承継せずに直接M&Aを選ぶ場合との比較 ― 事業承継税制と出口戦略の分岐点

税理士
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事業承継税制を活用して後継者へ株式を移転し、その後にM&Aを行う二段階戦略は、有力な選択肢の一つです。しかし、そもそも承継を行わず、オーナー世代の段階で直接M&Aを選択するというルートも現実的です。

極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の強化により、配当政策や内部留保設計が変わる中で、どのタイミングで株式を譲渡するのが合理的なのかという判断は、これまで以上に重要になります。

本稿では、「承継後M&A」と「直接M&A」を比較し、それぞれの税務・資金・経営面の違いを整理します。


直接M&Aの基本構造

オーナーが存命中に第三者へ株式を譲渡する場合、基本的には株式譲渡所得として課税されます。

税率は原則として分離課税で一定水準に固定されており、売却益が確定すれば税負担も同時に確定します。事業承継税制のような猶予制度は介在しません。

特徴は次のとおりです。

・税額が一度で確定し、将来リスクを残さない
・経営責任が明確に移転する
・売却対価を確定的に確保できる

制度に縛られない分、シンプルな構造といえます。


承継後M&Aとの税務比較

1. 税負担のタイミング

直接M&Aでは、譲渡時に税額が確定します。
承継後M&Aでは、いったん事業承継税制で相続税・贈与税が猶予され、その後M&A実行時に猶予税額が確定します。

後者は税負担が二段階で発生する可能性があります。

2. 株価変動リスク

直接M&Aでは売却時点の価格が確定値です。
承継後M&Aでは、承継時点の評価額と売却時点の市場価格の差がリスクになります。

株価が上昇すれば利益が拡大しますが、下落すれば猶予税額とのバランスが悪化します。


所得税強化との関係

極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の強化により、オーナー個人が高額の配当を受け取り続けるモデルは相対的に負担が増します。

その結果、

・内部留保を積み上げる
・売却益で一括清算する

という発想が強まる可能性があります。

直接M&Aは、配当を通じて長期にわたり所得を受け取るモデルとは異なり、売却益で資産を確定させる戦略です。制度変更リスクを最小化したい場合には合理性があります。


相続税との関係整理

直接M&Aを選択した場合、オーナーは現金資産を保有することになります。

現金は評価減の余地がなく、相続税評価は原則として額面どおりです。一方、非上場株式には評価方法により一定の変動余地があります。

つまり、

・株式のまま承継する
・現金化して相続する

では、相続税構造が異なります。

直接M&A後の資産再配置(分散投資、不動産取得、信託活用など)まで含めた設計が必要です。


経営視点からの比較

承継後M&Aの特徴

・後継者育成の時間を確保できる
・企業価値向上後に売却できる可能性
・地域・従業員との関係維持に配慮できる

直接M&Aの特徴

・経営責任の移転が明確
・オーナーのリスク解消が早い
・制度要件に縛られない

どちらが優れているかではなく、目的に応じた選択になります。


時間軸の設計が分岐点

最大の違いは時間軸です。

承継後M&Aは、

・数年単位の経営継続
・株価向上を前提

とした戦略です。

直接M&Aは、

・現時点の企業価値で確定
・リスクを早期に清算

という戦略です。

極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の強化により、将来の税制変更リスクを懸念する場合、早期に確定させる選択が合理化する可能性もあります。


総合的な判断軸

比較にあたっては、次の観点を整理する必要があります。

・企業の成長余地
・後継者の意思と能力
・株価水準
・猶予税額の規模
・将来の税制変更リスク
・家族の資産管理方針

単なる税率比較では結論は出ません。


結論

承継後M&Aと直接M&Aは、税務構造・リスク配分・時間軸が大きく異なります。

事業承継税制を活用する場合は、猶予税額という潜在的負担を抱えながら経営を継続する構造になります。直接M&Aは、税額を一度で確定させ、制度に依存しない選択です。

極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の強化が、配当政策や内部留保に影響を与える中で、承継の有無そのものが戦略的選択となります。

制度に合わせる経営ではなく、経営目的に合わせて制度を使い分ける視点が不可欠です。


参考

税のしるべ「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の適用がある場合の申告書等の記載例を公表」2026年2月23日
自由民主党「令和8年度税制改正大綱」2025年12月公表
国税庁「非上場株式等に係る納税猶予制度の概要」最新版

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