オーバーツーリズム対策を誰が負担するのか 観光客にも地域維持費を求める時代へ

税理士
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観光客が増えることは、地域にとって基本的には歓迎すべきことです。

ホテルや旅館の宿泊者が増え、飲食店や土産物店の売上が伸びます。交通機関の利用者も増え、雇用や地域経済の活性化につながります。

しかし、観光客が一定の規模を超えると別の問題が表面化します。

道路の混雑、ごみの増加、公共交通の混雑、消防や救急への負担などです。

いわゆるオーバーツーリズムは、単に観光地が混雑するという問題ではありません。

観光客を受け入れるために必要となる社会的コストを、誰が負担するのかという財政問題でもあります。

神奈川県箱根町が導入を目指す宿泊税は、この問題を考える重要な事例です。

観光客が増えれば地域経済は潤う

観光には大きな経済効果があります。

観光客は宿泊、飲食、買い物、交通、レジャーなどさまざまな場面で消費します。

そのお金は観光事業者だけにとどまりません。

宿泊施設が食材や備品を仕入れれば、地域の事業者にも売上が生まれます。

観光関連企業が従業員を雇えば、給与という形で地域経済にお金が回ります。

自治体にも固定資産税などさまざまな形で税収が入ります。

だからこそ、多くの自治体が観光客の誘致に力を入れてきました。

ところが、観光客が増えれば経済効果だけが増えるわけではありません。

観光には社会的コストもある

観光客が増えれば道路が混雑します。

ごみも増えます。

宿泊施設や飲食店で使用する水も増え、下水処理の負担も大きくなります。

事故や急病が増えれば消防や救急への需要も高まります。

観光客の集中によって住民の日常生活に影響が出ることもあります。

こうした負担は、観光事業者の経営コストだけではありません。

自治体が税金を使って対応しなければならないものが少なくありません。

観光による利益は企業や地域に広く生まれる一方、社会的コストの一部は自治体が負担します。

ここにオーバーツーリズムの財政問題があります。

箱根町では人口1万人に年間2000万人以上

箱根町の場合、この問題は特に分かりやすく表れています。

人口は約1万人です。

それに対して年間2,000万人以上の観光客が訪れます。

観光客数は年間ベースで住民人口の2,000倍以上になります。

これだけ多くの人を受け入れる地域では、行政サービスを住民人口だけに合わせて整備することはできません。

観光客も道路を利用します。

ごみを出します。

上下水道を利用します。

消防や救急サービスを利用することもあります。

観光客は地域経済のお客様であると同時に、地域インフラの利用者でもあるのです。

ごみ処理費7.7億円が示す現実

箱根町の2024年度のごみ処理費は年間7.7億円でした。

人口約1万人の自治体ですが、人口5万から6万人規模の自治体と同程度の費用がかかっています。

さらに山間部に温泉地や宿泊施設、別荘地などが点在しています。

そのため、消防費や下水道費も同規模の自治体の2倍以上に膨らんでいます。

観光客が多いことで地域経済が活性化する一方、それを支える行政インフラにも大きな費用が必要になっています。

観光客が増えれば増えるほど自治体も豊かになるという単純な構図ではありません。

これまで地域住民が負担してきた部分もある

道路や消防、救急、ごみ処理などの費用は、基本的には自治体の財源から支出されます。

その財源を支えているのは住民税や固定資産税などです。

もちろん観光関連事業者も税金を負担しています。

しかし、観光客自身は通常、その自治体に住民税を納めません。

短期間滞在しながら地域インフラを利用し、その後は地域を離れます。

観光客が少なければ大きな問題にならないかもしれません。

しかし、住民人口をはるかに上回る観光客が訪れる地域では、住民や地域事業者だけで行政コストを支えることに限界が生じます。

宿泊税を地域維持費と考える

そこで登場するのが宿泊税です。

箱根町は宿泊客から1人1泊350円を徴収し、年間約14億円の税収を見込んでいます。

