認知症になる前に何を決めるか 成年後見制度と家族信託の使い分け

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人生100年時代の終活では、亡くなった後の相続対策だけでなく、生きている間の財産管理について考えることが重要になっています。

特に注意したいのが、認知症などによって判断能力が低下した場合の問題です。

預貯金や不動産などの財産を十分に保有していても、本人が契約内容を理解できなくなれば、必要な手続きが難しくなる可能性があります。

例えば、介護施設への入居費用を確保するために自宅を売却したいと考えても、本人に契約を締結するための判断能力がなければ、通常の売買手続きを進められない場合があります。

また、家族であっても、本人名義の預貯金を自由に引き出したり、不動産を売却したりできるわけではありません。

こうした問題への備えとして、成年後見制度や家族信託が注目されています。

ただし、両者は目的や仕組みが異なり、どちらか一方ですべての問題を解決できるわけではありません。

今回は、認知症による財産管理の問題を整理し、成年後見制度と家族信託の特徴、使い分け、実務上の注意点について解説します。

認知症による財産凍結とは何か

認知症によって判断能力が低下すると、預貯金や不動産などの財産管理に支障が生じることがあります。

一般に、こうした状態は財産凍結と呼ばれています。

ただし、認知症と診断された時点で、すべての財産が法律上自動的に凍結されるわけではありません。

重要なのは、個々の契約や取引について、本人に必要な判断能力があるかどうかです。

例えば、銀行では、本人の意思確認が難しい場合、不正な取引や財産の流出を防ぐために、取引を制限することがあります。

不動産の売却についても、契約内容を理解して判断する能力が必要になります。

本人が売却の意味を理解できない状態で契約を締結した場合、その契約の有効性が問題になる可能性があります。

さらに、生命保険の契約変更や金融商品の売却などについても、本人の意思確認が必要になる場合があります。

ここで注意したいのは、家族であるという理由だけでは、本人の財産を自由に管理できないことです。

配偶者や子どもであっても、本人名義の財産を処分するには、適切な権限が必要になります。

認知症への備えでは、財産をどれだけ保有しているかだけでなく、必要なときに誰がどのように管理できるかを考えておくことが重要です。

成年後見制度の基本的な仕組み

成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が十分でない人を法律面から支援する制度です。

大きく分けると、法定後見制度と任意後見制度があります。

法定後見制度は、すでに判断能力が不十分になった人について、家庭裁判所が成年後見人等を選任する仕組みです。

本人の判断能力の程度に応じて、後見、保佐、補助の3つの類型があります。

成年後見人等は、それぞれの権限の範囲内で、本人の財産管理や契約手続きなどを支援します。

例えば、預貯金の管理、介護施設への入居契約、必要な費用の支払いなどが対象になります。

ただし、成年後見人が本人の生活に関するあらゆる事項を自由に決定できるわけではありません。

特に医療行為については、成年後見人であることを理由に、包括的な医療同意権が与えられるわけではない点に注意が必要です。

成年後見制度は、本人の権利と財産を保護するための制度であり、家族の都合に合わせて財産を自由に処分するための制度ではありません。

法定後見制度を利用する際の注意点

法定後見制度では、家庭裁判所が成年後見人等を選任します。

親族が選任される場合もありますが、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職が選任される場合もあります。

家族が希望する人が必ず選任されるわけではありません。

また、専門職が成年後見人等に選任された場合には、家庭裁判所の判断により報酬が発生することがあります。

報酬額は、本人の財産状況や後見事務の内容などを踏まえて決定されます。

成年後見制度では、本人の財産を保護することが重視されます。

そのため、本人の利益に結び付かない贈与や、相続税対策を目的とする財産移転などは、原則として難しくなります。

例えば、親が認知症になった後、子どもが相続税を減らすために親の財産を贈与したいと考えても、成年後見人が自由に実行できるわけではありません。

また、成年被後見人が居住するための建物やその敷地を売却する場合などには、家庭裁判所の許可が必要になります。

成年後見制度は財産保護に有効な仕組みですが、財産活用の自由度には一定の制約があります。

任意後見制度は元気なうちに準備する

法定後見制度とは異なり、本人が判断能力を有しているうちに将来の支援者を決めておく仕組みが任意後見制度です。

任意後見制度では、本人が信頼できる人との間で任意後見契約を締結します。

契約は公正証書によって作成する必要があります。

その後、本人の判断能力が不十分になった場合に、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで、任意後見人の権限が発生します。

