日本ではスタートアップ育成が国家的な課題として位置付けられています。新しい技術やサービスを生み出す企業が増えれば、経済成長や雇用創出につながるからです。
しかし、多くのスタートアップには共通する悩みがあります。それは「優秀な人材を採用したくても、大企業ほど高い給与を支払えない」という問題です。
創業間もない企業は資金に余裕がなく、知名度も高くありません。一方で、優秀なエンジニアや営業担当者、経営人材を確保しなければ企業は成長できません。
この矛盾を解決するために活用されている制度がストックオプションです。
近年は信託型ストックオプションを巡る課税問題が注目されていますが、その前に理解しておきたいのは、そもそもなぜスタートアップにストックオプションが必要なのかという点です。
ストックオプションの基本的な仕組み
ストックオプションとは、一定の条件のもとで自社株をあらかじめ決められた価格で取得できる権利です。
例えば、現在の株価が100円の時に取得した権利であれば、将来株価が1,000円になった際も100円で株式を購入できます。
その後に株式を売却すれば、大きな利益を得られる可能性があります。
つまり、会社が成長するほど従業員も利益を得られる仕組みです。
給与とは異なり、企業価値の向上と従業員の利益が連動する点が大きな特徴です。
なぜ現金給与だけでは人材を集められないのか
大企業とスタートアップの最大の違いは資金力です。
大企業は安定した収益基盤を持ち、高額な給与や充実した福利厚生を提供できます。
一方、創業間もない企業は利益が出ていないことも珍しくありません。
仮に優秀なエンジニアがいたとしても、
「年収1,200万円の大企業」
と
「年収700万円のスタートアップ」
では、多くの人が前者を選ぶでしょう。
そこでスタートアップは将来の成長利益を提示します。
今は給与で負けても、会社が大きく成長したときには大きなリターンを得られる可能性を示すのです。
ストックオプションは、そのための重要な手段となっています。
経営者と従業員の利害を一致させる効果
企業経営では、経営者と従業員の利害が必ずしも一致するとは限りません。
経営者は企業価値の向上を目指しますが、従業員は安定した給与や働きやすい環境を重視する場合があります。
しかしストックオプションを保有している場合、従業員自身も株主と同じ立場になります。
会社の価値が上がれば、自分自身の利益にもつながるからです。
売上拡大や利益向上、新商品の開発などが将来の株価上昇につながるため、従業員は企業成長をより強く意識するようになります。
これはスタートアップにとって大きなメリットです。
優秀な人材の流出を防ぐ効果
スタートアップでは人材の流出が大きな経営リスクになります。
創業メンバーや主要エンジニアが退職すると、企業の成長が大きく遅れる可能性があります。
ストックオプションには長期的な勤務を促す効果があります。
多くの場合、一定期間勤務しなければ権利を行使できない仕組みになっています。
例えば、
「3年間勤務した場合に権利行使可能」
といった条件が設定されることがあります。
そのため、従業員は短期間で転職するよりも、会社の成長を見届けようと考えやすくなります。
結果として人材の定着率向上につながります。
世界のスタートアップはどう活用しているのか
米国のシリコンバレーではストックオプションは極めて一般的な制度です。
世界的企業となった企業の多くも創業期にはストックオプションを積極的に活用していました。
高額な給与を支払えない時期でも、
「将来の成長を一緒に目指そう」
というメッセージを人材に伝えることができたからです。
その結果、創業メンバーや初期従業員の中には莫大な資産を築いた人もいます。
こうした成功事例があるため、世界のスタートアップではストックオプションが人材戦略の中核になっています。
日本で課題となっていること
一方、日本では税制や制度面の課題が指摘されています。
近年話題となった信託型ストックオプションの課税問題もその一つです。
制度設計時には想定していなかった課税が後から問題となれば、企業も従業員も将来の利益を予測しにくくなります。
また、権利行使時に多額の税負担が発生する場合には、本来のインセンティブ効果が弱まる可能性もあります。
スタートアップ支援を進めるのであれば、制度の公平性を確保しながらも予測可能性を高めることが求められます。
ストックオプションだけで人材は集まるのか
もちろん、ストックオプションだけで優秀な人材が集まるわけではありません。
働く人が重視するのは給与だけではありません。
企業理念への共感、経営者への信頼、働きがい、成長機会なども重要です。
実際に成功しているスタートアップを見ると、
「社会課題を解決したい」
「新しい市場を創りたい」
という強いビジョンがあります。
ストックオプションは、そのビジョンを共有する仲間と成果を分かち合うための仕組みと考えるべきでしょう。
結論
ストックオプションは単なる報酬制度ではありません。
資金力で大企業に劣るスタートアップが優秀な人材を確保し、長期間にわたって企業成長に参加してもらうための重要な仕組みです。
従業員を単なる労働力としてではなく、企業価値を共に創る仲間として位置付ける制度ともいえます。
日本がスタートアップ大国を目指すのであれば、ストックオプション制度の充実と税制の安定性は欠かせません。
信託型ストックオプションを巡る議論も、単なる課税問題としてではなく、日本のイノベーション政策や人材戦略の観点から考える必要があるのではないでしょうか。
参考
・日本経済新聞 2026年6月1日朝刊「『信託型』は給与所得か ストックオプション課税巡り国を提訴」
・経済産業省「スタートアップ育成5か年計画」
・日本証券業協会「ストックオプション制度の概要」
・金融庁「スタートアップ支援に関する各種資料」
・中小企業庁「スタートアップ支援施策」