長寿社会で変わる金融ビジネス 銀行と保険会社の新しい顧客戦略

経営

人生100年時代の到来によって、銀行や保険会社のビジネスモデルが大きな転換点を迎えています。

これまで金融機関は、現役世代には住宅ローンや資産形成、退職世代には退職金運用や年金、さらに高齢者には相続や資産承継といったサービスを提供してきました。

しかし、健康寿命が延び、65歳や70歳を過ぎても働く人が増えることで、従来の年齢区分を前提とした金融サービスでは、顧客のニーズに十分対応できなくなりつつあります。

例えば、70歳でも給与収入を得ながら資産形成を続ける人がいる一方、60歳で退職して資産の取り崩しを始める人もいます。

また、高齢者のなかには積極的に資産運用を行う人もいれば、認知機能の低下や健康上の問題によって金融取引の支援を必要とする人もいます。

金融機関に求められるのは、高齢者を一律に分類するのではなく、就労状況、保有資産、健康状態、家族構成などに応じたサービスを提供することです。

長寿社会への対応は、金融機関にとって単なる高齢者保護の問題ではありません。

顧客との長期的な関係を維持し、新たな収益機会を生み出すための重要な経営戦略なのです。

今回は、長寿社会によって変化する銀行と保険会社の顧客戦略について考えます。

長寿社会が金融機関の顧客構造を変える

日本では平均寿命の延伸とともに、高齢者が保有する金融資産の重要性が高まっています。

家計金融資産には、預貯金、株式、投資信託、保険、年金などが含まれます。

高齢世代は長年の貯蓄や資産運用によって金融資産を蓄積している場合があり、金融機関にとって重要な顧客層となっています。

しかし、長寿社会では高齢者の金融ニーズが一段と多様化します。

例えば、65歳で退職する人と70歳まで働く人では、資産の取り崩しを始める時期が異なります。

さらに、75歳になっても事業収入を得ている人であれば、資産形成を続ける可能性があります。

一方、医療費や介護費用が増加し、預貯金を計画的に取り崩す必要がある人もいます。

つまり、年齢だけで金融商品の必要性を判断することは難しくなっています。

金融機関には、顧客の年齢ではなく、収入、支出、資産、負債、生活設計などを総合的に把握することが求められます。

長寿社会では、金融商品の販売を中心とする営業から、顧客の人生全体を支援する金融サービスへの転換が重要になるのです。

退職金運用から生涯資産管理への転換

従来の銀行や証券会社では、退職金を受け取った顧客に対する資産運用提案が重要な営業機会となってきました。

まとまった退職金を受け取った顧客に対して、投資信託、債券、保険商品などを提案する方法です。

しかし、長寿社会では、退職金の運用だけを考えるのでは不十分です。

重要なのは、退職後の生活期間を通じて、資産をどのように維持し、取り崩していくかという問題です。

例えば、65歳時点で金融資産5,000万円を保有している人がいるとします。

運用益や税金、物価変動を考慮せず、毎年200万円を取り崩す場合、25年間で5,000万円を使い切る計算になります。

65歳から25年間であれば90歳です。

しかし、95歳まで生活する場合には、さらに5年間の生活資金が必要になります。

もちろん、実際には公的年金収入や運用収益があり、支出も年齢によって変化します。

それでも、長寿化によって資産の取り崩し期間が長くなることは重要な問題です。

金融機関には、運用商品の販売だけでなく、年金収入、生活費、医療費、介護費用などを考慮した長期的な資金計画の提案が求められます。

資産を増やすことだけでなく、資産を適切に使い続けることが金融サービスの重要な役割になるのです。

70歳まで働く人の金融ニーズ

長寿社会では、60歳以降も働き続ける人が増える可能性があります。

これに伴い、金融機関の顧客戦略も変わります。

例えば、60歳から70歳まで年収600万円で働く場合、10年間の給与収入は単純計算で6,000万円になります。

年収1,000万円であれば、10年間で1億円です。

もちろん、所得税や住民税、社会保険料などを差し引いた手取り収入はこれより少なくなります。

それでも、60歳以降の就労収入は、老後資金の形成に大きな影響を与えます。

働き続けることで、金融資産の取り崩し開始時期を遅らせられる可能性もあります。

また、厚生年金に加入して働く場合には、加入期間や報酬に応じて将来の年金額が増えることがあります。