例えば、将来の財産管理を長男に任せたいと考えている人が、元気なうちに任意後見契約を締結することができます。

任意後見制度の特徴は、本人が支援者や委任する事務の範囲を事前に決められることです。

ただし、契約を締結しただけで直ちに任意後見人が財産管理を始められるわけではありません。

また、任意後見人の活動は任意後見監督人による監督を受けます。

任意後見契約だけでは、判断能力が十分な段階での財産管理や、亡くなった後の事務手続きまで一括して対応できるとは限りません。

必要に応じて、財産管理委任契約や死後事務委任契約などを組み合わせることが考えられます。

家族信託は財産管理を事前に託す仕組み

家族信託は、本人が保有する財産の管理や処分を、信頼できる家族などに託す仕組みです。

法律上は、信託法に基づく民事信託の一形態として利用されています。

例えば、父親が自宅と賃貸アパートを所有している場合を考えてみましょう。

父親が委託者となり、長男を受託者として、一定の財産を信託する契約を締結します。

父親自身を受益者とする設計であれば、信託財産から生じる利益を父親のために利用することができます。

その後、父親の判断能力が低下しても、受託者である長男は信託契約で定められた権限の範囲内で、財産の管理や処分を行うことができます。

例えば、信託契約に必要な権限を定めておけば、父親の介護費用を確保するために、信託した不動産を売却することも考えられます。

ただし、家族信託を利用すれば、あらゆる財産を自由に管理できるわけではありません。

信託の対象となる財産や受託者の権限は、契約内容によって決まります。

また、受託者には信託法上の義務があり、信託財産を自分の財産と区別して管理する必要があります。

成年後見制度と家族信託の違い

成年後見制度と家族信託は、どちらも判断能力の低下に備える方法ですが、役割が異なります。

成年後見制度は、本人の判断能力が不十分になった場合に、法律行為や財産管理を支援する制度です。

一方、家族信託は、特定の財産について管理や処分の仕組みを事前に定める制度です。

例えば、本人が認知症になった後、介護施設への入居契約を締結する必要が生じた場合、成年後見制度が役立つことがあります。

これに対して、信託した賃貸不動産の管理や売却については、家族信託が有効な選択肢になる場合があります。

ただし、家族信託の受託者は、信託契約によって本人のすべての法律行為を代理できるわけではありません。

介護施設への入居契約など、信託財産の管理とは別の法律行為については、成年後見制度などによる対応が必要になる場合があります。

また、成年後見制度と家族信託は、必ずしも二者択一ではありません。

本人の財産状況や生活上の必要性によっては、両者を組み合わせることも考えられます。

重要なのは、それぞれの制度が対応できる範囲を理解することです。

家族信託にも税務上の注意点がある

家族信託を検討する際には、税務上の取扱いにも注意が必要です。

特に重要なのは、信託財産の名義と、税務上の利益の帰属が必ずしも一致しないことです。

例えば、父親が委託者となり、長男を受託者、父親自身を受益者とする信託を設定した場合を考えてみましょう。

この場合、信託財産の管理名義が受託者に移っても、父親が引き続き経済的な利益を受ける仕組みになります。

一般に、受益者等課税信託では、信託財産から生じる所得について受益者等に課税されることになります。

また、信託の設定や受益者の変更、受益権の承継などによって、贈与税や相続税の問題が生じる場合があります。

例えば、信託の設定によって父親以外の人が無償で受益権を取得する場合には、贈与税の課税関係を検討する必要があります。

家族信託を利用すれば自動的に相続税が安くなるというものではありません。

むしろ、信託契約の内容によっては、複雑な税務処理が必要になる場合があります。

また、不動産を信託する場合には、登記手続きや登録免許税などの費用も考慮する必要があります。

家族信託は財産管理のための制度であり、安易な節税手段として考えるべきではありません。

自宅を売却する場合の実務例

具体的な事例で考えてみましょう。

