世界の金融市場は、地政学リスクに極めて敏感です。
特に中東情勢は、エネルギー市場を通じて世界経済全体に大きな影響を与えます。
2026年3月、米国・イスラエルによるイラン攻撃をきっかけに、原油価格が急騰し、世界の金融市場では株式を中心にリスク回避の動きが広がりました。日本や韓国の株価は大きく下落する一方、ドルは上昇するなど、市場の資金の流れに大きな変化が見られました。
本稿では、この一連の市場の動きを整理しながら、地政学リスクが金融市場に与える典型的な影響について考察します。
原油価格急騰が引き起こした市場変動
今回の市場変動の中心にあるのは、原油価格の急騰です。
米国の原油先物指標であるWTIは、攻撃から1週間で大きく上昇し、1バレル90ドルを超える水準に達しました。短期間での上昇率は30%を超え、市場では供給不安が強く意識されました。
その背景には、ホルムズ海峡をめぐるリスクがあります。
ホルムズ海峡は世界の石油輸送量の約2割が通過する要衝であり、この航路が封鎖される可能性が浮上したことで、市場はエネルギー供給の混乱を強く警戒しました。
さらに、中東の産油国からも、軍事衝突が拡大すればエネルギー輸出が停止し、原油価格が150ドルまで上昇する可能性があるとの見方が示されました。
こうした供給不安が、原油価格の急騰を引き起こしたといえます。
株式市場で広がるリスク回避
原油価格の急騰は、株式市場にも大きな影響を及ぼしました。
特に下落が目立ったのが、日本と韓国の株式市場です。
韓国総合株価指数(KOSPI)は1週間で約11%下落し、日本の日経平均株価も5%程度下落しました。
この背景には、両国のエネルギー構造があります。
日本は原油輸入の約9割を中東に依存しており、韓国も7割以上を中東に依存しています。中東情勢が不安定化すると、エネルギー価格の上昇が直接的に経済に影響するため、株式市場でも売りが広がりやすくなります。
さらに、年初からの株価上昇の反動もありました。
2025年末以降、AI関連銘柄を中心に株価が急上昇しており、日本株や韓国株には短期的な過熱感が指摘されていました。
そのため、地政学リスクの高まりをきっかけに、投資家がポジションを減らす動きが一気に広がったと考えられます。
AI相場の調整局面
日本と韓国の株式市場で共通していたもう一つの要因が、AI関連銘柄の急騰です。
韓国ではサムスン電子やSKハイニックスなどの半導体企業、日本ではアドバンテストやフジクラなどのAI関連銘柄が市場をけん引してきました。
AI向け半導体需要への期待が高まり、株価は短期間で大きく上昇しました。結果として、株価収益率(PER)は米国株に迫る水準まで上昇し、市場では割高感が意識されていました。
このような状況では、リスクイベントが発生すると調整が大きくなりやすくなります。
今回の地政学リスクは、AI相場の過熱感を冷やす契機となった面もあるといえるでしょう。
有事のドル買いという市場の構造
今回の市場変動で顕著だったのは、「有事のドル買い」です。
地政学リスクが高まると、世界の資金は安全性の高い資産へと移動します。その代表的な資産が米ドルです。
米国は世界最大の軍事力を持つ国であり、同時に基軸通貨を発行する国家でもあります。このため、世界的な危機が発生すると、資金はドルに集まりやすくなります。
今回もドル指数は上昇し、主要通貨に対してドル高が進みました。
円やユーロ、ポンドなどは対ドルで下落し、ドルの強さが際立つ展開となりました。
これは金融市場における典型的な「リスクオフの動き」といえます。
スタグフレーション懸念の浮上
もう一つ重要なのは、原油高が世界経済に与える影響です。
原油価格の上昇は、エネルギーコストを押し上げ、企業や家計の負担を増やします。これが景気を冷やす一方で、物価は上昇するため、「低成長とインフレ」が同時に進む可能性があります。
この状態は、いわゆるスタグフレーションと呼ばれます。
もし原油高が長期化すれば、各国の中央銀行は利下げを進めにくくなり、金融政策の自由度が低下する可能性があります。そうなれば、世界経済への影響はさらに大きくなるでしょう。
結論
今回の市場変動は、地政学リスクが金融市場に与える典型的な影響を示しています。
原油価格の急騰は、エネルギー依存度の高い国の株式市場に打撃を与え、投資家はリスク資産を売却して安全資産へ資金を移します。その過程でドルが買われ、株式市場は調整局面に入ります。
さらに、原油高が長期化すれば、世界経済はインフレと景気減速が同時に進むスタグフレーションのリスクに直面します。
地政学リスクは突然発生し、市場を大きく揺さぶります。
そのため、金融市場を理解する上では、経済指標だけでなく、国際政治やエネルギー市場の動向をあわせて見る視点が重要になります。
参考
日本経済新聞
原油高騰、進むリスク回避 イラン攻撃1週間(2026年3月8日 朝刊)