金融機関には、こうした就労収入や年金制度を踏まえた資産形成の提案が求められます。

従来のように60歳を資産形成の終了時点と考えるのではなく、70歳以降も含めた柔軟な資産計画が必要になります。

長寿社会では、現役世代と退職世代の境界が曖昧になることで、金融サービスの設計そのものが変わるのです。

NISAと長寿社会の資産形成

長寿社会における資産形成では、NISAの活用も重要な選択肢になります。

2024年から始まった新しいNISA制度では、非課税保有期間が無期限となり、年間投資枠や非課税保有限度額も拡大されました。

この制度は、長期的な資産形成を支援する仕組みです。

例えば、60歳から70歳まで積立投資を続け、その後は生活費に応じて資産を取り崩す方法が考えられます。

また、70歳以降も収入や金融資産に余裕がある場合には、運用を継続する選択肢があります。

ただし、NISAを利用すれば必ず利益が得られるわけではありません。

株式や投資信託には価格変動リスクがあり、元本割れの可能性があります。

特に、高齢期には資産を取り崩す時期と市場の下落が重なるリスクにも注意が必要です。

金融機関には、非課税制度のメリットだけを強調するのではなく、顧客の生活資金やリスク許容度を踏まえた提案が求められます。

長寿社会における資産形成では、投資期間の長さだけでなく、資産を使う時期を考慮することが重要なのです。

保険会社の役割も大きく変わる

長寿社会では、生命保険会社の役割も変化します。

従来の生命保険は、死亡時に家族の生活を保障する機能が中心でした。

しかし、長寿化によって、死亡リスクだけでなく、生存期間が長くなることに伴う経済的なリスクへの対応が重要になります。

例えば、退職後の生活期間が長くなれば、生活費や医療費、介護費用をどのように確保するかが課題になります。

こうした問題に対応する商品として、終身年金や医療保険、介護保険などが考えられます。

ただし、保険商品には保険料や手数料、保障条件などの違いがあります。

また、すべてのリスクを民間保険で備えることが合理的とは限りません。

公的年金、公的医療保険、介護保険制度などを理解したうえで、民間保険によって補う必要がある部分を検討することが重要です。

金融機関には、保険商品の販売を目的とするのではなく、顧客の生活設計に必要な保障を提案する姿勢が求められます。

長寿社会では、保険会社も人生全体のリスク管理を支援する役割を強める必要があります。

認知症と金融資産管理への対応

長寿社会において避けて通れない課題の一つが、認知機能の低下に伴う金融資産管理です。

高齢になっても健康に活動できる人が増える一方、認知症などによって金融取引の判断が難しくなる人もいます。

金融機関にとっては、顧客の財産を保護しながら、必要な取引を継続できる仕組みを整えることが重要です。

例えば、預金の引き出し、不動産の売却、金融商品の解約などでは、本人の意思確認が必要になります。

判断能力が低下した場合には、取引が制限されることがあります。

こうした事態に備える方法として、任意後見制度や家族信託などが考えられます。

ただし、それぞれ制度の仕組みや利用できる範囲が異なり、すべての問題を解決できるわけではありません。

金融機関には、顧客が判断能力を十分に持っている段階から、将来の財産管理について情報提供することが求められます。

また、高齢顧客に対する金融商品の販売では、理解度や判断能力に配慮した説明が必要です。

長寿社会における金融サービスでは、資産を増やすことと同じくらい、資産を守り、適切に管理することが重要になるのです。

相続と事業承継を見据えた金融サービス

長寿社会では、相続や事業承継の時期にも変化が生じる可能性があります。

親世代が長生きすることで、子世代が相続財産を受け取る年齢も高くなる傾向が考えられます。

例えば、親が95歳で亡くなり、子が65歳で相続する場合があります。

このようなケースでは、相続財産が若い世代の住宅購入や教育資金に直接活用されにくくなる可能性があります。

そのため、生前贈与や資産承継の方法を早い段階から検討することが重要になります。

ただし、贈与税や相続税には複雑な制度があり、税負担だけを理由に資産移転を進めることは適切ではありません。

贈与者自身の老後資金を確保することも重要です。

また、中小企業経営者の場合には、株式の承継や経営権の移転、後継者の育成などを計画的に進める必要があります。