この宿泊税を単なる観光税と考えると、その意味を十分に捉えることができません。

むしろ地域維持費の一部と考えると分かりやすくなります。

安全な道路を維持する。

ごみを適切に処理する。

消防や救急体制を整える。

上下水道を維持する。

これらは住民のためだけの行政サービスではありません。

観光客が安全で快適に旅行するためにも必要です。

その費用の一部を利用者である観光客にも負担してもらうという考え方です。

観光客を減らすための税ではない

宿泊税というと、観光客に追加負担を求めることで観光客を減らす政策だと受け取られることがあります。

しかし、箱根町の構想は必ずしもそうではありません。

重要なのは、観光客を排除することではなく、観光客を持続的に受け入れるための財源を確保することです。

観光客が増えて道路やごみ処理、消防、救急などが維持できなくなれば、最終的には観光客自身の満足度も低下します。

観光地としての魅力を長期的に維持するには、受け入れ環境への投資が欠かせません。

宿泊税は観光を抑制するためではなく、観光を持続可能にするための財源という考え方もできます。

日帰り客との公平性は残る

ただし、宿泊税には課題があります。

オーバーツーリズムを引き起こすのは宿泊客だけではありません。

日帰り観光客も道路や公共交通を利用し、ごみを出します。

ところが、日帰り客は宿泊税を負担しません。

同じ地域インフラを利用しているのに、宿泊するかどうかによって負担が異なります。

理論的には日帰り客にも負担を求める方法が考えられますが、誰が観光客なのかを把握し、実際に徴収する仕組みをつくるのは簡単ではありません。

徴税コストまで考えれば、宿泊という把握しやすい行為に課税することには実務上の合理性があります。

公平性と徴収可能性のバランスをどう取るかが課題になります。

高すぎる負担は観光地の競争力を損なう

もう一つ考える必要があるのが税額です。

観光客にも地域維持費を負担してもらう考え方には合理性があります。

しかし、負担額を際限なく引き上げてよいわけではありません。

宿泊料金に加えて税負担が大きくなれば、旅行者が別の地域を選ぶ可能性があります。

特に家族旅行などでは、人数と宿泊日数によって負担額が増えます。

地域維持のために必要な財源を確保しながら、観光地としての価格競争力も維持する。

そのバランスが重要です。

オーバーツーリズム対策は観光政策から地域政策へ

これまでオーバーツーリズムというと、混雑する観光地で入場制限をしたり、観光客を別の場所へ誘導したりする政策が注目されてきました。

しかし、本質的にはもっと広い問題です。

道路をどう維持するのか。

ごみ処理能力をどう確保するのか。

消防や救急体制をどう整えるのか。

住民の生活環境をどう守るのか。

そして、その費用を誰が負担するのか。

オーバーツーリズム対策は、観光政策だけではなく地域政策や地方財政の問題になっています。

結論

観光客が増えることは、地域経済にとって大きな機会です。

しかし、観光客が増えれば行政コストも増えます。

道路、ごみ処理、消防、救急、上下水道など、観光地を支えるインフラには費用がかかります。

人口約1万人で年間2,000万人以上の観光客を受け入れる箱根町は、その問題を象徴しています。

これまで観光政策では、いかに観光客を増やすかが重視されてきました。

これからは、増えた観光客を誰の負担で受け入れるのかまで考える必要があります。

宿泊税は、その答えの一つです。

観光客にも地域維持費の一部を広く薄く負担してもらい、その財源で安全で快適な観光地を維持する。

重要なのは、観光客を増やすことそのものではありません。

住民が暮らし続けることができ、観光客も安心して訪れることのできる地域を持続させることです。

オーバーツーリズム時代の観光政策は、集客競争から持続可能な地域経営へと発想を転換する段階に来ているのではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年10月7日朝刊 箱根町、苦しい台所事情が迫る宿泊「普通税」 全国初で2割増収

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