に顧客候補でもあります。
特に消費者向け事業を展開する企業では、デジタル社債をマーケティングに利用できる可能性があります。
これが日本で個人向け発行が目立つ理由の一つです。
機関投資家は大口で取引する
一方、銀行や生命保険会社、運用会社などの機関投資家は、個人とは投資金額が大きく異なります。
数億円。
数十億円。
場合によってはさらに大きな金額を取引します。
こうした大口投資家を相手にする場合、1万円単位まで社債を小口化する必要はありません。
ポイントを付けて購入を促す必要性も小さくなります。
そのため、日本のデジタル社債で現在目立っている小口化やポイント付与という特徴は、機関投資家には必ずしも大きな魅力になりません。
日本の社債市場全体ではまだ小さい
デジタル社債が注目されているとはいえ、市場全体から見ると規模はまだ限定的です。
国内の債券市場では年間15兆円を超える社債が発行されています。
それに対して、セキュリティートークン社債の累計発行額は395億円です。
まだ従来型の社債市場を置き換える規模ではありません。
現在はデジタル社債ならではの使い方を試している段階と考えることができます。
海外では機関投資家の資金も流入
海外のセキュリティートークン市場では、日本より機関投資家の資金が入る市場が発達していると指摘されています。
機関投資家が参加するためには、単に証券をデジタル化するだけでは十分ではありません。
大きな金額を安定して取引できること。
売買相手が十分にいること。
決済や保管の仕組みが整っていること。
法制度や実務が明確であること。
こうした市場インフラが必要になります。
セキュリティートークン市場が成長するためには、発行だけではなく、その後の取引環境まで整備する必要があります。
日本でも機関投資家が増える可能性
日本のデジタル社債が今後も個人向けだけに限定されるとは限りません。
デジタル化によって証券の発行、管理、決済などが効率化されれば、機関投資家にもメリットが生まれる可能性があります。
ただし、そのためには大規模な取引に耐えられる市場をつくる必要があります。
十分な流動性があること。
既存の金融システムと接続できること。
投資家が安心して大口取引できること。
こうした条件が整えば、日本でも機関投資家向けのデジタル社債が増える可能性があります。
個人向け市場には日本独自の発展余地がある
海外と同じ方向へ進むことだけがデジタル社債市場の成長ではありません。
日本ではポイント経済圏が広く普及しています。
小売り。
クレジットカード。
自動車。
通信。
さまざまな企業が独自のポイントや会員基盤を持っています。
こうした顧客基盤とデジタル社債を組み合わせれば、日本独自の個人向け市場が発展する可能性があります。
金融と消費を結びつけるという点では、個人向けに偏っていること自体が特徴になる可能性もあります。
結論
日本のデジタル社債市場では、個人投資家向けの発行が多くなっています。
背景には、デジタル化によって社債を小口化しやすくなったことや、ポイントなどの特典を組み合わせられることがあります。
企業にとっては、資金調達だけではなく、社債を通じて個人顧客との関係をつくれることも大きな意味を持ちます。
一方、海外では機関投資家の資金が流入するセキュリティートークン市場も発達しています。
日本の市場が今後成長するためには、個人投資家にとって魅力のある商品を増やす方向と、機関投資家が大口で参加できる市場基盤を整える方向の両方が考えられます。
デジタル社債の将来を考えるときに重要なのは、紙や従来型の証券を単にデジタルへ置き換えることではありません。
デジタルだからこそ、これまで社債市場に参加していなかった投資家をどこまで呼び込めるのか。
そこが日本のデジタル社債市場の成長を左右する重要なポイントになります。
参考
日本経済新聞 2026年9月16日 朝刊 ファイナンス新潮流 社債版「優待」で個人開拓