金融機関には、資産運用だけでなく、税理士、司法書士、弁護士などの専門家と連携した支援が求められます。

長寿社会では、金融資産の管理と次世代への承継を一体的に考えることが重要になるのです。

金融機関の顧客生涯価値を高める戦略

長寿社会における金融機関の経営では、顧客生涯価値という考え方が重要になります。

顧客生涯価値とは、一人の顧客との継続的な取引から得られる経済的価値を意味します。

例えば、40歳から80歳まで取引を続ける顧客がいる場合、取引期間は40年間です。

これが90歳まで延びれば、取引期間は50年間になります。

もちろん、取引期間が延びるだけで利益が増えるわけではありません。

顧客への支援費用やサービス提供コストも考慮する必要があります。

それでも、長期的な信頼関係を築くことは、金融機関の安定した顧客基盤につながります。

重要なのは、短期的な販売手数料を重視する営業から、顧客の利益を優先する継続的な支援へと転換することです。

例えば、資産形成期には積立投資を支援し、退職後には資産の取り崩しを支援し、高齢期には財産管理や相続に関する情報提供を行うことが考えられます。

こうした長期的な関係を構築できれば、顧客満足度の向上と金融機関の収益基盤の安定を両立できる可能性があります。

長寿社会への対応は、顧客保護と企業成長を両立させる経営戦略なのです。

デジタル金融と対面支援の両立

金融機関では、インターネットバンキングやスマートフォンアプリなどのデジタル化が進んでいます。

デジタル金融には、取引の利便性を高め、金融機関の業務コストを削減する利点があります。

しかし、高齢顧客のなかには、デジタル機器の操作に不安を感じる人もいます。

一方、70代や80代でもスマートフォンやインターネットを積極的に活用する人もいます。

重要なのは、年齢によって利用方法を一律に決めないことです。

金融機関には、デジタル取引を基本としながら、必要に応じて電話や店舗での支援を受けられる仕組みが求められます。

また、オンライン相談やビデオ会議などを活用すれば、店舗への移動が難しい顧客にも専門的なサービスを提供できます。

ただし、金融詐欺や不正送金への対策、本人確認、個人情報保護などにも十分な配慮が必要です。

長寿社会における金融のデジタル化は、単なる店舗削減や人員削減を目的とするものではありません。

顧客が年齢を重ねても、安全で便利に金融サービスを利用できる環境を整えることが重要なのです。

結論

人生100年時代の到来は、銀行や保険会社のビジネスモデルに大きな変革を迫っています。

これまで金融機関は、現役世代、退職世代、高齢者という年齢区分を前提に、金融商品やサービスを提供してきました。

しかし、長寿社会では、65歳や70歳を過ぎても働き続ける人が増え、資産形成と資産の取り崩しが重なる期間も長くなります。

また、認知機能の低下への備えや、相続、事業承継などの課題も重要になります。

金融機関に求められるのは、金融商品を販売することだけではありません。

顧客の収入、資産、健康状態、家族構成、生活設計などを踏まえ、人生全体を支援することです。

そのためには、資産形成、資産管理、保障、相続、事業承継などを一体的に考える必要があります。

また、デジタル技術を活用しながら、高齢顧客が安心して金融サービスを利用できる仕組みを整えることも重要です。

長寿社会では、顧客との取引期間が長くなる一方、顧客のニーズも複雑になります。

こうした変化に対応できる金融機関は、長期的な信頼関係を築き、安定した顧客基盤を維持できる可能性があります。

反対に、短期的な金融商品の販売だけを重視する金融機関は、顧客の信頼を失うおそれがあります。

これからの金融ビジネスでは、顧客が何歳であるかよりも、人生のどの段階にあり、どのような課題を抱えているかを理解することが重要です。

長寿社会における金融機関の競争力は、金融商品をどれだけ販売できるかではなく、顧客の人生にどれだけ長く寄り添えるかによって決まるのではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年10月26日 朝刊 私見卓見「長寿社会に必要な企業変革」石田遥太郎氏

金融庁 2024年7月 顧客本位の業務運営に関する原則の改訂

金融庁 2024年版金融行政方針

厚生労働省 2025年版厚生労働白書

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