75歳の父親が自宅を所有し、長男夫婦とは別居しているとします。

父親は現在健康ですが、将来介護施設に入居することになった場合には、自宅を売却して入居費用に充てたいと考えています。

しかし、認知症などによって判断能力が低下した後では、自宅の売却契約を締結できなくなる可能性があります。

そこで、元気なうちに家族信託を設定し、長男を受託者として自宅を信託する方法が考えられます。

契約内容に適切な売却権限を定めておけば、将来、父親の判断能力が低下しても、長男が信託契約に従って売却手続きを進められる場合があります。

ただし、実際には信託契約の内容、不動産登記、売却代金の管理方法などを慎重に設計する必要があります。

また、売却時の譲渡所得税についても注意が必要です。

居住用財産を売却した場合の3,000万円特別控除などについては、信託の形態や受益者の状況などによって適用関係を確認する必要があります。

信託を設定したという理由だけで、当然に特例が適用されると考えることはできません。

さらに、自宅が本人の生活の拠点である場合には、売却時期や本人の生活環境への影響も十分に考慮する必要があります。

財産管理の効率だけでなく、本人の生活と意思を尊重することが重要です。

認知症対策は早めの準備が重要

成年後見制度と家族信託を検討する際に共通するのは、早めの準備が重要だという点です。

特に任意後見契約や家族信託契約は、本人に契約を締結するための判断能力があることが前提になります。

判断能力が大きく低下した後では、希望する契約を締結できない場合があります。

そのため、認知症になってから対策を考えるのではなく、元気なうちに財産や家族の状況を整理しておくことが大切です。

まず、預貯金、不動産、有価証券、生命保険、借入金などの財産を一覧にまとめます。

次に、将来どのような生活を送りたいのか、介護費用をどのように確保するのかを考えます。

そのうえで、財産管理を誰に任せたいのか、どの制度が適しているのかを検討します。

なお、すべての人が家族信託や任意後見契約を利用する必要があるわけではありません。

財産の種類や家族構成、本人の希望によって、適切な対策は異なります。

金融機関の代理人制度や日常生活自立支援事業など、利用できる支援の仕組みを確認することも考えられます。

複雑な財産管理が必要な場合には、司法書士、弁護士、税理士などの専門家に相談し、法律面と税務面の両方から検討することが重要です。

結論

人生100年時代の終活では、亡くなった後の財産承継だけでなく、生きている間の財産管理を考えることが欠かせません。

認知症などによって判断能力が低下すると、預貯金の取引や不動産の売却、各種契約手続きに支障が生じる可能性があります。

こうした問題に備える制度として、法定後見、任意後見、家族信託があります。

法定後見制度は、判断能力が不十分になった本人を法律面から保護する仕組みです。

任意後見制度は、本人が元気なうちに将来の支援者を決めておく仕組みです。

家族信託は、特定の財産について管理や処分の方法を事前に定める仕組みです。

それぞれに特徴と限界があり、どれか一つを利用すればすべての問題が解決するわけではありません。

また、家族信託には税務上の注意点があり、契約内容によっては贈与税や相続税などの課税関係が生じる場合があります。

重要なのは、本人がどのような生活を望み、財産を何のために利用したいのかを明確にすることです。

財産管理の目的は、家族が財産を自由に使えるようにすることではありません。

本人の生活を守り、必要な医療や介護を受けられるようにすることです。

認知症への備えは、相続対策よりも前に考えておきたい終活の重要な課題といえるでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年10月16日 終活ゲームで身近に かるたなど開発、家族と話すきっかけに

法務省 成年後見制度の概要

法務省 任意後見制度について

法務省 信託法の概要

国税庁 信託に関する所得税及び相続税等の取扱い

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